1話.10回目の婚約解消
「見た目しか可愛げのないお前なんかと結婚したら人生が終わる! 婚約解消だ!」
10回目の婚約解消を告げられた瞬間、カノンは紅茶を噴きそうになった。
「え、またですか?」
「また?」
「ああ、失礼しました。前のことは貴方とは何も関係ないので、こちらの失言です。それで、お話を伺っても?」
あまりの言い方に、カノンは眉間をひくつかせている。
しかし、話を前に進めないと何も判断できないと考えたカノンは、とにかくヤグンを促した。
「この際だからはっきり言うが、カノンはイメージと違って、可愛げが全くない」
はい、出ました。テンプレ暴言。
この世界の男性は、どうしてこうも可憐な見た目をしている女性を見ると、従順で無害だと思い込むのでしょう。
カノンはその思考回路がまるで理解できないと、首を傾げた。
「お言葉ですが……」
カノンが紅茶で唇を湿らせると、ヤグンが身構えたのが分かった。
言い返されるのが怖いなら、下手なことを言わなければいいのに。とはいえ、カノンはそんなことで遠慮したりしない。
「イメージと違うから可愛くないって言うのが、何故暴言だと分からないのでしょうか。私、一言でも自分のことを可憐だとか、可愛げのある女だと紹介したことありましたか?」
「それは、ないが……」
「ですよね。大体なんですか、イメージって。貴方の勝手なイメージですよね。なぜ私がそれに合わせないといけないのでしょうか? そして、何故貴方の勝手なイメージに合っていないと、可愛くないと言われなくてはならないのですか?」
「それは……。そんな可愛い見た目してたら、性格だって綺麗だって思うだろ、普通」
はい、出ました。こちらもテンプレです。
あまりの予定調和に、カノンは盛大な溜め息をついてしまった。失礼だとは思ったが、止めてやる義理はもうないだろう。
カノンは身長が女性の平均よりやや低く、小顔だ。子爵令嬢であるため肌はもちろん、髪の毛だって綺麗に手入れしてある。
その見た目が、世間一般では男性に庇護欲を抱かせやすいことはカノンも否定しない。
しかし、カノンは天使でもなければ妖精でもない。普通に怒るし、普通に意見も言う。
まさしく、どこにでもいる普通の女性だ。
「もういいです。私も貴方にうんざりしていましたので、婚約解消としましょう」
「は? うんざりってなんだよ」
「貴方はいつも、私にもっと可愛い声が出せないのかと仰いましたよね。で、貴方はいつ私の理想通りの声を出してくれるんですか?」
「どういう意味だ?」
人に何か頼むなら、貴方も対価を払うべきではないかと言っているんですけど、これが理解できないのですか?
やはり、理解できない思考回路の持ち主ですわね、この方。
「はっきり言いますけど、私も貴方の声がイメージと違うせいで、格好良く思えませんの」
別にそんなこと思ったことはないけれど。声も見た目も、その人のせいではありませんし。
でも、言われっぱなしは嫌いなので、同じことはやり返させてもらいますね。
「ふ、ふざけるなよ! お前なんか、こっちから願い下げだ! 二度と俺の前にその面見せるなよ!」
「その言葉、そっくりそのままお返しいたします」
言うだけ言って、ヤグンは顔を真っ赤にしたままカフェを去っていった。
その中で、明らかにいろんな人たちがこちらをちらちら見ているのが分かった。
「ねえ、あれ……」
「例の子爵じゃないかしら」
「ああ……婚約解消され続けてるっていう」
「あれじゃあねえ……」
声を抑えているつもりかもしれないが、残念ながら静かなカフェの中では丸聞こえだ。
というよりは、わざと聞かせるようにしているのだろう。
カノンはこういう連中にも腹を立てたが、ヤグンとやり合った後ということもあり、そこに噛みつくまでの元気はなかった。
なので、外野の一切を無視して、運ばれてきたアフターヌーンティーセットを一人、優雅に楽しむことにした。
「……自分の代金も置いていかないなんて、最後まで非常識な人だわ」
デートの時に食事をしても、明らかにヤグンの方がたくさん食べて色々頼んでいるのに、いつも割り勘にされるのがどうしても我慢ならなかった。
なので、カノンは食べた分を払うのが普通ではないですかと言った。
当たり前のことを言っただけのつもりだったのだけど。
たったこれだけで婚約解消を言い出すなんて、いくら何でも打たれ弱すぎないかしら?
カノンは何度目か分からない溜め息をつき、紅茶を口に含む。
ヤグン以前の婚約者たちも、相手側からの婚約打診からの解消という流れだった。
理由もすべて、ヤグンと同じものだ。
「ん、美味しい」
勝手に見た目だけ見て寄ってきて、カノンが口を開けばイメージと違うと言われる。
いい迷惑だと、カノンは湧き上がる怒りをお菓子で抑えた。
「これで10回連続ね。お父様たちも、流石にこれで懲りるでしょ」
子爵令嬢として、婚姻が大切なことは理解しているけれど。
カノンに非がないまま、相手方が勝手に婚約解消を言い出してくるのだからどうしようもない。
第一、レノアベラ子爵が納める領地は非常に安定しており、潤っている。
はっきり言えば、婚約相手なんてこちらの方が選んでもいいぐらいだ。
「私が女ってだけで侮ってくれちゃって」
ぱくりと二つ目のお菓子を口に入れ、カノンはもう一度怒りを抑えた。
こんなにも解消されるなんて、才能と呼んで差し支えないのでは?
なんて自虐を心の中でしていたカノンは、アフターヌーンティーセットを一通り楽しんだ後、ヤグンの分の支払いまで済ませてカフェを後にした。
* * *
カノンが去った後、その横の席にいた人物が肩を揺らして笑いを堪えていた。
「面白いものを見せてもらったなあ」
名前は確か、カノンだとか言ったっけか。
そして、こそこそと周りから聞こえてきた言葉から察するに、今の子爵令嬢はこれが初めての婚約解消ではなさそうだった。
そこから導き出せる人物と言えば、カノン・レノアベラ子爵令嬢で間違いないだろう。
見世物としてそれなりに楽しめたなと独りごちる男、フライベル公爵は席を立った。
「君たちの顔、全員覚えたからね」
カノンにわざと聞こえるよう陰口を叩いていた人物たちに、フライベル公爵は敢えて聞こえないように口の中でだけその言葉を転がし、会計を済ませて退席していった。




