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阿片窟の男 その②

3


少し緊張してきた。


佐藤の手前、何の屈託もなく受け入れたが、鏡は元来、人見知りであった。

これから来る相手、鏡は一切知らなかったが、有名なプロデューサーらしい。


金持ちは世の中を自分のモノと思ってる節があるので、非常にあさましく性根の腐った奴が多い。

浅薄な人生経験で得たこれまた浅薄な偏見を自家熟成させていたら、扉が開いた。


「どうも鏡と言います。名刺切らしてて、すみません」

「黒羽根です。黒羽根利明。プロデューサーをしています。今はいわゆる地下アイドルをプロデュースしています」


狭苦しい談話室の中、大の男2人が、一方に瑕疵のある名刺交換をする。

長々とキャリアの自慢とかされるのが本当に嫌だったので、鏡はアクセル全開で切り込んだ。


「本題から入りましょう。"何があった"んですか?」

「本物のアイドルが……居たんです。」

「はぁ」


それなりに社会生活を営んできたであろう黒羽根にしては要領を得ない回答だった。


「私がプロデュースしてきたアイドルは50名にものぼりますが、ふと気づいたんだ、本物が居ないって。

私は本物を求めてやって来た筈なんですが、本物が居ないんです。

私の事をおかしいと思うでしょ?私もおかしいと思います。でも本物が居ないんです。

つい先日には本物が居たはずなのに……」


鏡は社会生活に必要な最低限の我慢を覚えていたから、本物本物うるせえなと付言せずに済んだ。


「貴方の言う本物とは」

と、ともすれば形而上の質問をしてみる鏡。


「本物とは本物でしょう。

ここまで膾炙したアイドルの語源をご存知でしょう?

まさに"偶像"を体現したようなそのままの存在です。

ふと気づいたんです。

私はこの20年のキャリアで恥ずかしくない本物を輩出してきた筈なのに、いつの間にかそのキャリアを全て誰かにかっさられたような。

まるでジグソーパズルの真ん中だけをごっそり盗まれたような虚無感なんです。

どこに相談すべきかと、繋がりのある地位のある人は占いを信じる事が多いのですが、占い師に頼るのも恥ずかしいし……、警察の偉い人とのパイプがあったのでここに来ましたが……」


「なるほど」


一見スピリチュアルに片足突っ込んだやばいおじさんだが、誰かにかっ攫われたという表現……。

もしかしたら一条寺怜華の失踪となにか関係するかもしれない。

鏡は頭を掻きながら、十人並みの灰色の脳細胞を活動させる。



「ところで……」

黒羽根が声を漏らすように話を分断する。


「貴方、良い顔をしてるね。アイドル目指せるかもしれん。私の直感は外れないんだ。

あ、無理だ。タッパが足りん」

「そうすか。残念だな」


なんとも非礼な中年だが、佐藤に何とかすると言った手前、事件を解決せねば顔が立たない。

普段は世間体なぞクソ喰らえと思っている鏡だが、一旦そういう関係になってしまえば気を使わなければいけない性分なのだ。

「アハハ」と愛想笑いをしつつ怒りを飲み込む。


更にこの後、10分で30回近くも「本物が無い。奪われた」を連呼した挙句、何も得るものが無かったので、黒羽根との会談は終わりにして、事件が起きているであろうアイドルの劇場へ向かう鏡であった。


