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暗黒への挑戦 その②


3  


またしても、詳しい事情を聞かされぬまま、一条寺怜華によって県警本部の地下深くへ連行される鏡烏。  

もっとも、今回は流石に事件の目星がついていた。


すっかり顔なじみになった守衛に軽い会釈を投げ、鏡は重い扉をくぐる。  

そこはいつもの場所。タールを床にぶちまけたような紫煙が染み付き、万年人手不足の澱んだ空気が漂う刑事たちの掃き溜め――捜査零課だ。

無骨なスチール机の森が、今日も迷い込んだ者を拒絶するようにそびえ立っている。


「今回は──」  一条寺が口を開くより早く、鏡が先制する。

「分かってるよ。大臣が消えた話だろ。なんかの部署の」

「厚生労働省ね。ニュースを見ていたなら話は早いわ」  

一条寺は鏡の手元に資料を滑らせた。

「今回、鍋島大臣を消し去ったのは何らかの能力によるもの。秘書からの証言でそう断定したわ。『真っ黒い闇が大臣だけを囲むように出現して呑み込んだ』……ただそれだけが起きたと」


「へえ、シンプルだな。で、犯人は?」

「出頭してきたわ」

「はあ? じゃあなんで俺が呼び出されるんだよ。犯人確保により万事解決じゃんか」  


鏡は当然の疑問を投げかける。


「それが、犯人は警察を信用していないらしいの」

「何だそれ。警察に自首しに来た訳だろ」


「ええ。でも取調室に入った瞬間、こう吐き捨てたわ。『国家の犬とは喋らない』って。どうやら彼にとって、厚労省も警察も、税金で食ってる公務員は全員敵認定みたい。

本来こういうのは、警視庁の預かりになるんだけど、彼は県警の小さな取調室から出るのを拒否してる」


「……なるほどな。それで俺か」


「そう。貴方は組織に属さない、ただの無職……失礼、フリーランスの協力者。 公務員じゃない貴方なら、口を開く可能性があるわ」

「これだから零課は嫌いだ」


「文句は後で言って。 勘違いしないで欲しいのは、大臣を人質に取られている以上、立場はこっちの方が下ってこと。完全に後手に回らされているわ」

「んで、奴の目的ってのは?」


鏡は無意味にも右手でフレミングの法則を作りながら真面目な顔で問う。


「それを貴方が聞いてきて。彼、取調官には貝のように口を閉ざして何も答えないから困ってるの。お上は貴方を、正規の鍵が合わない時に使える万能鍵か何かだと思ってるみたい」


 鏡はすっかり冷えたコーヒーを一気に煽り、立ち上がる。

「んで、取調室? ダルいな」  


歩き出した鏡の行く手を、相変わらず整理整頓とは無縁のダンボールや機材が阻む。  いい加減片付けろよ、と心の中で毒づきながら、鏡は奥へと進んだ。



4


取調室は仄暗い。

世間であれだけ取り調べの可視化が叫ばれても、現場の空気はこんなものかと鏡は思った。  

犯人が黙秘して解決に向かわないのは迷惑だが、自分がいざ冤罪で捕まった時に、全てを録画されるのは御免だ。


人間とは、そんなダブルスタンダードで生きているのだなと、鏡はどうでもいい感想を抱く。


壁に染み付いた誰かの恐怖の匂いが、鼻腔の奥にへばりつく。

そんな思案を巡らせていると、分厚い鉄扉が重苦しい金属音を立てて開き、件の犯人が通された。  


山本公威(23)。  

どこにでもいそうな平凡な風貌は、友人の佐藤を少し思い出させる。

だが、その身には明らかに異質な「闇」のようなものが纏わりついて見えた。  

常朝生命保険株式会社の営業職。勤続一年。  

鏡の手元にある情報は、たったそれだけだ。



さて、百戦錬磨のネゴシエーターや、落としのプロである刑事たちにもダンマリを決め込んだ男だ。  

素人の自分にどう調理できようか。  

鏡は小細工を弄さず、とりあえず腹を割って話してみようと決めた。


「どうも、鏡烏といいます。一応、探偵をしています」  

鏡は努めて軽い調子で切り出す。


「零課……能力者の犯罪を取り締まる警察の部署から業務を請け負って、犯人確保に協力してる者です」  


挨拶代わりに名刺を差し出すも、山本は視線すら動かさない。完全な無反応。  

けっこう傷つくな、と鏡は心の中で苦笑する。  

どうせ手持ちのカードは二枚くらいしかない。

足掻いても無駄なら、ここで切り出すか。

鏡は名刺を引っ込めながら、核心を突いた。


「お前さん、能力者だろ?

