EP004『与えられたもの』
靄がかった頭の中みたいな曇り空が続いている。俺ーー高原祐多ーーはそんな天気の空を窓越しに見つめていた。レジカウンターに置かれた木の丸椅子に腰掛けて、店番をしているのだ。
望月洋墨店、それがこの店の名前だ。洋墨、つまりはインクを扱う店だけれど、普通の文房具も取り扱っている。学生や社会人、いろんな人がこの店を訪れて好きな文房具を見つけて帰っていく。楽しそうに文房具を見つめるお客さんたちは本当に楽しそうだし、そんな風にこの店で好きなものを見つけてもらえるのは嬉しい。
とはいえ、こんな天気、しかも週の真ん中である水曜日。なかなかお客さんはやってこない。店の外の掃き掃除は終わった。落ち葉のある季節じゃないから掃除はとても早く終わってしまった。店内の掃除もしたし、店の看板猫であるモカにもご飯をあげた。
もうやることはない。窓を眺めて、ガラス越しに映る自分の髪を見ると、朝直しきれなかった寝癖が見えた。黄みがかった淡い赤茶色……この店のマスターからは「赤白橡という色なんですよ」と言われた。そんな色なんだなと思った記憶がある。自分の髪の色ひとつをとっても名前がある、というのを改めて思った。
そんな自分の髪を見つめながら、この寝癖の正体は湿度のせいなのではないかと思いを巡らせる。雨こそ降ってはいないが、そろそろ梅雨に入りそうな季節だ。これから寝癖に悩む日々が続きそうだなと思ってため息をひとつ。
窓から視線を逸らす。すると奥の部屋からとた、とた、と足音が聞こえてくる。そのまま俺の膝にひょいと茶色の毛並みをもつ猫が乗ってきて、寝床を見つけたという風に丸くなった。看板猫のモカだ。そっと撫でてやると、喉の奥がぐるぐると鳴る。癒やされながら、ゆっくりとした時間を過ごす。
どれくらい経っただろうか。時計の鐘が鳴り、15時を知らせてくる。おやつの時間だなと思いつつ、店の奥から出てこない店主のことを考えた。調合の実験をするのでしばらく奥にいますね、と言いインクの調合部屋に籠もったこの店の主は、おやつはきっちり食べたいと駄々をこねるような人だ。準備をしたい、のだが、モカが膝の上にいては動けない。自分の膝の上で気持ちよさそうに眠る猫を置いて席を立てる人間がいるなら、それはなにかものすごい人なのではないだろうか。
ガチャリ。レジカウンターの真向かいにある木製ドア、そこに付いている金色のドアノブが回った。ーーお客さんだ。
その音でか、それとも。気持ちよさそうに眠っていたモカが、すぐに目覚めてカウンターに飛び乗った。ちょっと惜しい。とはいえお客さんが来たのでは仕方がない。
ドアが開いて入ってきたのは、シンプルな白ワイシャツに黒いスラックスの女性だった。大きめのショルダーバッグの紐を掴んでおずおずと入店したその人を見てモカが駆け寄っていく。それですぐにわかる。この人が来店した理由を。
「いらっしゃいませ」
「は、はい!」
なにか決意を固めたようにぎゅっとバッグの紐を掴んでいる。けれどどうしたらいいのかわからないといったようにきょろきょろと店内を見回している。声を掛けると、体をビクッと跳ねさせて、さらにぎゅっと紐を掴んだ。
「んみゃーう」
モカが鳴く。その声を聞いて、彼女は小さく笑った。緊張が少し解けたようだ。かわいい子ですね、と言われたので肯定すると、名前を聞かれた。モカと言うんですと答えれば、毛色に合った良い名前ですね、と褒めてくれた。そこで、踏ん切りがついたのだろうか。恐る恐るといった様子で彼女は尋ねてきた。
「願いが叶うインクがあるって、聞いてきたんですけど……」
**【与えられたもの】
この店は、表向きはさっきも言ったような文房具店だ。インクに万年筆、ガラスペンにボールペン、ノートや手帳。そういった物を売っている。しかし、唯一他の文房具店と違う点がある。それが、願いを叶えるインクを取り扱っているということ。
