表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/39

暗黒への挑戦 その③


5


「待ってくれ」  


取調室から去ろうとする鏡の背中に、山本の声が掛かる。


「先輩の遺品だ。奥さんに頼み込んで、身辺整理をさせてもらった時に見つけた」  山本は上着のポケットから、くしゃくしゃになったパンフレットを取り出し、鏡に差し出した。


「先輩は、ある自己啓発セミナーへ通っていた。そんな怪しいモンに頼る弱い人じゃなかったのに……。こっちは探偵じゃあないが、この線が怪しいと睨んでる」


 手渡された紙は、握りしめられた跡が無数に残っていた。

その紙の皺の一つ一つに、追い詰められた男の脂汗と絶望が染み付いているようだった。


『人間の理性の殻を破り、魂をバイブレートさせる』

『日本の禅と最新の経営哲学を融合』  


並べられた文言からは、鏡でなくとも鼻をつまみたくなるような、濃厚な胡散臭さが漂っている。


「マジで何の手がかりも無かったんだ。ありがとう、助かる」  


鏡は素直に礼を言った。  

コイツ、思ったより良い奴なのかもしれない。

もっとも、三日後に俺を暗黒空間に突き落とすのもコイツかもしれないが。  

そんな複雑な心境を抱えつつ、鏡は重い鉄扉を押し開けた。


 廊下で待っていた一条寺怜華に、中で起こった一部始終を打ち明ける。


「……っていう事だ。こっちはパンフの会社がやってるセミナーを当たってみる。  あんたらは常朝生命の方を捜査したほうが良さそうだな。

議員案件だから、慎重かつ迅速に……ってやつだろ?

まあいいけどさ」


皮肉めいた鏡の言葉に対し、一条寺は真剣な眼差しを返した。


「上司に掛け合って、私も貴方と行くわ」

「は?」

「何よりも大事なのは大臣の命。でも……その先輩を自殺に追い込んだ元凶を叩くのも、同じくらい重要に思えるの」  


その横顔を見て、こいつ意外と熱い刑事なんだな、と鏡は少しだけ見直した。



6

 


罠だと分かっていて、ウツボカズラやモウセンゴケに飛び込むハエは居ないだろう。 ハエだって自分の命が惜しいし、利己的に自分の遺伝子を残す行動を取るからだ。

だが残念ながら、鏡烏も一条寺怜華も、その賢明かつ利己的なハエとは程遠かった。  

罠だと分かっていて、インチキセミナーという食虫植物の壺へ、頭から飛び込むのだから。

 

本来なら定員いっぱいだったのだが、一条寺が警察のコネ──もとい「特別な配慮」を使って、なんとか参加枠をこじ開けた。  


会場は、シャンデリアが煌めく豪奢なホテルの大広間。  

一条寺は久々の華やかな空気に少しだけ心が躍ったが、ここがインチキ自己啓発セミナーの合宿所であり、自分がそのカモとして潜入している事実を思い返すと、心が何処かへ行ってしまいそうになる。  


受付で運営から『心のノート』なるファンシーな冊子を渡され、「あなたの夢を書いておいてくださいね!」と満面の笑みで言われた時には、すでに帰りたくなっていた。



 そしてついに、セミナーは催されてしまった。  

数百人の参加者が用意された椅子に座り、ありがたい有名講師の、ありがたい講義を受ける。

壇上に上がったのは、竹中と名乗る男だった。  

仕立ての良いスーツに身を包み、自信に満ちたオーラを放つその男は、界隈では有名らしい。

「私のセミナーは満足度98.5%!」とその笑顔で高らかに喧伝している。  

その笑顔は、あまりに完璧すぎて、逆に能面のような不気味さを漂わせていた。


ここまで鏡は、本当にどうでもいいなと思っていたし、あてがわれた椅子が高級ホテル仕様で座り心地が最高だったので、遠慮なくいびきをかいて寝ていた。

ウトウトとして、睡眠において一番気持ちいい時間帯。  

ある人物に体を揺らされ、強制的に覚醒させられる。


「ちょっと、起きなさい鏡」  

一条寺である。

彼女はリクルートスーツに身を包み、すでに完璧な「真面目な研修生」の顔を作っていた。


「貴方が寝てる間に、話が進んでね。『赤黒ゲーム』ってものをやるようになったの」

「……何それ」  


寝起きだからか、そっけなく返す。

「2名に分かれてペアを組めと言われたわ。何が始まるのかな……」  


どうやら一条寺も詳細なルールまでは知らない様子だ。


「これ自体が能力の発現条件じゃあないといいが……」  

鏡は単なる諧謔ジョークとして言ったつもりだったが、口に出した瞬間、案外当たってそうな予感がして少し怖くなった。


 壇上の竹中は、獲物を見定めるような目で会場を見渡し、赤黒ゲームについてかく語る。

「ビジネスとは決断です! そしてゼロサムゲームです!  今から配る『赤』と『黒』のカード。赤は『信頼』、黒は『裏切り』を意味します。  

ペアになった2人で同時にカードを出しなさい。赤同士なら微量のプラス。

だが、相手が赤で自分が黒なら、裏切ったあなただけが莫大な得点を得る!  

さあ、あなたは赤と黒をどう選択しますか」


 会場がざわめく中、鏡は大きなあくびを一つ噛み殺した。

「……だ、そうです。一条寺さん」

「私は『赤』を出し続けるわ。組織の人間として、信頼を裏切るわけにはいかない」

「優等生だな」

「貴方は?」

「俺は……パスで」

「は?」

「だって、面倒くさいし」


 ゲームが始まり、会場のあちこちから「裏切ったな!」「信じてたのに!」という怒号と悲鳴が上がり始める。  

その阿鼻叫喚の中で、鏡烏だけがカードに触れもせず、再び心地よい椅子へ深く沈み込もうとしていた。  

その怠惰が、カリスマ講師・竹中の逆鱗に触れるとも知らずに。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