2話.両親への報告
屋敷に戻ったカノンは外套を脱ぎ、自室へと戻ってから深く息を吐いた。
頭の中を占めるのは、ヤグンから言われた婚約解消という言葉だ。
あんなののために頭を悩ませるのは癪に障る。
けれど、放っておいて相手方から解消はまだかと言われるのも、まるでこちらが悪いと言われるようで許容しがたい。
婚約者というのはこうも問題ごとを持ち込んでくるものなのかと、カノンは呆れずにはいられなかった。
「まあ、これで10回目だもの。お父様たちも今更、驚いたりしないでしょ」
どのみち、婚約解消の手続きを行える権限を持っているのは父だけ。
頭を悩ませるだけ無駄だと、カノンはさっさとヤグンを頭から追い出す。
それから、夕食の時間が来るまで隣の部屋にあるキッチンでお菓子を焼くことにした。
* * *
夕食の時間となり、カノンは1階のリビングへやってきた。両親だけでなく弟のキースも既に席についており、カノンが最後だ。
「あら、キース。今日は早いのね」
「たまにはね」
キースはカノンより四つほど下で、十六歳になったばかりだ。今は自宅から地元の学園に通っており、授業内容によっては帰りも遅いことがある。
カノンも同じ学園に通っていたので、久しぶりにキースとも食事を採れることで、少し懐かしい気持ちになった。
全員が揃ったところで、父の合図に合わせて食事を始める。
いきなり婚約解消の話をすると料理が冷めるまで話し込んでしまいそうだと思ったカノンは、ある程度の時間が経ったのを確認してから今日のことを切り出した。
「お父様、ジックス子爵令息との婚約についてなのですが」
ヤグンのことを敢えて家名で伝えると、父は食事の手を止めてこちらを見た。
眉間にしわが寄っていくところを見て、カノンは自分の言いたいことが伝わったことを理解する。
「また、解消かね」
「今度は破棄かもしれないよ」
「失礼ね、ちゃんと解消よ」
横やりを入れてくるキースを見れば、それ以上言葉は返ってこなかった。
代わりに、別のところから深いため息が聞こえてきた。
「理由はまたしても、可愛げがないとかかしら……」
「その通りです、お母様」
どうしてと言いながら今にも泣き崩れそうな母を、相変わらず感情豊かな人だなあと思いながら見ていた。
「母様もいい加減、慣れなよ」
「婚約解消に慣れて堪るものですか。人生に一度、多くても二度経験すれば十分なことなのですよ?」
キースの言い分ももっともだが、母の言い分も確かにと思えたので、カノンは自分事でありながら、どちらにもうんうんと頷いていた。
初めての婚約解消は、カノンもそれなりにショックを受けた。
言い方が悪かったのかとも考えたが、どう頑張っても相手が悪いしか出てこなかったのだ。
「良いのですよ、お母様。今回の方も金銭にだらしない方でしたし、声が気に入らないと言われましたの」
「声って、変えようがないだろ……」
「全くよ」
キースが遠い目をしている横で、母は変わらず頬に手を当て、困った顔をしている。
「どうしてお金にだらしない殿方が多いのかしら」
10回の婚約解消の中でカノンが気になったことと言えば、金銭にだらしない人が多かったように感じている。
「懐事情に問題を抱えている人物の打診は、すべて断っているぞ」
父の言うとおり、目に見えてわかる借金などを抱えている人物とは婚約を結んでいない。
だからこそ、カノンは余計に理解できなかった。
「みんなそれなりと言ったって、うちと比べれば公爵ぐらいじゃないとどこも貧乏みたいなもんでしょ」
「我が家が裕福なのは事実にしても、それだけで急に金銭にだらしなくなるかしら?」
仮に婚約者が裕福だからと言って、結婚もまだしていない時期から相手にお金の負担を強いていては、直ぐに愛想を尽かされると何故分からないのだろうか。
「まさか、私が相手のことを好きだから、私が払うのは当たり前だと思っていたの?」
「あり得るんじゃない?」
もしそうだったなら、どれだけの思い上がりなのだろうとカノンは頭が痛くなった。