願墨、とこの店のマスターは呼んでいるそれは、彼がお客さんもとい依頼人の願いを聞いて、それを叶えるために最適なインクを調合する。けれど願墨は呪物だ。調合の時には依頼人の血や涙を必要とする。そして願墨は一つの願いに対して一つしか認められていない。だから、何度も店に訪れる人も中にはいる。ごく少数だけれど。
俺は願墨のことを全部知っているわけではないけれど、そうやってリピートしてくれる人がいるということは、本当に効果があるということなのだろう。気の持ちようだったり、そういうものでもないみたいだ。
マスターは多くを語ろうとしない。全部を知る必要は何事においても無いのですよ、というのは彼の口癖であり、俺もそうだと思っている。願墨のことはマスターに任せて、俺はそれ以外のことをするまでだ。そう、まずはこのお客さんを案内することから。
「願いを叶えるインク、ですね」
「はい。この子ーーモカちゃんに似た猫に夢の中で出会ったんです。ここに来れば願いを叶えられるって。……叶えたい夢が、あるんです」
真剣な表情で俺を見据えてくる。その瞳の奥は凛としていて、なにかひとつのものをしっかりと見据えている瞳だった。みゃお、とモカが鳴く。ややあって、ユータくん、と俺を呼ぶ声が聞こえた。マスターの声だ。返事をしながらレジカウンターの方を見ると、先程まで店の奥に籠もっていた店主が立っていた。
マスターこと奥村唯人は、俺たちの方を見て小さく微笑んでいる。
彼は少し長い、青漆のような色をした髪の毛を緩く結んで横に流して、胡散臭そうな丸い眼鏡を掛けている。だるっと袖の長い黒のワイシャツを着て、その上にはインクでいつ汚れてもいいように紺色のエプロンをしていた。
「マスター、お客さんですよ」
「いらっしゃいませ。私がこの店のマスターをしている者です。お話はぜひ、奥のお部屋でいたしましょう」
俺はそれを聞いて、閉店準備を始める。こういったお客さんーー依頼ーーがあった場合、通常営業は依頼の話が片付くまでしない。彼女がマスターのいる方へ歩いていくのを見て、店の外へ一度出る。そうして、ドアにぶら下がっている看板をOPENからCLOSEDへ変えた。
店内へ戻ると、マスターは「そういえば、お聞きしていませんでしたね」と柔らかい声で彼女に話しかけた。何をでしょう、と答えた彼女に、合言葉です、と返す。
「『叶望』……で、あっていますか?」
「はい。大正解です。では奥へ」
奥の部屋は、基本的にマスターにしか何が置いてあるのかわからないようなものばかりある。調合室と彼は呼ぶが、俺としては実験室とも言える気がしている。
パチパチと音が鳴る。それは剥き出しの電球からだ。あたたかみのあるオレンジ色を放って天井のあちこちから吊り下げられている。部屋の中には赤のベルベットで覆われてその周囲と脚が黒い金属で囲われたソファーが置いてあり、この部屋の中で一番派手だ。それがダークウッドのセンターテーブルを挟んで向かい合わせになっている。
部屋自体はあまり広くない。けれど決して狭いわけでもない。その分、所狭しと物が置いてある。おおよそが瓶で、願墨の元となるインクたちなことは察せられるが、具体的にどう使うものなのかはマスターにしかわからない。
依頼人をソファに座らせている間に、飲み物を用意するのがいつもの流れだ。今日はウバの茶葉があるので、それを出そう。調合室の真横に設置された小さなキッチンでお湯を沸かし、紅茶を淹れる。その用意をしている間、マスターは彼女に願墨についての説明をしていたようだった。
「ーーというわけで、願墨を使用することにはリスクが伴います。仮に貴方が他人を害するような願いをお持ちで、それを願墨に願った場合、貴方自身にもそれが跳ね返る可能性があります。それでも、本当に構いませんか?」
「はい。構いません」
