合い言葉は、いなりずし
トキは黒髪に黒い瞳の大学生だ。「きつね」と名乗る少女と暮らしている。少女は背が低く、見た目が幼い。きつねの耳としっぽが生えているのだが、どちらも触ればわかる。イミテーションだ。
トキはスーパーで「簡単! いなりずしの皮」が割引されているのを見る。一度、うどんにお揚げを入れたときにきつねが喜んだのを思い出して、カゴに入れた。
トキがアパートに帰宅すると、きつねがパタパタっと駆け寄ってきた。
「トキさま、きっとごはんだろうと思って、ごはんを炊いておきました!」
「ああ、これに詰めて食べよう」
「い、いなりずし……」
きつねは顔を赤くする。
ニセモノのきつね耳がパタパタする。
ニセモノのきつねしっぽが揺れている。
「え? 何その反応 そんなに好きなの」
「はい、好きです」
炊けたごはんをボウルに入れ、酢飯にする。ちゃぶ台の上に置いて、ふたりで並び、スプーンでいなりの皮に詰めていく。
きつねは、トキが自分でいなりずしを作っているのを、不思議そうに見つめる。
ちいさな神様は、泣いている。
村は人がどんどん減って、廃村になってしまった。もう、ちいさな神様しか残っていない。
土地の神様は、信仰されなければ、存在してはいけないのに。
ある日、神様のボロボロのお社を、小さな男の子が尋ねた。迷子のようだった。
男の子は、いなりずしを持っていた。
「おばあちゃんに、お稲荷さんにあげてきてねって言われたの。でも、たくさん歩いたのに、見つからない」
男の子は擦り傷のある足で、泣いていた。
神様は、お稲荷さまではなかった。
けれど神様は、最後の力を振り絞って、お稲荷さまのフリをした。
「よかった! 僕にもできた!
神様、いつもありがとうございます」
神様は男の子から信仰を得た。
彼の言葉で、息を吹き返した。
だから……その男の子のために、なんだってしてあげようって、そう思ったのだ。
きつねは変な顔をして、いなりずしを食べている。
「きつね、実はいなりずし嫌いなんじゃ」
「す、好きですよ! ただ……ちょっと胸に詰まるだけです」
「喉じゃなくて?」
「はい」
「美味しいですね、トキさま」
「たまに食べると、美味いよな」
きつねは、泣いている。
トキはぎょっとする。
「どうした!?」
「いえっ トキさまの成長が嬉しくて……」
「詰めるだけだろ! 詰めるだけのいなりずしだコレは」
トキは料理の成長だと勘違いしているようだ。
「便利な時代ですね」
きつねは、きつね耳のつけ根をかきながら、笑った。




