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地を這うものに翼はいらぬ その②

3

『汎ゆる病氣の元となる瘴氣を払います。払い料は1つの病気につき1千円』


鏡は新聞広告を読みあげる。

「これ怪しいな、インチキ医療だったらもっとふんだくるだろ。何考えてんだ。儲ける気あるのか。でも執拗に使う『氣』は良いな。米印の氣、この字は怪しい団体しか使わんことで有名だし」


今まで代替医療を数件受けてきたが、こんなに安いのは初めてだ。

法外に安い。

これは入門向けの代替医療と言えそうだ。

鏡はしばらくその地方に逗留してみることとした。



書いてあった住所に向かってみると、鏡は驚嘆させられた。


帝冠様式、換言すれば和洋折衷様式の神殿がそこにある。

有り余る財貨を惜しみなく使い、髄を極めたような建物。

これはもう建築物からして宗教的である。


きっと彼等は耳目を集め、自らの権威を高めようとするためにこのような目立つ建築をしているのだろう。

鏡はその異形の巨大建築に、言ってみればなんだかワクワクした。


「予約した鏡ですけど」

「鏡様ですね。お話は伺っております。ロビーへどうぞ。」


背広のしっかりとした男性が、鏡とかけ離れた人種が、丁寧な所作で応対してくれた。

西洋医学の対応じゃあこうは行かんぞ、と鏡は思った。


ロビーの内装も瀟洒で、室内に滝がある。

常に水音がして心地よい。

サラサラという音は、不安や疑念を洗い流すための環境音楽のように計算されていた。

何処をどう通りどう流れているのか、よく見れば見るほどシステマチックに作られている。

建築好きにはたまらないだろう。


鏡は少し待たされて、ロビーに或る男が現れた。


「どうも、鏡様。私、瘴氣を祓う会の副代表をしております。王と申します」

「王さんね。どうも鏡です。

そんな大仰な対応してくれなくても良いのにってちょっと思ってますよ。

副代表さんがわざわざ出てくれなくてもと。」

「鏡様には、特別の対応をと、代表からの仰せです。後ほど代表を紹介いたしますね」


少し不躾で、どう返すか迷う鏡の返答にも眉一つ動かさず、どんな組織でもトップ層は違うなと鏡は思った。

その笑顔は完璧に張り付いており、感情の温度が一切読めない。


「瘴氣を祓う会について説明させて頂きます。

私達は当然のように身体の不調をきたしますよね。

鏡様は、事前のお話によると緑内障ですか。西洋医学では治らない病気でとてもお辛いと、心中お察しします。

ですが、我々は病氣の根源、瘴気を祓うことによって西洋医学では治らない病気を根源から治療することが出来ます」


「根源から……」

鏡が要らない口を挟む。


「ええ、根源からです。

代表の手かざしによって病魔の根源たる瘴氣が祓われ、体の不調が無くなります。

我々の会に入会して頂くと、……これは昨年のデータですが、老衰率が98%。残りの2%は事故等になります」


「やっぱ事故は防げないんすね」

「そこはどうしても、我々の不徳の致すところです……。ですが、皆様や遺族の方は畳の上で往生出来た、と大変ご好評でございまして」


「入会します」

長ったらしい美辞麗句は要らない。

鏡は入会を即決した。


「もう……でございますか。

それでは説明をある程度省かせて頂きまして、入会の規則や手続きの方を進めさせて頂きます」


その後の手続きも特に怪しい事もなく、シンプルに氏名年齢生年月日、住所、電話番号、銀行口座、親の住所等を求められただけだった。



4


鏡は瘴氣を祓う会に入会した。

そこからの1週間は心弾む毎日であった。

自分が何かの社会活動に参加しているという充実感。

疎外しか無い学校では得られなかった感覚である。


コミュニティに参加してから一週間経って、遂に教祖の手かざしを賜ることとなった。

ついに目薬をさす日も終わりが迎えられるかもしれない、と鏡は淡い期待を抱いていた。


当日、王が鏡に心構えを告げる。

「鏡様、確認ですが、本日は教祖司馬の手かざしを受けて頂きます。

くれぐれも教団の品位を穢すような事が無いように宜しくお願いしますね」

「分かってますよ。こういう時はふざけないのが俺の良い所なんですよ」


鏡は王によって、講堂に通される。

講堂は満員で、病苦に苛まれた人々の生々しい熱気が充満していた。

小さな自治体であれば民主主義によって合法的に権力を掌握出来るほどの人が蝟集している。


数千の瞳が放つ渇望のエネルギーが、ホール内の酸素を薄くしているようだった。

