あの世で罰を受けるほど その④
軽トラのエンジン音が、静まり返った夜の四辻に低く響いていた。
ここは古来より、現世と隠世の境界とされる場所。
そして、溜まり場を失った「穢れ」が最も沈殿しやすい場所。
件の化け物にとっては、ここはいわばホームグラウンドだ。
鏡烏は、助手席にあるプラスチック容器と安酒を静かに手に取った。
父が命のように、あるいは自身の誇りのように大切に扱っていた「道具」だ。
「……少しだけ、アンタの『礼儀』を借りる」
バックミラー越しに、あの忌まわしい麻袋が迫る。
アスファルトを削る不快な音を立て、怒りに震えるように膨らむ袋の隙間からは、どす黒い霧が溢れ出していた。
鏡は軽トラの荷台に立ち、背後に青い巨人経──Mr.Blueskyを顕現させた。
「Bluesky、ぶちまけろ」
巨人の豪腕が、容器の中の塩を一掴みにし、弾丸のような速度で放つ。
「──放たれた塩のすべてが、一粒の漏れもなく、奴を囲む完璧な結界を描く確率。100%だ」
本来ならば夜風に散るはずの塩の粒が、空中で意思を持ったかのように蝟集して整列した。
袋が踏み込もうとした足元の地面に、白く輝く正円の境界が刻まれる。
「──あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!」
円に触れた瞬間、麻袋から断末魔が上がった。
結界の壁に焼きつかれ、袋の表面から黒い煙が激しく立ち昇る。
逃げ場を失い、結界の中で狂ったようにのたうち回る麻袋。
鏡は仕上げに、カップ酒の蓋を親指で弾き飛ばした。
「これは本来、木に捧げるもんだが、お前への手向けには丁度いいだろ」
鏡は酒を麻袋の頭上へと高く放り投げ、その刹那、全神経を指先に研ぎ澄ませた。
「酒の飛沫が、奴を繋ぎ止めている『袋の縫い目』だけに浸透し、その怨念を根こそぎ洗い流す」
宙で舞った酒の雫が、精密誘導されたかのように、袋の執念深い縫い目へと吸い込まれていく。
直後、ボロボロと音を立てて麻袋が崩壊を始めた。内側を叩いていた何かの正体が露出しようとした瞬間、四辻に溜まった清浄な力が一気に袋を貫き、眩い光とともに「穢れ」を無に帰した。
後に残ったのは、破れた古い麻袋の残骸と、夜の静寂だけだった。
鼻を突いていたすえた腐臭は消え、代わりに、どこか懐かしい線香の香りが、優しく風に溶けていった。
鏡は荷台に腰を下ろし、くしゃくしゃになったカップ酒と空の容器を見つめる。
そこへ、話を聞きつけた一条寺から着信が入った。鏡はいつものように深くため息を吐き、通話ボタンを押した。
「……あぁ。今終わったところだ」
『こっちにも別の凶悪犯が出てね。……ゴミを体内に移動させる能力者なんだけど』
父親を襲撃された鏡に対し、一条寺の声には珍しく微かな憐憫の情が混じっていた。
「既視感しかねえ輩だな。……わかった、明後日そっちに向かう。待ってろ」
電話を切り、鏡はスマホの画面を操作する。
病院で待つ父の元へ戻るため、彼はこんな信じられないような山奥に運転代行を手配した。
「だから嫌いなんだよ……。地元も、親父も……」
ブツクサと照れ隠しの毒づきを夜の山道に吐き出しながら、鏡は頼りない軽トラの影に寄りかかって、代行の到着を待っていた。




