第36話 魔王、ドラゴンと戦う
「ここがリスゴーの谷……」
そう呟いたのはアランだった。
目の前には左右に裂けた大きな崖があり、底は見えない。向こう側に渡る橋は、見渡す限りなかった。
シャルルは眼鏡をくいっと上げた。
「向こう側は魔族領です」
リリトヴェールはリスゴーの谷を眺めながら感慨深く思った。
――まさかリスゴーの谷が、狭間の谷のことだったとは……。こんなところに勇者のオーブがあったのか……。
ニコルもリスゴーの谷を眺めながら尋ねた。
「まさかこの谷を下りるの……?」
シャルルは首を横に振った。
「文献によると、谷への入り口は森の中に隠されているそうです」
リリトヴェールは森を振り返った。
「よし! シャルルを信じて探索してみるか」
四人は森の中に入ったが、この辺りに町などはなく、人が踏み入れている様子はない。冬枯れた草を避けながら歩くので、なかなか進むことはできなかった。
ニコルは顔を顰めて、口に入った草をぺっと吐き出した。
「本当にこの森に入口なんてあるの?」
シャルルは草に当たってずれた眼鏡を直した。
「文献によると……」
「それは分かったって。どの辺りとか書いてないの? 目印とか」
「そこまでは書いていませんでしたね」
一行は溜息を吐いた。
しばらく行くと、古びた石造りの建物を見つけた。
小さな建物だが、彫刻が施されており、見るからに立派な建物だった。長い時間放置されていたようで、蔦が絡みついている。
入口の扉に絡まっている蔦をアランは剣で斬った。
ドアは重い音を立てて開き、中も彫刻が施されていて手の込んだ作りだった。広くはなく、下へと続く階段がそこにあるだけだ。
シャルルは興味深そうに彫刻を調べている。
「女神の神話が描かれています。恐らくここが入り口で間違いなさそうです」
アランは階段の下を見てから、不安げにリリトヴェールを振り返る。
「真っ暗だよ。ここを下りるの?」
リリトヴェールは尋ね返した。
「アランはあっちの崖を下りる方がいい?」
「こちらの階段を下ります……」
リリトヴェールとシャルルが杖で光を灯し、リリトヴェールとアラン、シャルルとニコルの二人一組で階段を下りはじめた。
ニコルはシャルルの腕を掴み、ゆっくりと階段を下りて行く。
「どのくらい続いているんだろう……」
リリトヴェールはアランの腕を掴みながら先頭を歩いていた。
「あの崖の下まで続いているとしたら、相当長いだろうね」
四人は途中で休憩を挟みながら慎重に階段を下りて行く。
真っ暗な階段は時間の感覚を奪い、恐怖心を覚えさせた。リリトヴェールでさえもこのルートが正しいのかどうか、不安に駆られる。しかし、階段は、突然終わりを告げた。
アランがニコルとシャルルを振り返る。
「扉だ……! みんな、扉があるよ!」
アランが扉を開けると、眩しい光が差し込んできた。
四人は目が慣れるまでに少し時間がかかり、最初に目が慣れたアランが言った。
「ドラゴンがいる……」
リリトヴェールは茶色の瞳を開き、僅かに戻った視界でドラゴンを認識した。
――まさかこの状態の時にドラゴンに会うだなんて最悪だ……。
リリトヴェールは瞬きを繰り返し、視力を取り戻そうとした。
「勇者よ、よくここまで来たな。待っていたぞ」
「ドラゴンがしゃべった!」
アランが驚き、叫んだ。
リリトヴェールとニコル、シャルルも驚きを隠せないようで、その場に立ち尽くしている。
「我は勇者のオーブを護る者。我を倒せなければ、魔王を倒すことなどできまい。四人でかかってこい!」
いきなりはじまった対ドラゴン戦に戸惑いながらも四人は構えた。
リリトヴェールが先制して攻撃魔法を唱える。
「ダークサンダー」
黒い雷がドラゴンの頭上に降りそそいだ。
その隙にアランがドラゴンの元へと駆け寄る。シャルルはアランを援護した。
「アタックブースト」
アランの体が光に包まれ、剣をドラゴンに振り下ろした。僅かにダメージを与え、アランは一旦後方へ引く。
ドラゴンは小さく笑った。
「いい連携をしているではないか。――では、これはどうだ?」
ドラゴンが羽を大きく動かすと、強い風が起こり、アランは転がり、ニコルは盾を構えて転がってきたアランを背後に庇った。ニコルと言えど、数歩後ろに下がるほどの威力だった。
「なるほど。この攻撃を受けきるとは、小さいなりして大したタンクだな」
アランが立ち上がり、再度攻撃を仕掛けに行く。
それをドラゴンは手で薙ぎ払ったが、アランは受け身を取り、すぐに姿勢を直して駆けて行く。
リリトヴェールが隙を作るべく攻撃をした。
「ダークネスライトニング」
黒い稲妻がドラゴンを直撃し、しばらく痺れさせているうちに、アランは数回攻撃を繰り出した。
「なかなかやるではないか。次は我からいこうか」
ドラゴンが口を開け、その中心に炎が渦巻き出した。
リリトヴェールが叫ぶ。
「アラン、引け! ブレスが来るよ!」
アランはリズムよく後退し、ニコルの盾の後ろに下がった。
シャルルはニコルの目の前にシールドを張ったと同時に、ドラゴンが咆哮した。
炎がシャルルが張ったバリアを崩し、ニコルの盾に当たった。なんとかブレスに耐えたニコルが声を上げる。
「あっち、あっち」
シャルルがニコルにヒールをかけた。
すると、ドラゴンは突然笑い声を上げた。
「勇者一行よ、お前たちの実力は良く分かった。最後の勇者のオーブを授けよう」
ドラゴンは緑色の宝玉をアランに差し出した。
アランはそれを受け取り、剣のガードに嵌めこむと、今までとは比べ物にならないくらいの白い光を剣が放った。
「これで勇者の剣は完成した。――それからこれも授けよう」
ドラゴンは顔を下げ、瞳から涙を流した。
「この涙を持って行け。瀕死の者を一度だけ治すことができる」
アランは慌てて鞄から空のボトルを取り出して、涙を掬い取った。
「ありがとう、ドラゴンさん」
「さて、地上まで送ろう。背に乗るといい」
四人はドラゴンの背に乗って地上まで上がり、魔族領の方に下ろしてもらった。
「さらばだ、勇者一行よ。健闘を祈っている」
ドラゴンはまた谷へと戻って行った。
四人は魔族領を振り返り、アランは神妙な顔つきで言った。
「ここから先は魔族領……」
ニコルは頷く。
「とうとうここまで来たんだね」
リリトヴェールは小さくため息を吐いた。
「ここまで来てしまった……」
――ここから三日で魔王城に着いてしまう。みんなに私が魔王だと知られたくないと思うのはどうしてだろうか……。
リリトヴェールは複雑な心境を隠したまま、先に進む決意をした。




