風を撃て その③
5
「能力者被疑リストNo1185」
姓名は須田コフツ。22歳男性。
母親はロシア人であり、父方の祖父が中国系の日本人。
複雑な血縁関係を苦にしているためか、排外的な団体を憎み何度か補導や逮捕の経験有り。
監視カメラの映像精査や目撃者の証言により、衝撃波を発生させて、それを放つ事が可能と推測される。
現在、被害は排外主義者以外に及んでおらず、危険度は中程度と認める。
然るべき対処を下せ。
一条寺 怜華は何枚かの書類を差し出した。
鏡はそれをまじまじと読む。
無機質な活字の羅列が、一人の青年の暗い半生を淡々と告げていた。
「これが、"敵"の情報。能力はそこにもある通り、衝撃波を発生させる事だとされてる。
実際に見た訳じゃないから分からないけど」
「その威力は」
「そうね、地取り……証言の限りだと、ひと一人殺せるくらいは十分に有りそう。貴方は何らかの方法で確率か運命を操作している。矢面に立ってもらって裏でH&K PSG-1を持った狙撃手3人が奴を狙う。上からの指示ね。運が良ければ、貴方は死なずに解放されるでしょうね。」
「狙撃手。……なんか嫌だな。目の前で人が死ぬわけだろ。なんか鹿がライフルで死ぬ動画見ちゃったこと有るけど、眼が眼窩から飛び出て、熟したザクロみたいに弾け飛んで、寄生されたカタツムリみたいになってて、可哀想な程グロかったわ。あれが目の前でってのは嫌だな」
「私だって好きで殺しの作戦立ててるわけじゃない。ただ……、奴は殺人者。社会的に始末されるのは仕方ないの」
「でも、奴の殺しには理由があるだろ」
「殺人は理由があっても許されないの」
沈黙はただ重く、2人の意見の相違をそのまま形にしたようだった。
空調の音が、やけに大きく聞こえた。
「降りたいんだけど無理か」
「懲役3年、貴方の罪を数えたの」
殺人はいけないし、差別も勿論いけない。
この議論は、鉄骨だけの建築のような論理で闘われているようで、簡単に答えが出せない。
自身の懲役と犯人の目の前での射殺を天秤にかける鏡。
スーツを着て良い犬を連れて、奴らは一見まともに見えるが、その実は超法規的機関。
法律の埒外にあるアウトサイダーだ。
殺人鬼とはいえ人を射殺するなんて、俺の方がまだマシかもしれないと鏡は思った。
ただ奴はまだ仄めかしてすらいないが、ここで自分が断れば唯一の友人や、家族に危害が及ぶかもしれない。
しばらく悩んだ結果、
「分かった……、やるよ。」
と重い口を開いた。
一条寺は立ち上がって告げる。
「決行は明日。どうせ起きれないだろうから迎えに行くわ」
「あぁ、多分寝てるから鍵渡しとくよ。今日みたいに来られたりすると、大家さんと近所に迷惑だろうし」
鏡は一条寺に鍵を投げて譲渡する。
「これ渡されても、今ドアは閉まってるでしょ?どうやって開けるの」
「能力でどうにでもなるさ……」
書類でしか知らない相手にしろ、人を殺さないといけないかもしれない……。
肩を落としながら薄汚れた零課を去る鏡だった。
鏡烏には唯一の友人、水瀬結が居た。
小中高と、無気力で浮きがちな彼を甲斐甲斐しく支え友情を育んできた。
女性にしか見えないほど端正な顔立ち、誰とでも良い関係を築ける人当たりの良さ、外面と内面双方共良い彼が何故鏡とつるんでいるのか、両者を知る者には当然の疑問だった。
「でさ、お前はどう思う?」
「その須田さんも苦労してきたんだろうけどやっぱり人殺しには賛同出来ないかな。
能力がない僕にはその人の気持ちは分からないけど、ごめんね」
「やっぱそうか……。突然押しかけて悪かった。何かやってたのか」
「いや、テレビ見てたんだ。ディアトロフ峠事件の謎。面白いよ」
「見てくわ」
鏡は水瀬の家に一泊した。
翌朝、水瀬は早くに家を出て出勤。
当然のように鏡は約束の時間を寝過ごした。
6
鏡は、すっぽかそうとも考えたが、親や親戚に連絡行ったりするのも考え物なので渋々、一条寺怜華と書かれている名刺から記入されている番号に電話した。
「ごめん寝てた。」
「家行ったんだけど。何処にいるの」
「友達の家。今から警察署行けばいい?」
「場所送るから現地に来て。タクシーで」
タクシーを見つけて運転手に作戦場所を告げる鏡。
高いから普段は絶対乗らないのだが、緊急事態だし、一条寺が金を出してくれそうだし、と免罪符を得た形となった。