その視線が向かう先は一つ。

教祖の司馬である。

彼らの目には治療への渇望と、司馬への絶対的な信頼が見て取れる。


「皆様、よくぞ集まっていただきました。

今回も手かざしの方をさせて頂きます。

皆様は不治の病によって苦しめられてきました。

西洋医学では治せない病魔。

西洋医学によって見捨てられた貴方達を私が救います。

かの宿痾を私の手によって払いましょう」


司馬は普通の教祖らしい着飾りはしない。

整った容姿に優れた体躯。

ブランドのスーツがよく映えていた。

スポットライトを浴びた彼は、救世主というよりは敏腕CEOのように見えた。


彼が、手かざしを行う。

司馬が両手を広げると、まるで舞台に照明がつくように、彼を中心に強く温かな光りが満ちる。

病苦に悶える老婆が、彼の光を浴びることで快復し、神に祈るように司馬に何度も平伏する。

病に苦しむ人達をまるでイエスのように光を以て治していく司馬。


手かざしは計算し尽くされたドラマ性を孕んでいて、心が洗い流されるようであった。

1時間2時間と教祖司馬は人々を癒していく。


鏡にしては我慢したほうだろうか。

当然、口を開く。

「あれ、どうやってるんすか?やらせじゃない。ガチで治ってるし能力でしょ?」

「やはり、わかりますか。貴方も能力者ですものね。奥でお話しましょう。

私の部屋にどうぞ……」


ちゃんとした人はよく場所を移したがって面倒だなと鏡は思いながら移動した。


5

鏡は王の部屋に通された。


月1000円という慈善事業のようなマージンで、ここまでの調度品を揃えられるのだろうか。

王室を思い浮かべた時、最初か2番目に出てくるロココ調一式で部屋は統一されていた。

大きな本棚が目に付くようで、一冊を手にとってみる鏡。


「宗教生活の原初形態……デュルケム、分からんな。むずかしそう。宗教やってるから宗教に詳しいのか?」

「リベラルアーツですが、人なりに学問は修めたつもりです。

昔は気力に溢れていた。

だから全てを修めようとしましたが、全てを修められないのが不可能だと分かり、学問とは縁を切りました。

今は知識を活用して人類の救済をしています」


「人類の救済とは大きく出たな。まあ、うん。

あんたらなら出来るんじゃないか。

その能力も本物だろ」

「何を言ってるんですか。私に能力はありま……」


鏡は王の隙を突くように、すかさず反駁する。


「司馬だっけ。あいつに人間を治療する能力は無い。

よく見るとコンマ1秒、光を出すタイミングがズレてる。

と、なると治療能力はあんたか他の教団幹部だろ。

司馬にも一応能力があるが、それは読めんな……。

司馬は顔も良いし頭も良さそうに見えるが、上辺だけだなありゃ。すべてあんたの傀儡に見える」


「凄いなぁ。見抜かれてしまいましたね。

私の能力は-man on the moon-。

代替医療……、つまりインチキな医療行為に意味を持たせて病気を治します。

病魔に侵された人間に光を当てれば、大体のそれは手かざしで治せる」


王は宇宙服を身に纏った精神体を後方に侍らせてそう答える。


「面白いな。俺の緑内障も良くしてもらいたいもんだ」

「それでは……」


王は鏡の両眼に光を当てる。


「マジでこれで良いの?ありがとうずっと悩んでたんだ」

「代わりと言ってはなんですが……、私達の組織に入りませんか。鏡さんも能力者でしょう。公安による能力者狩りに協力する能力者の情報が伝わっています。

その一人が鏡烏だと言うことも」


「フルネームまで伝わってんのかよ。こわ、俺、人権ないじゃん」

「警察の情報を横流しして頂いたり、我々に協力して頂ければ、それなりの謝礼をお支払い致しますし、今回のように病気を治療します。双方にとって悪くない条件だと思うのですか如何ですか」


鏡はしばらく考えて結論を出す。


「まあ、魅力的な提案だな。前向きに検討するが……一旦、持ち帰らせてくれ。」


即断即決が信条の鏡にしては珍しい答えだったのは、相手が大人の対応が出来る人間であり、それに憧憬を抱いていて、いつか『前向きに検討』をしたかったからだった。


「承知しました。それでは今回はこれにて。

私はまだ仕事が有りますので、ここで失礼させて頂きます。ありがとうございました」


王は慇懃無礼なまでの礼をして去っていった。

その背中からは、宗教家特有の陶酔ではなく、ビジネスマンの冷徹さが漂っていた。

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