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あの世で罰を受けるほど その①

1


確か、昨日が二十四歳の誕生日だった。

こんな人生になるとは思っていなかった。

二十四歳。ごみ清掃のバイトでなんとか食いつなぐフリーター。

言うなれば……そう、透明な人間だ。

誰も俺を気にしないし、気付かれもしない。

よく「路傍の石」なんて言うけれど、石なら通行人の邪魔ができるだけマシだ。俺にはその石ころほどの存在感すらない。

人生の主人公は自分だと思っていたが、そんな幻想は中学生くらいで捨てた。


ポケットに手を突っ込み、吐く息すら凍りそうな寒空の下を歩く。

残念ながら、今夜の空に月は出ていない。


交差点に差し掛かると、いかにもパリピと呼ばれる連中が乗りそうな改造車が滑り込んできた。

窓がスーッと開き、年端もいかない派手なメイクの女と、やけにチャラい男が乗っているのが見える。

「兄ちゃん、これ捨てといて」

男はストローの付いたカップコーヒーを、俺の居る方向へ放り投げた。

バシャッ。

中身がまだ残っていたらしい。俺の安物のダウンジャケットに、男の汚い飲み残しがぶち撒けられる。


「ポイ捨てすんなよ。じゃあ、よろしくー」

男は屈託のない笑顔を向け、軽快に車を発進させた。

何一つ悪気がない、純粋な無関心。それが何より怖く、そして腹立たしかった。


「……死ねよ。お前なんか、そのスタバの偽物を喉に詰まらせて死んじまえ!」

誕生日を迎えて、何かが決壊したのかもしれない。

思ったよりも感情が抑制できず、俺は走り去るテールランプに向かって叫んでいた。

業務外でもゴミ掃除なんて……やってられるかよ。

俺の叫びが届いたのか。

直後、轟音が響く。

どうやらあのパリピカーが事故ったらしい。

死んでないといいが……いや、少し顔を拝んでやりたい。

俺は底意地の悪い野次馬根性を湧かせて先を急いだ。


車は電柱に激突していた。フロントガラスは蜘蛛の巣状に割れている。

女は車から這い出て、腰を抜かして泣き叫んでいた。

男は運転席に座ったままだ。

何か、そこにあるかのように……上を向いて口を開けている。


いや、何かを見ているわけではない。

近づいて、よく見て分かった。

喉の奥に、あのカップコーヒーが「埋まって」いる。

無理やり押し込んだのではない。まるで最初からそこにあったかのように、喉の肉と同化している。

俺みたいな素人でも分かる。即死だろう。窒息死だった。


どうやら俺は、とんでもない能力を手に入れてしまったかもしれない。

小さい頃、ずっと欲しかった新しい玩具を買ってもらった時の高揚感。

遠くで鳴り響くサイレンの中で、俺は不謹慎にもそんなことを思っていた。



2


足元に無造作に放り出された枝切り鋏、使い古された大量のゴム手袋、そして拭いきれない土の匂い。


S県H市出身の鏡烏は、狭苦しい軽トラの助手席に身を縮め、一条寺から「里帰り」の許可をもぎ取った数日間の休暇を噛み締めていた。

ハンドルを握るのは、父・鏡充だ。 長年、造園業という肉体労働で鏡の食い扶持を稼いできたその横顔は、記憶にあるよりも深く皺が刻まれている。

鏡にとって父は、感謝の対象というよりは、いつ沸点に達するか分からない癇癪持ちの、厄介な同居人という認識が強かった。


『餃子の街H市。時報に餃子の焼ける音をどうぞ――』

カーステレオから流れるローカルラジオは、相変わらず意図の読めないキャッチコピーを吐き出している。

故郷の空気は、あのアパートの薄暗い部屋と同じくらい、停滞して、何も変わっていないように見えた。


「最近はどうなんだ」という問いに、鏡は「適当にバイトしてるよ」と、嘘とも本当ともつかない返事でお茶を濁す。

能力者として警察の犬をしているなど、この頑固な男に説明できるはずもなかった。


会話は早々に途切れ、エンジン音と、荷台の道具がガタガタとぶつかり合う音だけが、沈黙を埋めていく。


「あのな……病気したんだ」


ふいに、充が前を向いたまま、ボソリと呟いた。

還暦近い年齢だ、多少のガタは来るだろう。

鏡はスマホの画面を眺めたまま、 「何病だよ」 と、他人事のような、軽い調子で聞き返した。


「心筋梗塞だ」


心臓を掴まれるようなその単語に、鏡の指が止まった。

「……は? そういうの、なんで言わないんだよ。死に目に会えないところだったじゃねえか」


声に、自分でも驚くほどの苛立ちが混じった。

だが、父はハンドルの遊びを修正するように軽く手を動かし、

「忙しいと思ってな。軽いもんだったし、現にこうして生きてるだろ」 と、呆れるほどの楽観主義を、乾いた笑いに乗せて吐き出した。


鏡は、深く、吐き出すような溜息をついた。

この男のこういうところが、昔から苦手だった。

自分の死さえも、雑に扱われた造園道具のように片付けようとする。


「……もしもの時の薬とか、あるのかよ」 「これな。ニトログリセリンだ。危なくなったら飲ませてくれや」


充は錠剤のニトログリセリンを入れたフィルムケースをカタカタと鳴らした。

命を繋ぎ止めるための薬が立てる音にしては、あまりに軽く、安っぽい響きだった。


現場までは、まだ距離がある。

何でもない話と、窓の外に広がる見慣れた景色。


不規則に揺れる軽トラの振動に身を預けながら、鏡は自分の中に芽生えた、言語化できない不安を誤魔化すように、再びカーステレオに耳を傾けた。


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