第35話 魔王、大食い大会を観戦する
アーメッドの村で大食い大会が行われると聞いて、リリトヴェールたちは立ち寄ることにした。
村の広場で行われるらしく、たくさんの見物客が舞台を取り囲むようにしている。すでに舞台には三人の男性がいて、山盛りのステーキが用意されていた。
ニコルがそれを見て緑の瞳を輝かせた。
「おいしそうなステーキだね! あたいも参加したい!」
それを聞いた司会の男性が、舞台の上から声をかけた。
「お嬢さん、飛び込み参加は大歓迎ですよ!」
ニコルは意気揚々と舞台に上がり、用意された席に着いた。
司会者は一度観客を見回してから、声を張り上げた。
「さて、アーメッド名物、大食い大会、今年も五名の参加者を迎えて開催いたします!」
わぁっと観客たちが歓声を上げた。
「それでは、前回優勝者の暴食のロジェロー様の入場です!」
緑の髪に黒い角の生えた小太りな男性が両手を上げて舞台に上がってきた。
観客たちから声が上がる。
「ロジェロー様! 今年も食べっぷり期待してるぜ!」
「今年こそロジェロー様に勝てよー!」
それを見たリリトヴェールはあんぐりとした表情をした。
――ロジェローのやつ、毎年ここの大食い大会に出ていたのか……。知らなかった。しかも、結構打ち解けている……。
ロジェローはニコルの隣に座った。
司会者が開始のホイッスルを鳴らすと、選手たちは一斉に食べはじめた。
ニコルは一口食べて、幸せそうな顔をした。
「おいしい~! 好きなだけ食べていいの?」
司会者は頷いてから尋ねた。
「もちろん! 飛び込み参加のお嬢さんのお名前は?」
「ニコルだよ。ステーキ大好き!」
選手たちは食べ進めていくが、ダントツ首位はロジェローだった。ニコルは最下位で味わって食べている。
リリトヴェールは舞台下からそれを眺めていた。
――ニコルのやつ、ただ肉が食べたいだけで、勝ち負けにこだわってないな……。
シャルルがリリトヴェールに小声で尋ねた。
「ロジェローっていう方、魔王軍幹部ですよね? 倒さなくていいのですか?」
リリトヴェールは首を横に振った。
「いいよ。放っておこう。ここで戦うと、村人たちも巻き込まれちゃう」
シャルルは納得したようで、頷いた。
ひとりの選手の村人が苦しげな顔で手を上げた。
「ギブアップ……」
「おーっと、ここで、スティーヴンが八枚で脱落! 残りは四名での戦いです!」
この辺りから村人の選手たちは食べるスピードが落ちはじめ、ニコルが二位に躍り出た。
村人の選手二人もリタイアして、気がつけばロジェローとニコルの二人の戦いになっていた。
ニコルは相変わらず幸せそうに、にこにこと食べていて、観客席から声援が飛ぶ。
「お嬢ちゃんの食べっぷり、いいね!」
「がんばれ、お姉ちゃん!」
ニコルはその声援に手を振って答えた。
観客席にいるアランが口元を抑えながら言った。
「俺、胸焼けしてきた……」
シャルルも呆れた顔で壇上にいるニコルを見上げる。
「僕もです。よく食べる人だなとは思っていましたが、まさかここまでとは……」
二人の反応にリリトヴェールは苦笑していた。
一方、ロジェローはというと、少し苦しくなってきたのか食べる手が止まり、十九枚目の途中でお腹を押さえた。
「もう無理……」
残るはニコルだけとなり、みな息を潜めて見守った。
ニコルは十九枚目を平らげ、手を上げておかわりを要求した。司会者はその手を取った。
「優勝者は飛び込み参加のニコル嬢!」
わぁっと拍手が巻き起こった。
ニコルはきょとんとして、司会者を見上げた。
「……もう食べちゃダメなの?」
「……まだ食べたいの?」
司会者は思わずそう尋ねた。
ロジェローは隣のニコルに声をかけた。
「君、ぼくを負かしちゃうなんてすごいね」
ニコルはにっこりと笑った。
「おいしかったね」
ロジェローもにっこりと笑い、頷いた。
「この村のお肉はおいしいよね。ぼくは来年も出るけど、君は?」
ニコルは少し悩んでから答えた。
