地を這うものに翼はいらぬ その③
6
緑内障からすっかり快復した鏡は水瀬と再会した。
ただし、その快復は怪しい宗教健康団体によるもので、勧誘されてる事も同時に話したのだった。
「んで、どう思う。」
「やっぱり、断ったほうがいいと思うけど」
「何されるか分からなくて怖くね」
「でも、警察に歯向かうのって凄いことだと思うよ。一条寺さんは零課を超法規的存在とか言ってたし、最悪殺されちゃうかも……」
「確かに……やっぱ、断ろう。ちょっと怖いわ、あと協力する雰囲気出した手前、気まずいしさ。一緒に来てくれんか」
「会社があるからなぁ。この日だったら良いよ」
水瀬結とスケジュールを合わせた鏡は、遠路はるばるあの帝冠様式の神殿へ鈍行列車で向かっていく。
「すいません。鏡ですけど、王さんに会わせて下さい。答えが出たと言ってくれれば伝わると思うんで」
「鏡様ですね。少々お待ち下さい」
ロビーでしばらく待たされる事になった2人。
瀧のように、運河のように、水の流れる豪奢な内装のロビー。
月1000円のサブスクサービスでこれを維持するには相当な会員数が必要な筈だ。
挙句、目標は大きく人類の救済と出た。
理想論を掲げる事は悪い事では無いが、能力者の掲げる理想論は普通の人間のそれとは違う。実現可能な真実性がある……。
この団体、何が目的なのか……。
水瀬が暫くおもんぱかっていると、副代表にして司馬の補佐の王が現れる。
「鏡様、お連れの方。おはようございます」
「おはようございます」「どうも」
「答えは出たということで宜しいですか」
「そうだな、断るのが申し訳ないし怖いから一緒に友達に来てもらった。緑内障治してもらって悪いけどあんた達と取引は出来ない。よく考えたら警察の方が怖いしさ」
「そう……でございますか。
では少々お待ち下さい。
ただいまお別れの挨拶として司馬を呼んできます」
「大丈夫だよお別れの挨拶とか。申し訳ないしさ」
鏡が不躾にそのまま帰ろうとすると、威厳のある闖入者が現れる。
司馬である。
「どうも、鏡さん。
我々の考えに賛同できない感じか、残念だよ。
率直に言おう。
我々の計画に邪魔な存在には消えてもらう」
司馬が手を振り下げる仕草をした刹那、水瀬に向かい小型の砲弾が高速で飛来してくる。
ヒュンッという風切り音と共に、殺意の塊が空気を裂いた。
水瀬を庇い彼をロビーの柱めがけて吹っ飛ばす鏡。
無い。 あるはずの右手首から先が消し飛び、代わりに鮮血の噴水が大理石の床を汚している。
遅れてやってくる、焼き鏝を押し当てられたような灼熱と激痛。
神経が焼き切れるような熱さが、腕から脳髄へと駆け上がった。
「痛ってえなこれ。やばい……。回復できない」
自分の肉体であれば幾らでも代わりはあるし、仮に襲われても水瀬を守りながら戦えると思っていたが、どうやら見込み違いだったようだ。
どういう訳か王の光を浴びてから、マルチバースを使っての回復は不可能になっていた。
「-Worship Warship-、私の能力だ。
私を信仰している者一人につき、一個の小さな戦艦が生成できる。
それ、小さくて可愛いおもちゃに見えるだろ?だが、砲弾の威力は本物のそれと遜色ないし、水のある所総てに出現させ浮かべる事が出来る。
王が治し、私が信仰を得て、あらゆるところに戦艦を浮かべ、艦砲の新秩序により世界を統治する。
そうやってこの国の、人類の病巣を切除する。
程度の低い君達には想像も出来ん計画だったか?」
「いや、秩序とか統治とか言ってるけど、それだけの能力がありながらむしろ、ありきたりな計画だなと思ったな。底が見えて良かったわ」
鏡は着ていたワイシャツを破って右手首に巻き付け、患部を止血しながら何とか論駁する。
強がりが5割、もう半分は素の彼の感想と言った感じだった。
「見せてあげよう。
三叉の槍を握った私の能力を」
司馬はその宣言通りに三叉槍を天に高く掲げる。
三叉槍、古来から制海権のメタファーである。
あれ自体が彼の能力の根源なのだろう。
「右手首が生えてくるようなピンポイントな民間療法があればいいがなぁ……」
鏡は不平を言いながら右手首の止血を完了し、奴の能力の根源を撃滅しようと歩み寄る。
いつも通りの戦法だ。
水が流れるロビーの至る所に手乗りの戦艦が浮かべられ、砲台は総て鏡を向いていた。
優雅なせせらぎは今や、無数の鉄の艦隊がひしめく死の海へと変貌していた。
「水瀬、そこに隠れてろ」
「……うん」
鏡は-Mr.Bluesky-を発動させ、飛び交う砲弾を叩き潰したりすんでの所で躱したりと、奴の方へ少しずつ歩んでいく。
