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自由への旅立ち その①

1

「馘首になった。リストラだって……」

物が極力ない事でお馴染みの鏡の部屋にて、水瀬が独りごちるように悲しげに吐露した。


水瀬は優秀な人間だ。

普通に高校を出て大学に入り外資系のIT企業に勤める何処に出しても恥ずかしくない人間だった。


なぜ自分に彼のような優秀な人間が付き添ってくれてるのだろう……?と当然の疑問を何度も抱えた鏡は、彼とリストラや馘首という語句とが脳内ですぐに結びつかなかった。


ただ、彼は遊びや戯れで嘘をつくような人間ではない。

その鏡の濁った双眸で水瀬結という人間をじっくり見れば分かる。

これは真実なのだろう……、と。


「今の失業率10%だっけ。爆発的に上がってるんだよな、確か。……街を歩いてても、昼間から公園のベンチが埋まってるし。

しかもお前の所、外資系のITだろ?AI失業がアメリカでも問題になってるって聞いたしそうなのか」


鏡の脳内記憶の最も使わない分野にカテゴライズされる時事問題という箇所から引っ張り出して来て答える。


「この前の芦名見選手で知ったけど、スポーツは個人事業主だから馘首と隣り合わせの世界でしょ?

前は、そういうの自分とは全く無縁だと思ってた。まさか自分がリストラされるなんてね……」


水瀬はまた虚空に話しかけるような雰囲気でそう言う。


今日は、河童と身長190はある体格の良い小学生の殺し合いというカルト映画の上映会をしていたが、物語が佳境に入った所で水瀬が彼の馘首を告白したものだから、その殺し合いに異様な緊張感が生まれた。