電子犬は何かあった時の最後の希望として、何故か犬が見える水瀬唯の所へ預けた。



4


日本は衰退したと言われるし、停滞は鏡の目にも観て取れるほどだが、ここの勢いはそれを嘘と思わせるほどだ。

アイドルのライブ。

重低音が心臓を直接殴りつけてくるような振動。酸素が薄く感じるほどの熱を持っている。


事件解決に必要だと直感的に思ったから、という理由で佐藤からタクシー代をねだってここに赴いたが正直帰りたくなっている自分がいる。

本当は暇だったからだし、黒羽根氏の名刺があったらちょっと安くならないかなという色気があったのは否定出来ない。


それにしても、いつ見てもアイドルファン達は異形の格好をしている。

公式非公式を問わず缶バッジ等で武装して、ペンライトで周囲を気圧す様はズールー族やアステカの民やセルクナム族がする戦化粧のようだった。

彼らにとってライブは非日常、戦そのものなのだろうと鏡は勝手に納得した。


「初めて来る人、ですか。一目見て、覚悟して来てない人だと思いましたよ」


鏡はヌッと背後から話しかけられた。

男は、5年無菌室で育て、5年泥濘の中で育て、ただただそれを繰り返していったような無害さと有害さを併せ持つような雰囲気の老人、いや壮年だった。

その笑顔は蝋人形のように滑らかで、どこか作り物めいていた。


「私も最近アイドルにハマったんですよ。

岡村と言います。よろしく」

「鏡です」


壮年は組んでいた腕を解いて鏡と握手を交わす。


「この趣味は良い。演者もファンも全力でぶつかり合う。それを見ていると活力が湧いてくる」

「そんなもんすか。初めてだから分からない事だらけで、なにせこのアイドルも知らないし、正直若い女の子は全部顔とか同じに見えますよ」


「ははは、最初はそんなもんですよ。

私にとっては新しいアイドルを覚えるのは軽い脳トレになって楽しいものだ。

孫が居たらこんな感じなんだなとも思いますね。

あ、始まりますよ」



ステージに立つ数人のアイドル達。

鏡には判別不能だが、彼女らにもそれぞれの人生が、あったのだろうと思わされる。

それにしても地下アイドルということも有りステージの構想上、距離が近い。


「今日は来てくれてありがとう。いきなり行くよ。『8050』」

「鏡さん、予習は?」

「全くしてないすね」


「聞いてもらえば分かりますが、この曲は8050問題をテーマにしたメタル調の曲ですね。

本来の意味のカタルシスを得るのに最適な曲と評されてます」

「本来の意味って、悲劇を見て心が浄化されるって意味すかね」

「そうです。この悲劇が素晴らしいんです」


アイドルが歌いそれに呼応してファンが飛び跳ねる。

鏡は、純粋に見に来てるのになんかファンたちが画面を遮るみたいでウザかったが、まああっちも客だし仕方ない。と諦念を心に浮かべる。


「『8050』の次は、日本のこれからを暗示するような歌詞をアップテンポに歌い上げる『新自由主義の誤謬』から、親がカルトにハマって全て失っていく悲劇を描いたバラードの『CULT』ですね」


「思ってたより病的に現代的なんすね。

もっと、私世界一可愛いみたいなのばっかだと思ってましたよ」


「売り出し方に寄りますね。

このグループは、社会風刺が主だから」


CULTの歌詞カードを貰いコールをしてみる鏡。

聴いてみると、中々に読ませる歌詞と声色と演技力だ。

7番が終わる頃には、カルトに蝕まれて人生が奪われた主人公の悲惨な境遇にちょっと泣いていた。

スポットライトを浴びる少女の絶叫が、作り物とは思えない切実さで胸を抉る。


「これで全て終わりですね。こっからチェキ会がありますが、行きます?」

「ああいうのってCDを買わないといけないんでしょ?飛び入り参加で持ってませんよ」

「私の次でよければ。チケット余ってるんですよ」


何だかんだアイドルを好きになれた自分がいた。

やはり知らない文化に触れるのは良いことだ。


そう自分に言い聞かせて、一条寺の消失や、なんの収穫も得られなかった事や、ここに来た理由を自分に忘れさせていると、あの親切な岡村にチェキ会の順番が到来する。

その瞬間に全てが始まっていた事を知らずに、鏡は脳内でしょうもない言い訳を浮かべていたのであった。


5

アイドルが消失した。

鏡は正直名前も覚えてなかったが、あの『CULT』の演技力、歌唱力は凄まじいものがあった、あのアイドルが目の前から消失したのだ。


「俺なんの為に来たんだっけ」

「知らね、辞めよ辞めよ。こんな奴ら可愛くないよ」


熱心なそのアイドルのファンたちはペンライトやらタオルやらを捨てて、オタ活を引退するように会場から失せていく。

考え事してるうちに目の前で人間消失が起こってしまった。


煙のように、朝露のように、氷が溶けるように等描写は様々あるが、どう消えたか見てなかったから描写しようがない。

ただ、世界のレイヤーが一枚剥がれ落ちたような、不自然な空白だけがそこにあった。


これは一応探偵としての沽券に関わるくらいヤバい。

いや、あくまで考え方はオッカムの剃刀のように単純に……。

目の前の、親切にしてくれた岡村。

彼が触れた後に消失が起こった。


となると彼が、あのアイドルをチェキ会の時に一瞬で消し去った。それしか無いだろう。

この壮年に大掛かりな人体消失マジックをする理由が無い。


「鏡さん。うちに来ませんか……。話したい事が在るんです」


岡村はもう少し歳を取っていれば好々爺と言える笑顔を鏡に向けた。

その手には、指人形大の大きさになったあのアイドルの首が「助けて……助けて」と口を動かしている。

唇の動きに合わせて、蚊の鳴くような、しかし明瞭な救難信号が聞こえる。


「その子は、無事なんすか?あんたをどうにかする前に、治し方を聞かないといけないと思うんすよね。それ、不可逆じゃあなければいいが」


鏡は指を差しながら、首だけの人形にされた娘に身の丈に合った人情を見せる。


「待ってください。話を聞いてほしい。この子は無事です。一旦、私の家に来て欲しいんです。貴方と話し合いたい」

「分かったよ。一応優しくしてくれたし、

なんか事情があるなら聞くから、とりあえずお邪魔しようか」


なんかその場のノリで承諾してしまったが、割と危険な人物だし、どうすれば良いんだろうと鏡は思い悩む。

まず、奴には人質が居る。

刺激しない方が良いし、下手したら自分も触れられるか何かされて、"ああ"なる可能性がある。気付かれないよう後ろから不意打ちという策も指人形となった人質が居て、危険だし。