運転手さんの口が、歯槽膿漏かと疑うほど臭かったが、もう大人なので、彼に告げるのは我慢して、現場への到着を待った。
タクシーが現場に到着する。
どこにでもある、多目的用途に利用されるシティホール。
そこに居たのは、一条寺と臣民を護る会の副会長。
副会長はこれから決起集会のようで、会館を貸し切って会員に思想を叩き込む用意をしている。
勿論それには、会長が殺された無念を晴らす意味も含むだろう。
警察にとって、言わば彼は格好のエサだ。
一条寺は端正な顔立ちの割にイラついた表情をしているし、副会長は脂ぎった欲望がスーツを着て歩いているようで、人間的にイヤだと感じたので、鏡はそれらしい距離を取りながら待機する。
すると一条寺が寄ってくる。
「信じられないんだけど。家行ったし心配したのに、何、友達の家って。これは遊びじゃないの」
「分かってるって。悪かったって。普段待ち合わせとかしないから、感覚が麻痺してた。こっちは社会人じゃないんだよ。大目に見てくれ」
26歳にもなって朝寝坊の事を怒られた。
「これ、耳に付けて」
一条寺は鏡に小型の通信機を渡し、本日の作戦を再確認した。
今、講演が始まる。
シティホール入り口にて、一悶着があった。
「今は講演中です。途中入場は認められていませんよ」
「まあ、いいじゃないですか、そういうのは」
警備員は、時間に遅れたと思われる青年が無理矢理、会館に入ろうとしていたのを阻止していた。
青年は扇風機を体内に埋め込んだような怪物を後方に従え、右腕を一振りする。
柔らかな風が警備員の脳目掛けるように当たり、硬張っていた警備員の身体から力が抜けていく。
「まあいいです。問題なし。お入り下さい」
「どうもね」
青年は警備員に礼をすると、易々と闖入して行った。
講堂は涼しい。話が長い。眠い。
副会長の話が佳境に入り始めた際に、鏡は睡魔に、今まさに負けようとしていた。
後方では須田コフツが扉を開き、目的を果たそうと前進して来る。
一条寺が周囲の異常に気付き、鏡に通信機で遠隔的な耳打ちをする。
「起きて、出番よ。3年の懲役忘れないで」
「分かったよ。もう少し寝かせてくれてもいいのに……。」
須田が副会長に向けて放った衝撃波は、直前で逸れて台座が粉々に。
パンッ、という破裂音と共に、木片がスローモーションのように飛び散った。
副会長他、会員は事態を察知して我先に出入口へ避難しようとする。
「まだまだ出るぞ。甘く見るな」
青年は衝撃波を機関銃のように連射するも、全ては狙ったかのように逸れていく。
ただ、次々と無残に、講堂が破壊されるのみであった。
会員達は避難しきったようで、会場には鏡と須田だけが残る。
破片が砂煙のように舞い、煙ったい。
破壊された建材の粉塵が、スポットライトに照らされてキラキラと舞う。
ありきたりだが、西部の荒野のようだと鏡は思った。
「さっきの、お前だろ。こっちは1km先からでも差別主義者を正確に狙えるのに、すべて外れた。何をした」
須田は鏡へ向かい相対する。
「やっぱ分かんだな」
鏡はネタばらしとばかりに後方に巨躯の男を出現させる。
空間が軋みを上げ、青い質量が実体化する。
「奴と会話して。なるべく長引かせて」
誘拐犯からの電話を待つ親に出されるような指令が一条寺から入る。
「知らない人とあんま喋れないんだ……。あいつなんか怒ってて怖いしさ」
「何故邪魔をする。お前。警察の手先か?」
「一つ、俺に言えることが有るとしたら、人殺しは辞めよう。良くない。あんたが無惨に殺されるのも見たくない。目の前でグロい死に方するのは、胸糞悪いしさ……。能力者なら使い道があるから恩赦の道もあると思うぜ。
この組織、なんか変な所で融通効くしさ」
鏡は、狙撃の邪魔を兼ねて、須田と肩を寄せ合おうとするも、
「俺とお前は違う、馬鹿にするな」と青年にきっぱりと拒絶される。
鏡が精神的な一撃を与えられた刹那、3発の発砲音。
講堂内に隠れていた狙撃手の不意打ちが須田の頭部に直撃する。
鈍い音が鳴る。空気が歪んでそして弾道が曲がる。
青年は形を留めていたし、生存していた。
「-風紋-は風を操り、空気を操る。
大方、遠距離からの攻撃を試みたんだろうが、失敗に終わったな。何があろうと空気の層が俺を守ってくれる。空気がある所なら何でも出来るぜ、俺は」