しかし悲しいかな、数の暴力に敗北した。
一発二発と次第に被弾し、肋骨は折れ、左腕は肩から吹き飛び、右足首より下は千切れた。
司馬は三叉槍の構えを解き、今まさに死にかけてる鏡と戯れとばかりに対話を試みる。
「どうだ?私の能力は。君自体がまるで襤褸のようになったな」
「まだ肋骨が12本折れて、右手と左手と右足ふっ飛ばされただけだ……。まだお前に負けてな……」
鏡はその場に倒れ込む。
「鏡くん……!」
水瀬は鏡の状態を見る。
Mr.Blueskyが必死に心臓マッサージを続け、なんとか生かしてる状態だ。
「お連れの方か……お前に用はない。消えろ」
「敵は取らせてもらうぞ」
「お前に何が出来る?……いや、お前見えているな。この三叉槍を。お前も何か出来るのか試してみろ。期待外れだったこいつより、そっちのほうが面白い」
水瀬は一条寺怜華の電子犬や、鏡の-Mr.Bluesky-を視認出来ていた。
鏡は「何かあるときもしかしたら能力に目覚めるかもしれないな。その時は頼む」と冗談交じりに言っていた。
今がその時だ……。
ここで何か出来なきゃ、あの世で鏡に顔向け出来ない……。
力を振り絞り、藁にもすがる思いで必死に叫んだ。
「叫んでどうにかなるのか」
司馬が冷笑的に口を挟む。
「まあ良いか……。何も出来ないなら、そのまま死ね。」
総勢21616本の艦砲が水瀬へ向かう。
黒い砲口の森が、死刑執行の合図を待つかのように静まり返った。
……メスだ。
いつの間にか、水瀬のその右手にはしっかりとメスが握られていた。
その冷たい金属の感触だけが、彼を現実に繋ぎ止めていた。
7
まるで手品のように、水瀬の手に握られていたメス。
これを使って何かしろという事か。
とりあえずやつに向かって投げつけてみる水瀬。
残念ながら、軌道は奴から外れ、後ろの壁に引き寄せられるかのように当たり、音を立ててメスは落ちる。
カラン、という虚しい音が、絶望を象徴するように響く。
「それだけ……か。メスを出現させて投げつけるだけ。なんとまあ、つまらない能力……。さあ、終わりだ。死ね」
三叉槍を天高く振り上げて砲弾の用意をする司馬。
本当にこれだけなのか。
そんな筈無いだろう。
すると、メスを投げ付けた壁と、水瀬の間に手術で使うような糸が出現し始める。
そして糸は次第に太く強くなり縮んでいく。
水瀬は壁に縫い付けられて、砲の直撃を免れた。
体が糸に引かれる強引な感覚と共に、彼は死の弾幕を紙一重で回避した。
「これが、僕の能力か。何と言うか地味だし扱いにくい」
「まぐれで避けただけで何を誇る。こっちには全会員数分の戦艦と砲があるんだ。食らわせろ。-Worship Warship-」
砲弾は続々と発射されるも、"縫い付け"を途中で解除して方向転換を行ったりする技術を習熟させ、何とか被害に遭わずに済む水瀬。
一発当たったら終わりの状況でこれは結構凄いものだなと、少し自尊心が高まった水瀬。
しかし、攻撃を躱し続けるだけでは勝負は終わらない。
奴を確実に倒さなければ……。
「もう終わりにしよう。九郎判官よろしくそこら中飛び回っても結果は何も変わらない。
ここに出現させられる分の砲を総て用意した。
これで終わりだ」
ロビーの水の流れる範囲すべてに手乗りの戦艦を浮かべて、総攻撃に出る司馬。
今しかない。
水瀬はありったけのメスを用意し、四方八方にぶちまける。
「恨むなよ。こっちは親友を殺されてるんだ。本気で行くぞ」
「飛び回るだけの鹿に何が出来る。
奴の内臓をぶちまけろ!-Worship Warship-」
「能力の名前は今、決めた。-Come A Little Bit Closer-」
水瀬の背後に、執刀医の格好をした思念体が現出する。
このままだと水瀬の眼前に砲弾が迫ってくる。
しかし、メスを当てた戦艦と、司馬の間に「手術糸」が張り巡らされる。
糸は水瀬が散々出現させたように次第に太くなり縮んで行く。
そして、司馬に一隻二隻と結び付いて離れなくなっていく。
十数隻が司馬の身体と縫合され、糸が肉に食い込み、引き裂かれる湿った嫌な音がする。
自重を支えきれなくなった司馬は自らの身体に縫い付けられた戦艦の重みと共に、その場に倒れ込んだ。
まるで自らが作り出した鉄の塊に、食い殺されるかのように。
「-Come A Little Bit Closer-は任意の物とメスで切りつけたものを縫合する能力だな。
後味が悪いから、もう、人に使うべきじゃあない。
瘴氣を祓う会だっけ。
この人民寺院には僕も入らないよ。じゃあ」
水瀬結はまだ息のある満身創痍の鏡烏を抱いて、ロビーを出た。