世にはクレプトマニアというものがある。

どうしても万引きしてしまう人間に彼は似ている。

他人の人権というこの世で最も重視すべきものを無視すれば、彼は優しくしてくれたし。


久々にあんな親切にされたな……。

それも利害が一致しない相手に。

再び、考え事をしているうちに、鏡は岡村家に着いた。


「ここが私の家です」


ひび割れた表札には岡村長之助、岡村□子とあった。

一部分が傷つけられていて夫人の名前は鏡には読めない。

古墳から見つかる刀剣にもこんな感じで読めない部分に□を付けるんだろうなと鏡は思った。


鏡は盗掘家の足取りで、独居中年の阿房宮へ歩みを進めて行く。

鏡は、人の家特有の雰囲気が嫌いだったが、どういう訳かそこまでの厭らしさは無い。

悲惨なほどの汚部屋でもなければ、悲惨なほどのミニマリストでもない中庸な感じが好きだった。


ただ、時が止まったような静寂と、微かな線香の匂いが漂っているだけだ。


「3年前に妻が亡くなりましてね……。どうぞ、貰い物ですが、ちょっと高い酒らしいです」


客間に通される。

取り敢えず奴に触られなければいい。

距離を取りつつ、油断しなければいい。

鏡は普段飲まない人間だったが、高いのなら損だし、と飲むことにした。


「それで?」


バーボンを水のように注いで鏡はいきなり三杯ほど飲み干す。


「どこまで話しましたっけ。そうだ、妻が死んだところか。……30年連れ添った妻だったんです。まだ生きてる頃の夢をたまに見ます。あの頃の暮らしを見るんです」


紋切り型だが、人が死んだ話だ。

嫌がらずに聞いてあげようと、チビチビと飲みながら彼の話を聞く鏡。

居間の棚に、賞味期限の切れたハーブティーの箱がありそれが彼女のものだとようやっと分かった。

埃をかぶった箱は、主の帰還を永遠に待ち続けているようだった。


「そんな中、ふとした事でアイドルにハマりました。心が埋まるとまではとても言えませんが、脳に常に縊死を考えてた私の心を救ってくれたのです。

彼女らが歌う時、妻が笑ってた時を思い出すんです」


「ほーん。岡村さんも色々あったんだな。

それで、その能力は?いつ?というか本当に戻せるんだろうな?」


もう一杯、もう一杯とばかりに器に酒を注いでいく鏡。酒を手にしながらプロデューサーが言っていた“本物”についても考える。


「1年前、アイドルとの握手会で発現しました。これは神が私に与えてくれた希望です。

……ところで、貴方も、能力者でしょう?

感覚で分かります、阿片窟の臭いがするんですよね。一目見たときに確信しました。」

「阿片窟……。まあ、なんか、感覚で分かるのは分かる感覚があるな」


「話が逸れましたね。私の能力、人を生きた首だけの人形に変える-Head Shrinker-」


中年の客間に突然、異質な色彩を放つ古代中南米の呪い師のような姿が現れる。

極彩色の羽根飾りと、干からびた皮膚の質感が、日本の住宅にはあまりに不釣り合いだった。


「能力を使うのはツァンツァを作るようなものですね。ツァンツァってのは干し首の事です。

昔の部族が呪術的な目的でこれを作ってたみたいです。

それが影響したのか分かりませんが、シャーマンみたいな幻影が出るようになりました。」


岡村は呪い師をその場から除去して続ける。


「これを使ってアイドルたちを人形に変え続けました。妻の死で心に空いた穴を埋めるように……。

かなりの数を変えてしまった。もうこんな事辞めたいんです。

でも私には能力がある。それに触れた者は人々の記憶から消えてしまう」

「記憶が消える……。それで、完全犯罪が成立しちまう訳ですね。どの口が言うんだって話だが、俺も一応は社会生活を営んでる人間だ。正義の味方じゃあないが、善の心はそれなりにあると思ってる。このまま、あんたを黙って見過ごせない。俺でよければ、一緒に警察に行こうか。全員戻して罪を償おう」


「私には止めてくれる人が必要だった。

それが、同じ阿片窟の匂いのする貴方だったんです。逮捕されるのは怖いが……。

最後にコレクションを案内させてください。

彼女達を解放しなければ」


「"コレクション"ねぇ。まあいいよ。その子たちも元に戻ったとき困惑するだろうしさ。ちゃんと戻してやれよ」


首だけになり生きている女達をコレクションと呼ぶのは理解しかねるが、倫理観が著しくイカれていなければ歳の離れた友人に成れたかもな、と鏡は思った。

そもそも、彼が異常だったから能力が発現したのか、能力が発現したから異常になったのか、どちらかも分からない。



ただ、その"コレクション"を観た瞬間、その考えは変わった。


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