自由への旅立ち その④
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「道は開けた」
鏡は物の少ない部屋に一条寺と水瀬を呼び寄せてそれだけを言った。
「説明しろ」
という一条寺の発言は当然のものだった。
「零課の任務で共闘して分かったが、奴らには明確に自立した意思がある。
ただ、黒田に逆らえないみたいだ……。
つまり……、救ってやればいい」
「奴だけを倒せば良いって事?
身辺警護や能力による防禦は相当なものでしょうし、零課の権限も限定されてる。
こっちは動きようがないし無理ね」
「なんでそう脳筋なのかなって思ってるよ。
いいか、倒すだけが道じゃない」
ともすれば導師のような事を言う鏡。
「じゃあどうしろっての」
一条寺が当然のように問う。
「お前ら暇だろ。俺もだけど……。それはまあいいや、デモだよ。デモをしろ」
──1週間後。
一条寺の企図した反サブヒューマン社運動は黒山の人だかりとなり、オフィス街の車線を埋め尽くした。
「仕事を返せ!」「機械に人間の代わりはできない!」 シュプレヒコールは地響きのようにビルを揺らし、30階の社長室の窓ガラスさえ震わせた。
もっとも一条寺は、60年代や70年代じゃあ無いんだから盛り上がる訳がないと思っていたが、〇〇革命よろしく、時代を動かすのは食い詰めた人達であると再び実感させられた。
可哀想なサブヒューマンが黒田という極悪な経営者によって搾取されているという単純明快なストーリーに乗せられる人も居た。
また、彼らの放つ熱気と怒号は、株価という合理的な数字すら揺るがした。
熱狂という名の怪物が、経済合理性という脆い神殿を食い荒らしていく。
サブヒューマン社と提携した企業の物は買わないという不買運動も展開された。
要は思いつく限りありとあらゆるムーブメントを起こしたという訳だ。
当然の帰結だが、株価は下落し業績も悪化。
サブヒューマン社は倒産の危機に追いやられた。
鏡はもう一度だけ黒田に会うため、サブヒューマン社へ、アポイントメントを取った。
普段、面倒だし怖いしで避けていた電話でのアポイントメントを済ませたことで、自身の成長を実感した瞬間だった。
そして再会の時が来た。
業績が悪化しても、奴はあの30階のオフィスビルに居る。
売れなくなっても初志は変えない気骨ある人間だと鏡は思った。もしくはそういう賃貸契約なのか……。
「やあ社長さん。久々だな。この前は窓から逃げてしまって悪かった」
「なんの用だ。お前をここで殺しても良いんだぞ」
社長はお怒りだった。
その眼にしっかりと鏡への敵愾心を宿している。
鏡は肩にあの機械蟻を乗せて話を続ける。
「こいつはクレセ。三日月の傷跡があるから刑事達の間でそう呼ばれてるらしい。
こいつのおかげで、ヒントを得られた。
こいつらには自我があって、あんたの命令で苦しんでるってな。
だからデモを起こして機械蟻の地位を向上させた。
そろそろ幕だ。こいつらを完全に解放しろ」
「そんな事を本当にすると思うか?クレセとやら、そいつを喰い殺せ──!」
社長から非情な命令が下る。
クレセはかぶりを振って命令を拒否する。
「ビーポ」
「命令には従えないだと?
自我を与えたのが失敗だったな。
不良品は不良品同士で殺し合えばいい──」
サブヒューマンの大群がまるで最初からそこにいたように現れて、クレセに群がる。
クレセは無機質な機械音を上げて周りの虫たちを従える。
無数の複眼が、一斉に主である黒田を凝視した。
その赤光は、忠誠ではなく、冷徹な殺意へと変わっていた。
その刹那──、クレセは無駄な動きを一切排除した鋭利な軌道を描き、黒田の腹を切り裂いた。それは、感情ではなく、システムのバグを排除する冷徹な実行だった。
黒田の鮮血を見て、人はこんなにも血が流れるものかと鏡は思った。
肉が裂ける濡れた音と、機械が駆動する乾いた音が混ざり合う。
この出血量は死ぬやつだと鏡は思ったが、一応救急車と零課を呼んでおいたし、出来る限りの応急処置はしてやった。
全てが済んでクレセはまたあのブザー音を鳴らす。
「ビーボ」
「礼はいいよ。助かったのはこっちの方だ。警察が来たら話をつけとく」
「ピーボ」
そのピーボはそれまでの単純な電子音のピーボと何処か違った。
観念めいた理解が鏡の脳内で処理される。
「我々が居たら、人類は不幸になってしまう。
我々は人類のために死ぬ。
だからさようなら、あの時救ってくれてありがとう」
そんな感じの事を言っていた気がする。
ここまでの自律型だし、仮に黒田が死んでも零課に残って闘ってくれると思っていたのに。
気付いたら、クレセと他の機械蟻は居ない。
地上30階のビルの窓はこじ開けられていて、クレセ達はそこから飛び降りた事が察せられる。
爆発も、悲鳴も、感情的なノイズもなかった。ただ、無数の金属の体が、無音で落下していったのだ。
無機質な機械音を聞くと、鏡はあの三日月の傷跡の機械蟻を思い出す。
電子音の幻聴が、都会の雑踏の中でふと聞こえた気がした。