紅茶のカップをそっとテーブルに置くと、ありがとうございます、と返ってくる。返事の代わりにニコッと笑うと、その返事にと頭を下げてくれた。入店の時から思っていたが、とても真面目な方なんだなという印象だ。叶えたい願いへの気持ちは揺るがないようで、マスターの説明を聞いてもなお、その瞳は揺らがないままである。
「かしこまりました。それでは、貴方の願いを教えてくださいますか」
そうして、彼女は自身の願いを話し始めた。
*
私は、池田亜衣子と言います。24歳で、上京してきました。親には反対されたんですが、高校にいる間にアルバイトをして貯めたお金で飛び出しました。絶対に叶えたい夢があるからです。小さい頃から私はテレビが大好きで、両親も共働きで帰りも遅かったので、家に帰るとテレビだけが私の寂しさを埋めてくれるものでした。その中でも私を救ってくれたのがお笑いで、特に漫才を見ていると、すごく楽しくて。
成績に厳しかったので、塾には小学校の頃から行っていました。だから放課後友人と遊ぶなんてことは少なくて、というか、そもそも友人が出来なかったんです。遊んでくれないからつまんないって言われて。
私はつまらない子、だったんです。
それでも、塾が終わって誰もいない家に帰ってテレビを点ければ、面白いことをたくさん吸収できました。楽しくなれるし、友達もいらないって思いました。一人でも、お笑いのことを思い出すだけで幸せになれたんです。
だけどそんなとき、中学1年生のときでした。文化祭で漫才をやっている先輩がいたんです。私はそのステージを見て、面白くなくて。私のほうが面白いネタを作れると思いました。変な自信がありました。実はその当時からいろんな芸人さんを研究してネタをいくつか作っていて、でも、披露する場所はなかった。でも、文化祭という場所を知って、次の年、私は一人でエントリーしたんです。それが初舞台でした。そうしたら、ウケて。何人か友達も出来て。お笑いサークルのある高校を調べて入って、そこからずっとお笑いのことを考えていました。そして、自分は芸人になるんだと決めたんです。
親は反対していました。成績は上位にいたんですが、塾に行かないとゴネたせいで反感を買ったみたいで。お笑いと、上京するためにアルバイトがしたくて、勉強は自力でやっていました。それでも親は塾に行かないで勉強から逃げるようなやつは成功しないと。
当時の私は、そんなわけないって思っていました。私は面白い、だから成功するって。
それで、進路はお笑い養成所にして、家を飛び出すように上京してきたんです。とはいえ、大きな事務所の養成所じゃなくて、入所費用の少ないところで、それでもチャンスはくれそうなところを自分なりに調べて決めました。今も通っています。
でも、私はやっぱりつまらない子なんです。
養成所では相方が出来ました。でも、アルバイトを掛け持ちしながら通っているのもあって、シフトの都合上、相方との時間が合わないんです。それに私は漫才がしたくて芸人になると決めました。自分を自虐するようなネタや小道具には頼らないで、自分が考える面白い漫才をしたいって。でも、相方はコントがしたくて、自虐ネタもたくさんします。
私は自分を自虐してお金をもらいたくないんです。堂々としていたいって。
だけど、それは相方とは相容れなくて、養成所に入ってからずっとコンビを組んでいたのに、ついこの間解散になりました。養成所に入ってもう6年目です。相方と別れて初めて、自分ひとりではもうウケないことがわかりました。アルバイトを掛け持ちしていて寝不足続きで、ネタも相方に任せっきりになるようになっていて。自分のお笑いがしたいって言っているのに、ネタは人任せだったんです。笑えますよね。
たまにネタを作るんです、私も。でも、ウケないんです。相方が作ったネタのほうがウケるんです。中学時代、高校時代、私のネタはウケていたんです。でも、プロの世界ではダメで、養成所の先生たちも、ピン芸人になった私のネタは全く笑ってくれなくなりました。