青年は自己の全能を世間に見せつけるように続ける。
「カルマン渦を起こして、恐怖で人をまっさらにして洗脳も出来る。程度の低い人種差別主義者はこれで改心させてきた。
まあ俺が殺してきた奴は死んで当然だったから改心させる価値もないけどな」
鏡は強張った肩を下ろして安堵し通信機に話しかける。
「一条寺、狙撃は失敗に終わったし、俺はこいつの死体見なくて済むんだよな?俺がこいつ気絶させるだけなら、こいつは普通に逮捕されるだけなんだよな?」
「今そんな事言ってる場合じゃあないでしょ。殺されるわよ、今そこで」
「大丈夫だ。大抵の場合、死なないから」
鏡は通信機をその場に放り投げて、須田に再び向かい合って語りかける。
「お前を倒す事が正しいのか、未だに分からないんだ。徹底的に差別主義者を狙ってる。
いくら差別主義者でも殺されるのは流石に可哀想だと思うし、お前が間違ってるのは分かってるんだけど、間違ってない気もしてる……。だから……、ごめんな」
青い巨躯の男を再び出現させる鏡。
後ろの巨漢は鍛え抜かれた肉体を誇示するかのようにポージングをして、威嚇する。
鏡は一直線に青年に向かっていく。
青年は扇風機男を再び繰り出し、多量の空気弾を散弾のように数十発繰り出すも、決して鏡に当たることは無い。
鏡の体が一瞬、古い映像テープのようにブレる。
直撃コースだったはずの空気弾は、鏡の身体をすり抜けたかのように背後の壁へと突き刺さった。
あるいは、鏡がそこに居なかったことになるのか。
空間そのものがバグを起こしたような奇妙な回避。彼はポケットに手を突っ込んだまま、あくびを噛み殺して歩みを進める。
「何故だ……。肉が裂け、吹いて飛び散る筈なのに」
「マルチバース操作と言えば分かりやすいかな。今のは、お前の空気弾が逸れた世界を、この世界に貼り付けて躱した。あんま直接的に世界を変えると、俺が神になったと錯覚するから最低限にしか使わないようにしてるんだ。やることと言えば、攻撃を避けるとか……、競馬を当てるとか……」
指を折りながら数える自らの能力の用途の卑小さに少しばかりの恥を覚えながら鏡は続ける。
「おまけに、このムキムキの青い男もまあまあ強い。試してみるか?お前の空気の壁とやらをこの拳が貫けるか」
そして鏡の後ろの魁偉な怪人は須田が纏う空気の壁に拳を思いっきりぶちかます。
「この距離だ。この距離は外さないから良い」
悲鳴のような轟音と共に、絶対防御を誇った空気の壁が、薄いガラス細工のようにキラキラと光る粒となって霧散していく。
圧倒的な質量の暴力が、理屈だけの防御をねじ伏せた瞬間だった。
扇風機の怪人はボロ切れのように、襤褸のように朽ち果てて、須田はその場に倒れた。
須田は逮捕され能力者用の刑務所に入れられる。
お上にとって使える能力か選別されて、更生を終えれば再びシャバに出られる可能性があると女刑事は説明した。
まだ日が出ている内に全ては終わった。
2人は帰路に着こうとする。
「終わったみたいね。正直驚いてるわ。あんな強い能力持ってるなら、なんでもっと早く明かさなかったの」
「能力使うと眠くなるんだ。人の生死を扱うと感覚が壊れてしまうから、あんま使いたくないし、世間に肩入れしたくない。なんか疲れちまった。あいつの命も無事みたいだし、それなら帰って寝たい。あと、あいつに拷問とかするなよ?」
鏡は欠伸を度々挟みながら、そう答える。
被害者数名を出しながら、事件は犯人逮捕により解決した。
一条寺は胸を撫で下ろし、気が遠くなるほど澄んだ空を見上げる。
硝煙と砂埃が晴れた後、そこには皮肉なほど美しい青が広がっていた。
世界が滅亡する日でもこんなに美麗なものは見れないだろう。
今まで見たどんな空よりも、それは青く見えた。
「貴方の能力名を考えたわ。ムキムキの男ってこっちが呼ぶの恥ずかしいし、ふざけてるみたいでしょ?こんなに青い空だし、-Mr.BlueSky-……、なんてどう?」
何となく恥じらいを見せる一条寺に、気だるい状態の鏡は答える。
「シラフでけっこう恥ずかしいこと言えるんだな、あんた。まあ、何でも良いからそれでいいよ。あと、行きと帰りのタクシー代貰える?」
鏡は一条寺と別れて、帰りもあの口臭のタクシーで帰った。




