肥満天使 その④
7
「佐川一益。天才料理人にこんな裏の顔があったなんてね。ビジネスで成功して子ども食堂も貧困支援も精力的に取り組んでるとパンフレットに有ったけどそれも欺瞞なの?
場合によっては子供を食らっていたなんて事も……」
一条寺怜華はそう問いただす。
その声は、得体の知れない怪物を前にして、微かに震えていた。
下調べの跡が見えて結構真面目に店を選んでくれたんだなぁと鏡は思った。
「心外です。天地神明に誓ってそれはあり得ない。私のこの癖は、人を搾取し虐げてきたような成功をした者にのみ向けられる。
あなた方はこの店のコネを使えるような成功者。私のルールに全く抵触せずあなた達は獲物なのです。
子供を食う?それもあり得ない。
私はこの癖を治したいと思っている。
何も無差別に人を喰う訳では無い。
昔は隙あらば喰っていたが、今ではニコチンのない電子タバコを吸うように、私は金持ちしか狙って喰わない。
子どもは国の宝だ。
私から一言有るとすれば、貧困層の子どもを救うべきだ。」
佐川の瞳には、純粋な信念と、制御できない食欲という二つの炎が同時に揺らめいていた。
「結構おもしろいな。人殺しじゃなきゃもう少し聞いていたかった。
ただ、弱肉強食があんたのルールなら俺があんたを倒してここから出ていっても何も問題は無いよな?」
鏡は自らの前方に青い魁偉な男を顕現させる。
能力を失ってはいるとは言え、その膂力で今まで相当な数の敵を倒してきた。
-Mr.Blue sky-が-Pure Imagination-に強襲する。
一発二発と殴りかかるも、その拳は空に消え、ついぞ青い頭巾の僧侶に当たることは無かった。
まるで蜃気楼を殴っているかのような、虚しい空振りだけが風を切る。
「反射神経が、月の男以上だ。こりゃ一発も当てられん」
鏡は珍しく弱音を吐く。
ただ、こちらには3人居るのだ。
水瀬結がメスを取り出し調度品を斬りつけ、奴と縫合することにより攻撃する。
-Pure Imagination-は調度品、椅子やテーブルまでも触れることにより食材「ういろう」に変える。
青い僧侶がそれを食する事によって無効化した。
凶器となるはずの破片が、モチモチとした甘味に変わり、僧侶の口内へと吸い込まれていく。
一条寺は続けざまにリボルバーをお見舞いするも、奴はその弾丸すら砂糖菓子か何かに変更し、喰らい尽くしてしまった。
ガリ、ボリ、と硬い金平糖を噛み砕くような音が、静まり返ったホールに不気味に響く。
「この能力はオートマティックで発動する。
私が寝ていようが、シャワーを浴びていようが。……、究極の防御でしょう。
私も何回か能力者と戦いましたが、敵の攻撃を食べ物に変えて凌ぎました。
そして奴を……食べました。
そちらは銃を持ってるが、刑事さんか……、藪をつついて蛇を出してしまったようですね。
ここで殺さないと……」
まとまっては居ないが、ふと思いついた事を鏡は言ってみる。
「俺も高校の頃、中退したけど、イヤホンで自転車乗ることあったんだよな。
あの時に警察に見つかってたら罰金だったと思う。あの時の俺と同じだな。あんたは今ここで逮捕するけど」
「鏡様は着飾らないし、舌もいいものをお持ちでしょうが、よくわからないことをおっしゃるのですね。食材としては、気になります……」
佐川の青頭巾が殴りかかってくる。
何発か受けてしまうBlueskyだったが、なんとか持ち堪える。
「泥仕合だな。防御型とバランス型の対決みたいだ。あと何発か喰らっても耐えれそうではあるが」
息を上げながら鏡は呟く。
「昨日拾ったの使うか」
鏡はポケットからくしゃくしゃのビニール袋を取り出す。中にはハロウィン会場で戦った-Bad Apples-のリンゴが入っていた。
ビニール越しでも分かるほど、その果実はドス黒く変色し、生き物を拒絶するような呪いの瘴気を放っていた。
「そんなものよく保存しようと思ったわね」
「まあいいだろそんなん。ビニール袋だと腐らない事に気付いたんだ」
鏡は青い僧侶に腐ったリンゴを投げつける。
奴は能力を使わず、ただのリンゴと判断し、それを飲み込んだ。
「……何を食わせたのですか。-Pure Imagination-、何を食ったんだ。喉が焼ける……」
佐川が喉を掻きむしる。胃の腑から腐敗が一気に逆流し、内側から肉を溶かしていくような絶叫が漏れた。
「けっこう酷い手を使ったのを詫びる。
あんたは死ぬべき罪を犯したし、俺の行為が間違ってたとは思わない事にする。
ただ、もう少し穏便な倒し方があったんじゃないかと思ったよ。ハロウィンなんかに行かず、一条寺の誘いも受けずに、寝てりゃよかった。あんたがもう少し弱ければここで死ななくて済んだんだ。本当にすまない」
「もう助からないなら殺してくれ。
あと、赦されるのなら一言だけ……、人を喰う子供は居ない。子供を救ってくれ」
哀れな食人鬼の本物の願いだ。
鏡は佐川一益をBlueskyのパンチで葬ってやった。
高級レストランThe Blue Hoodはオーナー行方不明により経営破綻。
その結果、この店の売り上げで運営されていた子ども食堂も閉鎖されてしまった。
鏡はたまに、ギャンブルの売り上げを慈善団体に寄付するようになった。
寄付する際に、喉から腐っていった男の最後の言葉を思い出す。
その矛盾した結末は、後味の悪い料理のように、いつまでも鏡の胃の腑に重く残った。