画面の中で飛び散る血しぶきが、妙に現実味を帯びて網膜に焼き付いた。


物語も佳境に入り、河童と小学生は手に汗握る殺し合いへと進もうとするが、ドアを蹴破る音が2人を現実へ引き戻す。

安っぽい合板のドアが、悲鳴を上げて蝶番から外れかけた。


「居るわね。入るわよ」

女刑事の一条寺怜華である。


「普通に入れよ」

鏡の当然の指摘をスルーして、部屋の中央に鎮座するテーブルに二枚の書類を置く。


「左遷させられたわ……。何もしてないのに、能力史編纂室みたいな所に入れられた。私は一生書類を書き続けるクソみたいな仕事に従事することになった。

上は、能力者を使って能力者狩りする事を危険視したのかしら。

どちらにしろ、左遷させられた」

「この前も観たな。この流れ」

鏡はいつも通り正常なのは自分だけかという意のため息を吐く。



「まあいいや。黙ってお上に左遷させられるお前じゃあないだろ。何か突き止めたのか……、打開策があるか……」

「分かってるじゃない。短い付き合いの中で成長してるのね」

一条寺がニヤついてもう一枚の書類を表にしたから、鏡は少しムカついた。


それは、鏡や須田と言った種々の能力者の存在を予言するように上から送られてきた文体が素人でお馴染みの「予言の書」である。

そこには、株式会社サブヒューマン代表取締役、黒田積水と書かれていた。

ここ数ヶ月の失業率の急上昇は彼によってなされているとその紙には書かれていた。


「これ、この会社です。

この人材派遣会社にアウトソーシングを依頼する形で、僕は閑職に追いやられて最終的に馘首になったんです」

水瀬が書類を持ちながら興奮したように声を荒げて言う。


鏡は紙をよく読まずに、

「株式会社サブヒューマンか……。

いつも通りこいつを追えばいいんだろう。

編纂室長さん」

と皮肉交じりに問いかけた。


「偉かった頃のコネで、この黒田に会う手配はしてある。頼むわよ。名探偵」

と返ってきて、やはりこの女は恥ずかしい事を臆面もなく言えるのだなと思った鏡だった。


2

黒田積水。26歳会社経営者。

父親に漢籍の、孫子の知識があったので、『勝者の民を戦わしむるや、積水を千仭の谿に決するがごときは形なり』

より積水と命名される。

N大学経営学部在学中に起業も、父が病に倒れ、父が経営する会社は莫大な借金を抱え倒産。

N大を中退し、日雇いを始めるも、"ある才能"に目覚め再び起業。

今に至る。


鏡は彼の、「禍福は糾える縄の如し」的な経歴を読み上げる。

一条寺から渡された紙にはそう書いてあった。


これを、どうリサーチしたのだろうか。

やはり、調査系能力者が零課のお上に居て「予言の書」を作っているだろう。


鏡は1人で納得しながら、黒田積水のオフィスへと足を踏み入れていた。

これもまた、研磨された大理石の床と壁からなる建物だった。

格式のある所は皆そうなのか。

格式ある和洋折衷の神殿で満身創痍になった思い出のある鏡は厭な想いで胸が一杯になった。

冷たい石の感触が、靴底を通して過去の痛みを呼び覚ますようだった。


時間は守ろう。

鏡にしては殊勝な心がけだった。

アポイントメントがどうとか、黒田の秘書っぽい女の人が1階で言って居たが、よく分からないので雰囲気で流した。


そう、いつもならテキトーに選んだ一張羅を着るのだが、怪しまれないように雰囲気にあったスーツを一条寺に選んで貰った。

鏡は背が低いので、スーツ選びはけっこうコンプレックスを刺激された。

そして、スーツに見合う靴を見繕ってもらった。

カツカツと普段はさせない心地よい革靴の音をさせ、大理石の中に化石でもないかと探しながら黒田に逢いに行く。


そして今、地上30階にて対面の時が来た。


「どうも鏡さんだっけ。

悪いね。高い所怖くない?これは、威厳の高さだと思ってるから。こうすれば馬鹿が寄ってくる」

「鏡と言います。よろしくお願いします」

前にアイドルのプロデューサーと会った時、名刺交換が出来なかったので、「探偵」名義で作ってきた鏡。

黒田は何やら言ってるが、それを渡す事にした。


「まあいいよ。名刺は。それより何の用だっけ。会ってくれと警察の人に言われたのだけ覚えてる」

名刺交換を断れて出鼻をくじかれた鏡は少し胸が苦しくなった。

しかし、鏡ももう大人だ。

この程度でへこたれてはいけない。と自分に言い聞かせて役割を全うする。


「貴方、能力者ですよね?だからこの地位にいれるんだ。社会を乱すような能力者は排除する。それが零課の仕事です。

俺は業務委託された探偵に過ぎないが、このままアンタが能力使って失業率上げたり、治安を乱すような真似をするなら、ここで倒す」

鏡は一条寺に教えられた通りにきちんと言い切った。


「面白いね。たしかに俺は能力者だ。それは認めよう。

ただ……、儲けて何が悪い?

事実、俺は自分の能力を使って儲けてる」


黒田が指を鳴らすと、「カサカサ……」という乾いた音が響いた。 虚空から湧き出るように、こぶし大の蟻が現れる。 それは生物ではない。産業用ロボットのアームや、基盤、コードが無理やり昆虫の形にねじ曲げられたような、歪な蟻だった。

関節部から漏れる油の臭いと、電子部品が焦げたような臭いが混ざり合っている。


「これがサブヒューマン。俺の能力名は-Subhuman Race-。要はこれが俺の名刺だ。サブヒューマンは人が出来ることなら何でも出来るし、何の代用も出来る。

介護、運送、建築、IT、製造、……。小売とかサービス業は流石に厳しいかな……。

零課って奴の治安維持にも制式採用されたぜ。戦闘もできる。

おっと、話が逸れたな。

だからさ……、自由に働かせて自由に儲けてるだけじゃん。何がいけない。

あんたも能力者ならズルをした事くらいあるだろう?」


鏡の心臓がドクリと少し鳴った気がした。

黒田の指摘は強者の指摘だが、概ね間違ってはいないと考えていたからだ。


それに、奴はどうも公的権力と結び付いたらしい。

零課の暴力装置として戦っているのがあの無機質な蟻なら、自分こそ権力に歯向かう治安を乱す存在でしかない。


ただ……、譲れないものがある。

奴のせいで親友は無職になったし、一応恩のある女刑事は意味のない資料編纂をさせられてる。


なにより奴のせいで日本の無職が10%にもなった。

ほぼ無職である鏡の特権が奪い取られた感覚だ。

これは許してはおけない。

鏡はいつものように青い魁偉な男を後方に顕現させる。


「うるせぇ。どんなにアンタが正しかろうと、アンタが間違ってると俺は信じてる。

戦闘不能に追い込んでやる」


鏡がそう言い終えると、青い男はその膂力をもってして黒田に殴りかかる。

しかしその刹那──、黒田が指を鳴らすと、数十体の機械の蟻たちが黒田を防禦する。


「殴るだけか。言ってることは面白かったけど能がないな。俺も半殺しで済ませてやるよ。半殺しにしてやるから、その後は普通に帰りな」


鏡は自身に纏わりつこうとする機械の蟻たちをBlueskyでなんとか踏み潰しながら、打開策を見つけようとするも、その数が減らない。


「思ったろ?数が多いって。-Subhuman Race-は今のところ、2000万匹出せる。

蟻は俺の会社の規模と共に増えるんだ。

GAFAに並べば80億匹も夢じゃあない」


黒田の言葉と共に、オフィスの床、壁、天井が、一瞬にして黒い絨毯に覆われた。 いや、違う。すべて蟻だ。 金属同士が擦れ合う「ジャリジャリ」という不快な音が、部屋中の空気を震わせる。

黒田はその瞳に夢を燃やしながら、鏡に語りかけた。


2000万匹……。その途方もない数字に鏡は脂汗が止まらなかった。

一匹一匹が十分に殺傷力を持つ。


何度か鏡の皮膚を食い破って来てようやっとその脅威が理解出来た。

鏡が若手社長の方を見ると、奴は泰然自若といった感じで蟻と戯れている。

あそこに1万匹ほどは居そうだ……。と鏡は戦慄した。


形勢が良くない。

そう野生の勘で感じ取った鏡は、100万はくだらなそうな重厚なテーブルをBlueskyで持ち上げて、遠心力を活かして回転の力で叩きつけてガラスを破壊する。

眼下には30階分の高さから見下ろす街が広がっている。


まあ、ここにいて蟻に内臓を引きずり出されるよりマシか……。

耳鳴りが止まらないし、少し足がガクガクと震える。

一度だけ唾を飲み込んで、思い切り飛び降りた。

風圧が鼓膜を引き裂き、重力が内臓を喉元まで押し上げる。


Blueskyで衝撃を殺したとはいえ、生身の体がコンクリートに叩きつけられる衝撃は消せない。 全身の骨が粉々に砕け、 脳漿が飛び出るほどの激痛が一瞬走り、次の瞬間にはマルチバースの力で強引に「無かったこと」にする。 だが、痛みだけは幻肢痛めいていて、神経に残っていた。


「クソが……」

今日はもう帰って寝ようと心に決めた。

鏡烏、何度目かの敗北であった。


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