「うーん。あたいの里からだと少し遠いけど、こんなにたくさんお肉が食べられるのなら来てもいいかも」
ロジェローは嬉しそうに頷いた。
「そうしようよ。来年はぼくも負けないよ!」
リリトヴェールたちはアーメッドの村で宿を取った。そして、夕飯時、一階にある食堂に下りた。
席に座り、ニコルはメニューを眺めて、何を食べようかと悩んでいるようだ。
リリトヴェールは呆れた顔でニコルを見た。
「あれだけ食べて、夕飯も食べられるのはすごいね……」
ニコルは気に入ったのかステーキを注文していた。
そして、料理を待っているとロジェローも夕食をとりに下りてきたようだ。同じ宿に泊まっているらしい。
「あ、ニコルちゃん。ぼくも一緒に食べていい?」
「もちろんだよ! 座って、座って」
ニコルと意気投合したロジェローも料理を注文し、配膳された食事を食べはじめた。
ニコルはロジェローに尋ねた。
「ロジェローは魔王軍幹部なの?」
「そうだよ。まぁ、仕事はほとんどないからね。いろんなところの大食い大会にでているよ」
「ええ~! 他にもたくさん食べられるところあるの? あたいにも教えてよ!」
その会話を聞いていたリリトヴェールは内心額に手を当てた。
――今度、魔王軍幹部を集めて、日ごろ何をしているか、ちゃんとチェックした方がよさそうだ。まさかこんなに人類の国にいるとは思っていなかった……。
ニコルはステーキを食べながら、ロジェローに尋ねた。
「魔王ってどんな人? 弱点とかある?」
ロジェローはハンバーグを食べながら答えた。
「リリトヴェール様に弱点なんかないよ。歴代最強の魔王と呼ばれていて、雷の魔法が得意だよ。すごい威厳のある方で、ぼくはお会いした後、胃がきゅっとなって、あんまり食べられないんだ」
――こいつといい、エヴァリーヌといい、魔王軍幹部のくせにぺらぺらと私の情報をしゃべりやがって……。今、その魔王が同じ卓にいるなんて、夢にも思ってないだろうな。
リリトヴェールがそんなことを考えていると、アランが言った。
「雷の魔法が得意って、リリーと一緒だね。もしかして……」
リリトヴェールははっとして、アランを見た。
「魔王城での戦い、すごくなりそうじゃない? 雷の魔法対決」
ニコルはその様子を想像したようで、嫌そうな顔をしている。
「うわぁ、激しそう。リリー、間違ってもあたいたちに当てないでね」
リリトヴェールは拍子抜けして、溜息を吐いた。
「だから、私は魔王城まで行かないよ。新しい魔法使いの仲間が見つかったら抜ける約束でしょう」
アランとニコルは唇を尖らせている。
シャルルは首を横に傾げた。
「そういう約束をされているんですね。ですが、この先はどんどん辺境になっていくので、新しい仲間を見つけるのは難しいと思いますよ」
それを聞いたリリトヴェールは思わず立ち上がった。
「なんだって? それじゃあ……」
アランがにやにやと笑いながら言った。
「新しい魔法使いが見つかるまでは、リリーは抜けないんだよね?」
ニコルもにやにやしながら言った。
「と、言うことは、一緒に魔王討伐までしてくれるんだよね?」
リリトヴェールの顔からさーっと血の気が引いた。
――余計な約束をしてしまった……。どうする? 私……。
「よし、聖都まで戻って、仲間を探そう!」
アランとニコルはリリトヴェールを座らせ、ニコルはリリトヴェールの肩に手を置いた。
「まぁまぁ、落ち着きなよ。ここまで進んで戻るのはどうなのかな?」
シャルルも悪気もなく追い打ちをかける。
「聖都に戻っても、魔法使いは難しいでしょうね。教会のお膝元なので、ヒーラーは多いかもしれませんが……」
リリトヴェールは顔を手で覆い、黙った。
アランとニコルが心配そうにリリトヴェールを伺っていると、リリトヴェールが顔を上げた。
「最悪、魔法使いいなくても……」
「「だめだよ、リリー」」
「ぐぅ……」
これからもリリトヴェールの受難は続くようだ。




