月の裏で会いましょう その②
3
鏡の家。
ミニマリストかと見まごうその家具の量は世間に対する無関心を表すようだった。
昨日も今日もおそらく明日も鏡烏はその場に臥せっていた。
ここ最近やる事が、やる事が多かった。
1日0.5ターンくらいの鏡にとって緑内障からの一連の流れは流石に堪えた。
一週間くらい寝ていたい。
呆然とそんな事を考えながら、寝たり起きたり寝たりを繰り返していた。
格安のスマホが音を立ててうるさい。
消そうと思ったが、水瀬結からのメッセージだったから一応目を通す鏡。
先日は世話になったし、とりあえず開くと、「ニュース見て」という文面だけが何回も表示されていた。
面倒だ……、と思った瞬間にチャイムが鳴る。
水瀬だろう。家に上げそれなりの饗応をしようと重い腰を上げる。
「テレビ見た?」
「うち、テレビ無い」
「あぁ、そうだった。これ見て」
水瀬が差し出したスマホの動画サイトには、つい先日闘った司馬の部下、王が映し出されていた。
ノイズ混じりの画面の向こうで、その瞳だけが異様に澄んでいた。
「皆さまに謝罪しなければなりません。そして真相をお話します」
背景は合成したのか月面であり、王が主役とばかりに画面中央に鎮座する。
スーツ姿の王は朗々とした声で、何に対してかは分からないが、謝罪している。
水瀬は長々とした部分を飛ばし、
「私の能力は-Man on the moon-科学を否定して偽科学をこの世に実現させる能力です
これは、N線という熱光線を当てることで作用します。」
謝罪している王の背後に宇宙服を着た飛行士のような存在が顕現する。
能力者の存在を知らない人間は、VFXによる合成だと思うだろう。
だが鏡には分かった。その宇宙服が纏う、現実を侵食するような圧倒的な質感が。
「奴の能力はまだ一部に過ぎなかった。
科学を否定する能力。そういうことか。
でも何でこんな動画が再生数稼いでるんだ?ただの陰謀論じゃん」
水瀬がスマホを操作し、次に見せる動画に繋げる。
動画に映っていたのは、どうやら衛星から地球を映した撮影らしい。
そこに映るのは、円盤のような青い惑星地球。
「地球は平面で、太陽は動き、天動説の世界になったんだ。」
「野郎。やりやがったな。どう収拾付けてくれる」
水瀬のスマホを見ると、天気予報や衛星通信のアプリが軒並みエラーを吐いていた。
電子の地図が、存在しない座標を示して狂ったように点滅を繰り返している。
その刹那、鏡の家のドアがこじ開けられ、その先頭には一条寺怜華が居る。
「2人とも、今起こってること把握はしてるわね。この事件の対策を任された。すぐに署に来て」
「これに対処ってお前んところブラック過ぎるな。一応行くけどさ。あとドアの修理代は寄越せよ」
鏡と水瀬はパトカーで県警へ向かう。
「でも思ったんだよ。地球が平面になっただけだろ?そんな不都合とか今は無くね」
一条寺が運転するパトカーで鏡はそう呟いた。
「今は……ね。奴の能力は幾らでも応用が効く。その上対象範囲も広い。地球に能力を効かせるとかチートよ、チート。」
「王がイニシアチブを握ってる状態を良しとしないって事ですよね」
鏡の隣に座った水瀬が答える。
「そうね。奴の計画は知らないけど、取り返しのつかないことをしでかす前に捕まえるのが我々の使命ってこと。
まあ、騒動が一般人に広がってる時点で手遅れ感はあるけど……」
「イニシアチブってなんだっけ」
水瀬は鏡に解説してあげた。
窓の外では、太陽があり得ない角度で傾き始めていた。
4
県警に到着し、いつものように零課へ赴く鏡達。
刑事達の雑多な溜まり場もこの日ばかりは大忙しだった。
紫煙と怒号、そして鳴り止まない電話のベルが飛び交う戦場と化していた。
「思ったんだけどさ、ここに来て何をするんだ。俺達は奴が何処に居て何をするかも分かってない。作戦を練るって言ったって情報が無い」
「貴方達は王に直接会ったことのある、いわば重要参考人。何か情報は無いの?」
鏡は唸りながら暫し考える。
「そう言われてもな。緑内障治してもらった事しか覚えてない」
「僕の印象でしか無いですが、かなり理知的な人物であるってのは言えますね。奴が武器軟膏のヒントをくれたおかげで、鏡くんは今ここに居ますし……」
「そうそれ、あいつ頭が良いんだよな。
あいつの部屋に通された事あるけど、本が沢山あった。文系だと思ってたけど物理の本とかも多かったわ」
得れるのは精々これくらいの情報か……。
「本棚でプロファイリングするってのは楽しげではあるけど、無理筋ね。奴の目的は?」
一条寺は切り口を変えて質問してみる。
「あくまで、王と組んでた司馬って奴の発言だけど、秩序を作って統治するんだって」
「結構ありきたりな話ね。頭の良い人間がすることなの?」
「あの宗教自体はシステマチックに出来てました。司馬という傀儡を立てるやり方も考え抜かれてると思います」
「司馬という暴力装置を失った奴が、何をするのか……。追い詰められた奴がするのは計画を実行に移すことか……」
得れた答えは奴が追い詰められて、何をしでかすか分からないということ。
最悪一歩手前だった。