そんなとき、このお店のことを知ったんです。
私はもう、どんな形でもいい。嘘でもいい。他人に笑ってほしい、芸人としてウケたいんです。
一人でも笑ってもらえるような。そうして、それで生活できるようになって安心したい。
それが、私の夢です。願いなんです。
*
池田さんはゆっくりと、けれど熱の入った声で話してくれた。時折喉を潤すように紅茶を飲みながら。
舞台上でも聞き取りやすそうなハッキリした喋り方は、なるほどそういう特訓を積み重ねてきたものなのだろう。
「私は芸人を辞めたくありません。絶対に諦めたくない。でも、入所費が安い養成所には人が群がります。少ないチャンスを大手事務所でも奪い合っているのに、私のいる小さな養成所ではもうそのさらに小さい一滴しか掬えないんです。今の私は、その一滴を掬えません。本来はこういうことって、自分の才能や努力でなんとかするべきなんです。でも、もう私には縋ることしかできなくて……」
彼女は、やっぱりそれでも瞳を揺らさなかった。自分の夢に対してどこまでもひたむきで、けれど進むことも諦めることも出来ず迷っている。親の反対を振り切って、自力で夢を叶えようとしている時点で、彼女はもう一滴を掬えていると思う。俺にはそんな夢がない。生きることだけが俺のすべてで、他のことは、わからなくなってしまった。
「私はお笑いのことはあまり詳しくはありません。それでも、舞台上にいる彼らは、その一瞬だけの舞台に全部を賭けていると感じることがあります」
「そう、ですね。上がる舞台全てで試されています。自分の実力が、お客さんの歓声ですぐにわかるんです」
「スポーツは実力の世界とよく言われますが、お笑いもやっぱり、実力の世界、でしょうか」
「……もちろん、コネだとか、いろんなことはあります。それでも実力がなければ這い上がれ無い世界です。その点で見れば、お笑いもスポーツと一緒ですね」
「そうですね、一緒です」
ふみゃ、とマスターの隣に座っていたモカが鳴く。池田さんは猫が好きなのだろうか。それを見て、かわいい、と無邪気に笑って呟いた。そんな彼女の反応に気を良くしたのか、モカは池田さんのところまで歩いていって、気まぐれに足に頬ずりを二回。そうしてまたすぐに元いたところへ戻っていった。
動画に撮りたかったです、と震えながら、池田さんはまたひとりごとをこぼした。
「モカは気まぐれで、自分の生きたいように生きてます。それでいて、自分の役割をわかっている。そんな猫に見えています、私からは」
「あ、俺もそう思います。モカは自分の役割をすごくわかっている気がして」
「そうなんですか? 自分の役割……猫の役割? かわいがられること、とかですかね」
ああ、そうかもしれません。マスターが笑う。この人は本当に、モカのことになるとよく笑う。基本的に胡散臭そうな丸メガネのせいか、笑っても怪しく見えるだけのマスターが、モカのことで笑うと破顔したようになる。そう考えると、確かにモカの役割はかわいがられることなのかもしれない。
「そういうもので、いいんですよ」
「えっ?」
「自分のやりたいこと、役割、それを全うすれば、きっと。そういうものでいいと私は思います」
契約書を持ってきます、と言ってマスターが立ち上がり、厚手の上質紙を一枚、テーブルの上に置いた。池田さんはその契約書を注意深く読んで、大丈夫です、と合意する。
サインのためにマスターが手渡した万年筆からは、黒に限りなく近い青ーーブルーブラックーーのインクがするするとペン先から流れては、彼女の名前を紙の上に走らせた。 書き終わって、マスターがそれを確認する。そうして専用の器具で彼女の血を一滴だけ採取した。
「調合をしますので、すこしだけお待ちくださいね」