ある人……地下アイドルを拐っては首だけの人形にして集めていた、ある変態が言ってたんだがね。

『能力者は能力者同士で分かり合える、特定の波長みたいなものがある』って。

その人はそれを『阿片窟の匂い』と呼んでた」  


ピクリ、と山本の視線が初めて動く。


「経歴はまともそうだし、真面目に生きてきたんだろうけど、あんたには隠し持った力がある」  


心理学を修めていれば、その反応から深い心理を読み解けるのだろうが、鏡には彼が動揺したことしか分からなかった。  

だが、確信は得た。奴には能力がある。


「あんたの勤めてた会社、常朝生命保険だっけ。一ヶ月前に不正が発覚して紙面を賑わせてたと刑事から聞いた。

これとあんたの凶行を結びつけるのがセオリーだな。俺もそう思う。  

会社の先輩が不正をした。だが……『不正の犯人は先輩ではない』とあんたは考えている。違うか?」  


鏡は缶コーヒーに口をつける動作だけして、飲むのをやめた。


「会社のシステム自体、もしくは上層部に何らかの腐敗があって、それを正すために起こしたテロリズム……とまあ、常人ならそう類推する。

刑事の受け売りだがな」


山本は肯定も否定もしない。

鏡は畳み掛けるように、自身の「眼」で見た事実を加える。


「もう一つ、推理を追加させてくれ。実際に会ってみた感想だ。

あんたのその両の眼。倒すべき敵を倒すという漆黒の殺意と、義憤に駆られた正しい光……その二つが同居している。

厚生労働大臣は手段に過ぎない。

あんたが倒そうとしてるのは会社内部の何かだ。

それを差し出せば大臣を解放する、そう言いたいんだろ」


 山本は依然として沈黙を貫く。

鏡はため息をつくと、小声で囁く。


「ここだけの話、外に人はいないし、録画も録音もしてない。あんたに不信を抱かせないよう、特別にしてもらってる。今回だけだぞ」  

その言葉に、山本は一回だけ、小さく頷いた。


「なら話は単純だ。あんたの能力を教えてくれ。  なんとか大臣が殺されてないか。無事を知りたい」

 重い沈黙の後、山本が口を開いた。


「……能力名は -PAINT IT BLACK- 。

名前を黒く塗りつぶした相手を、暗黒空間に包んで隔離する能力だ」


淡々とした声が、狭い取調室に響く。

その声の温度の低さに、室内の空気が数度下がった気がした。


「それはあくまで遠隔の場合の話だ。

射程圏内なら、名前を書かなくても直接あんたをここで『包む』事もできる。

解除はこっちの任意だ。

包んで閉じ込めておくだけだから、食糧と水の問題はあるが、三日くらいなら生きてると思うよ。

長く捕らえる実験はしたこと無いから分からないけど」


 話を聞き終えた鏡の背筋に、冷たいものが走った。  

今、自分は銃口を突きつけられたまま談笑していたようなものではないか。  


その上、あろうことか最初に名刺で「名前」を教えてしまっている。  

奴がどこに居ようと、紙とペンさえあれば、鏡烏を永遠の闇に葬ることができるのだ。  

果たしてこの男を、自分の能力で倒せるのだろうか。  

鏡は戦慄をひた隠しにしつつ、努めて冷静に振る舞った。


「……あんたは約束通り能力の全容を教えてくれた。

約束は約束だ。

常朝生命に巣食う悪を倒して、敵を討つ。

ただ……俺は探偵とは言ったけど、推理する能力とか捜査権限は無いからさ、実行犯を倒すの以外は警察に頼むことにする。  

そこは承知してくれ」  


山本が頷くのを確認すると、話は終わったとばかりに鏡は椅子からスッと立ち上がった。

老朽化の進む取調室から一刻も早く出たい。それが今の本音だった。

一歩踏み出すたびに、背中に張り付いた死神の視線を感じた。



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