第39話 魔王の決意
アラン、ニコル、シャルルは、リリトヴェールの正体に言葉が出ないようで立ち尽くしていた。
しばらくしてニコルがこそっとアランに言った。
「リリーが脱退したがっていた本当の理由これじゃない?」
アランもリリトヴェールに視線をやりながらこそっとニコルに言う。
「間違いない。これだよね」
リリトヴェールは立ち上がり、二人を指差した。
「なにこそこそ話しているの! 悪口だったら承知しないよ!」
アランとニコルは背筋を正した。
アランは困ったようにリリトヴェールを見た。
「なんでリリーは魔王なのに俺たちと旅をしてたの?」
リリトヴェールは口元に笑みを浮かべた。
「私は魔王を引退したいんだよ。そのために勇者に倒されたい」
アランがはっと口元に手をやった。
「俺が勇者になった理由、魔王を引退させるため……?」
シャルルもはっとしたように言った。
「これが女神様の予言……」
ニコルが呆れた顔で二人にツッコんだ。
「だとしたら、リリーのために世界動きすぎでしょ……」
アランは咳払いをして、リリトヴェールに言う。
「リリーとは戦えないよ。傷つけるなんてできない。引退したいならそう言えばいいじゃん」
「逃げたと思われるだろ。勇者に倒されれば、私が魔王ではいられなくなる理由になる」
それを聞いたアランが呆れた顔をした。
「……リリーの負けず嫌いの本領が、今まさに変な方向で発揮されている」
リリトヴェールは両手を広げて言った。
「さぁ、アラン。一思いにやってくれ」
アランは首を横に振った。
「できないよ。リリーを殺すなんて」
「いや、殺さないではもらいたい。勇者と戦って負傷した程度でお願いしたい」
アランは嫌そうな顔で更に首を振った。
「いやだよ。リリーを傷つけるなんてできない」
「アランのわからずや! 何のためにここまで来たの?」
リリトヴェールの叫びに、アランは困惑した顔を見せた。
ニコルはシャルルに言う。
「今回はリリーの方がよくないよね」
シャルルも同意してうなずいた。
「珍しいですけど、そうですね。今回はアランさんに同意です」
リリトヴェールはぐっと言葉を詰まらせた。
アランは首を傾げて、リリトヴェールに尋ねる。
「なんで魔王を引退したいの?」
「人類と魔族との諍い、それに戦争推進派を抑えることに疲れた。もう私では抑えきることができない……」
「……そうか。リリーは人類と魔族、仲良くさせたいんだね」
リリトヴェールは驚いた顔でアランを見た。
アランは笑みを浮かべて言った。
「ずっとリリーと旅をしてきたんだ。リリーの考えていることはだいたい分かるよ」
リリトヴェールは複雑な顔でアランを見た。
「そうだとしても、アランも見たでしょう。ゴブリンの里でのこと。魔族は未だに人類を恐れ、怯えている。人類だって、魔族との共存は難しいと考えている」
アランは首を横に傾げた。
「でも、半魔の村では共存していたし、ロジェローだって村人たちと仲良くやっていた。そうでしょう?」
リリトヴェールは言葉に詰まった。
アランは続ける。
「リリーはやってみた? 人類と魔族の共存が本当にできないかどうか。前に言っていたでしょう? 諦めることは逃げだって。リリーらしくないよ、その考え方」
リリトヴェールは困惑した顔でゆっくりと階段を下り、アランの前に立った。
「アランはできると思う? 人類と魔族の共存が……」
アランはリリトヴェールの手を取って、笑みを浮かべた。
「やってみようよ。人類の俺と魔族のリリーとだって一緒に旅することができたんだ。俺たちがその証明じゃない」
アランはリリトヴェールにうなずき、リリトヴェールもそれにゆっくりとうなずき返した。
そこへ一人の訪問者が現れた。戦争推進派筆頭のトリムだった。開いていた扉からコツコツと杖をつく音と共に、こちらに近づいてくる。
「なりません。リリトヴェール様、勇者はここで殺しておくべきです」
リリトヴェールは声を荒げた。
「トリム、何を考えている!」
トリムはアランに手を向けた。
「でないと、いずれ災いとなる。――デススペル」
「アラン、避けろ! 死の呪いだ!」
リリトヴェールはアランの前に立ちふさがり、トリムの死の呪いを代わりに受けた。その場に倒れ込んだリリトヴェールをアランが抱えた。
「リリー!」
「アラン、ごめん。ここまでだ……」
リリトヴェールが力なくそう言った。
アランは顔色が失せ、呼吸が浅くなっていくリリトヴェールの名前を何度も叫ぶ。
その時、アランはふとリスゴーの谷でもらったドラゴンの涙を思い出した。慌てて鞄から取り出し、リリトヴェールの口に注いだ。すると、リリトヴェールの顔色が戻り、赤い瞳を開いた。
「私、死の呪いを受けて生きているのか……?」
「よかった! ドラゴンの涙が効いたんだ……!」
リリトヴェールは深い息を吐いた。
「ドラゴンの涙を飲ませてくれたのか。ありがとう、アラン」
トリムはアランにかけた死の呪いがリリトヴェールにかかってしまったのを目の当たりにし、立ち尽くした。それからひとりごとのように言った。
「なぜ勇者を庇うのです。なぜ魔王であるあなたが……」
リリトヴェールは起き上がり、トリムに言った。
「私は世界を変えると決めたんだ。戦争の時代はこれで本当に終わりだよ。もう恐れることは何もないんだ、トリム」
トリムはその場に崩れるようにして膝をついた。
「……あなたはそのような綺麗ごとばかりおっしゃる。いずれ後悔しますぞ」
「そうかもしれない。――でも、もう逃げないと決めたんだ。私は私の理想を叶える」
リリトヴェールはトリムに歩み寄り、膝をついて手を差し出した。
「トリムにも手伝ってほしい」
トリムはリリトヴェールを見上げ、恐る恐るその手を取った。
それを見ていたシャルルがニコルに言った。
「これがアランさんが勇者になった本当の理由ではないですか?」
ニコルがきょとんとしてシャルルを見上げた。
シャルルは続ける。
「リリーさんに人類と魔族の共存を実現させるため、女神様に選ばれたのです。リリーさんを説得できるのはアランさんだけだった」
ニコルは納得したようにうなずいた。
「そうかも。――これから新しい時代がやってくるんだね」