彼はソファから立ち上がり、調合台へと向かう。採血したそれを小さな瓶の中に入れて、次にインクを入れる。マスターの感覚で、なのだろう。適当に手に取った瓶からスポイトで少しだけインクを吸い上げて、瓶の中へ入れる。何色かの瓶からインクを取って瓶の中へ入れて、最後に混ぜて、終わりだ。
鮮やかな色をした10mlくらいの瓶を池田さんへ手渡すと、とても嬉しそうに、はにかんでいた。
「貴方の願いをしっかりと込めました。このインクを万年筆やガラスペンなどにつけて、具体的な願いを紙に書いてください。書いた紙はそのままでも平気です。願墨で書いた文字は願いが叶ったあと消えますから。そして、一度使えば効力を失います。普通のインクとして使ってください。血が入ってはいますが……」
「わかりました。……血が入ったインクを使うのはちょっと気が引けますね」
「ふふ、そうですよね。もし不気味であれば廃棄しても大丈夫ですので」
「それは、しないかもしれません」
大事そうに瓶を握る池田さんは、そう確信めいた声で、やっぱりハッキリとそう言った。
調合室から出て、彼女を店の外まで送る。夕日で照らされた彼女の手の中には、同じく鮮やかな夕日色のインク瓶があった。
それから、どれくらい経っただろうか。季節はすっかり秋めいて、落ち葉の絨毯で店の前が埋まってしまう季節になっている。掃除が大変だと思いはするものの、こうやって四季を感じられるのはいいものだなとも思う。少なくとも、俺にはそれが叶わない可能性があったのだから。
閉店の準備をして、今日は何事もなく終わったなと背伸びをする。お客さんが少ないことを悟って早々に調合室に引っ込んだマスターは、閉店の時間を過ぎてもそこから出てこない。どうせ調合に夢中なのだろうとそこへ行けば案の定夢中でああでもないこうでもないといろんな配色を試している人がそこにはいた。
晩御飯にしますよ、と声を掛ければ、もうそんな時間ですか、と返事がある。こんな調子で、この人はご飯は絶対に食べるが、しかし自分一人ではその時間を忘れる人なのだ。
居住スペースになっている二階へと上がり、さくっと晩御飯を作る。たまごと鶏肉とケチャップとたまねぎとピーマン、うん、オムライスと……適当なスープでいいか。
二人分のそれを作ってキッチンテーブルに並べる。マスターはモカにご飯をあげて、嬉しそうに笑っていた。
「出来ましたよ。オムライスと、トマトとベーコンのコンソメスープです」
「ありがとうございます。美味しそうですが、どうしてスープにトマトが入っているんですか」
「せめてもの野菜です」
「……ユータくんの作ったご飯です。食べますよ、残しません、安心してください」
マスターは野菜嫌いだ。それもかなりの。でも俺は甘やかさないと決めている。健康でいてもらわないと困るのだ。俺には、この人しか頼れる人がもういないのだから。
いただきます、と手を合わせてから、そうだそうだと思い出す。ちょうどキッチンテーブルと真反対の位置にあるテレビを点けて、目的のチャンネルに合わせると、そこには「今をときめく女ピン芸人!」の文字とともに、いつかの依頼人が登場していた。
「池田さん、すっかり売れっ子ですね」
梅雨に入りかけの頃に店にやってきた池田さん。彼女は今、SNSで発信した自虐ネタが評判になり、その後もモノボケなどで有名になった。小柄で可愛らしい容姿をしていたこともあってか、かわいすぎる女芸人としてもブレイクしている。アルバイトの掛け持ちもしなくなり、今は芸人一本で生活しているとテレビで話していた。
たまに、愛用している所持品として万年筆を挙げていることがある。ネタを書くときに手書きのほうが捗るんです、と言って書かれたメモは、どこも夕日色で染まっていた。
「全うしたのでしょう」
「役割を、ですか?」
「ええ。自分の心とは、相反していたとしてもーー与えられた役割を、全うしたのだと思います」
液晶の奥で、池田さんはあのときモカに見せた無邪気なものとは違う表情で笑っていた。




