第33話 魔王、シャルルに手を焼く①
シャルルが加入して、四人になった一行はアニェス聖国の聖都からリスゴーの谷を目指して旅立ったが、どこかぎこちない空気が漂っていた。
いつもうるさいアランとニコルが大人しく、シャルルも自ら一行に話しかける気配はない。
しんとした空気の中、リリトヴェールはシャルルに尋ねた。
「リスゴーの谷はここからどのくらいなの?」
「一週間くらいでしょうか」
「道は知っている?」
「だいたいですが。方角は分かりますので、問題はないかと思います」
「そっか。心強いね」
そして、またしんとした空気が流れた。
リリトヴェールはアラン、ニコル、シャルルの三人の顔をちらりと見た。
――なんだ? この雰囲気は。気まずいな……。
その日の夜。
いつものようにリリトヴェール、アラン、ニコルはわちゃわちゃと話していた。
シャルルはと言うと、ひとりベッドに腰かけて本を読んでいた。
ニコルがシャルルに声をかける。
「シャルルもこっちで一緒に話そうよ」
シャルルは顔を上げてニコルに視線をやり、メガネを直した。
「僕は魔王討伐のために同行しているのであって、慣れ合うためではありません。僕のことはお気になさらず、続けてください」
そう言って、シャルルはまた本を読みだしてしまった。
リリトヴェール、アラン、ニコルはお互いに顔を見合わせた。
シャルルがトイレのために席を外した時に、ニコルは言った。
「とっつきにくいよ、あの子」
アランもそれに同意して頷いた。
「話しかけにくい雰囲気があるよね」
リリトヴェールはそんな二人を注意した。
「そんなこと言わないで。まだ慣れないだけだよ。もう少し様子を見よう」
アランとニコルはしぶしぶ頷いた。
森で出くわしたビックウルフの群れと戦っている時だった。
前衛ではニコルが盾で攻撃を防ぎ、アランがビッグウルフを斬っていく。後衛ではリリトヴェールとシャルルが魔法で援護していた。
リリトヴェールが前衛二人に声をかける。
「アラン、前に出すぎだよ!」
ニコルは少し前に出て、アランに攻撃してきたビックウルフを盾でいなした。
「アラン、あたいももう少し前に出るよ」
「ありがとう! ニコル」
前衛はなかなかいいコンビを見せていた。
しかし、シャルルはと言うと、どうしたらいいのか分からないようで、杖を握ったまま棒立ちしていた。
リリトヴェールは前衛が進むのに合わせて同じように前進しているが、動かないシャルルにリリトヴェールは声をかけた。
「シャルルも前に進んで。その位置だと魔法が届かないでしょう」
「あ……、はい。そうですね」
シャルルはリリトヴェールと合わせて進みはじめた。
その時、アランがビッグウルフに左腕を噛まれて、シャルルは驚きながらもヒールをかけた。
アランは振り返り、シャルルに言った。
「ありがとう! シャルル」
シャルルはこくりと頷いた。
シャルルが加わって初めてのまともな戦闘だったが、リリトヴェールはシャルルを見ていて気がついたことがあった。
「シャルル、もしかして実戦は、はじめてだった?」
シャルルは震える手で杖をぎゅっと握って頷いた。
リリトヴェールは溜息を吐いた。
「そういうことは最初に言ってくれないと。今回はそんなに強くないビッグウルフだったからよかったけど、これが強敵だったとしたら、どうなっていたか……」
シャルルはうなだれた。
「すみませんでした……」
リリトヴェールは小さくため息を吐いてから提案した。
「ここらでちょっと休憩しようか。そこに川もあるし」
すると、シャルルはひとり離れて河原に座り、顔を洗っていた。
リリトヴェールはシャルルが心配でそっとそばに寄った。
「隣、いい?」
シャルルは袖で顔を拭きながら頷いた。
しばらく二人は黙っていたが、意外にも最初に口を開いたのはシャルルだった。
「足を引っ張ってしまってすみません」
リリトヴェールは首を横に振った。
「初戦だったとしたら、アランにヒールをかけるタイミングはばっちりだった。センスはあるよ。よくやったよ、シャルルは」
シャルルは俯きがちに言った。
「みなさんとどう接したらいいのか分からないくて……」
リリトヴェールはシャルルを受け入れるように頷いた。
「それも薄々気づいていた。私たちもシャルルとどう接するのがいいのか手探りしていたんだ。シャルルのことを教えてよ。教会の大聖堂にくるまではどこで、どんな生活をしていたの?」
シャルルは遠くを眺めるようにして話し出した。
「僕は物心つくころには孤児として、小さな村の教会にいました。そこでは六歳になると、将来、教会で働くための教育がはじまります。僕はすぐに光魔法の適性を見出され、教会の本部である大聖堂に移されました」
リリトヴェールは相槌を打ち、静かに聞いていた。
シャルルは続けた。
「十三歳で司祭となり、今では教会の幹部として仕事を任されています。でも、教会の外のことを僕は何も知らないのだと、旅に出て思い知りました」
――そうか。シャルルはずっと同世代の子供と関りを持たずに、大人の社会で、大人であろうとしてきたんだね……。
「知らないのなら、これから知っていけばいい。アランだって、勇者として旅に出るまでは小さな村から出たことがなかったんだよ。でも、アランは知ろうとしている。分からないことは、分からないと言えるんだ。それって、私はすごいことだと思うよ」
シャルルは離れたところにいるアランに目を向けた。すると、なぜか水をかけあっているアランとニコルがいて、シャルルは目を見張る。
リリトヴェールはシャルルの表情を見て、おそるおそる振り返った。
「あいつら何やってるんだ……」
リリトヴェールは立ち上がり、慌てて二人の元に駆け寄る。
「なにやってるの! こんな寒い時期にすることじゃないでしょう!」
すると、盾でアランに水をかけていたニコルが顔を上げて、リリトヴェールに訴えた。
「アランが悪いんだよ! あたいは冗談でアランの手に水をかけたのに、アランがあたいの顔に水をかけたんだ!」
今度はアランがリリトヴェールに訴えた。
「俺だって冗談だったのに、ニコルが怒って盾で大量の水をかけてきたんだよ!」
リリトヴェールは溜息を吐いて、二人に言った。
「とりあえず川から上がって……」
アランとニコルはお互いにらみ合いながら岸へと向かってくるのを見て、リリトヴェールはぴしゃりと言った。
「喧嘩両成敗だよ! もうおしまい! さっさと上がる!」
アランとニコルはピンと姿勢を正し、急いで川から上がった。二人はずぶ濡れだった。
リリトヴェールは二人のありさまを見て、大きなため息を吐くと、アランとニコルは顔を見合わせた。
「たく。こんな格好では先に進めないじゃない。少し戻ったところに宿屋があったから、そこで服を乾かそう。目を離すとすぐこれだ……」
「「ごめんなさい……」」
アランとニコルはシュンとうなだれている。
リリトヴェールはシャルルを振り返った。
「こういう訳だから、今日はもう休もうか」
すると、シャルルはお腹を抱えて笑い出した。リリトヴェールとアランとニコルは呆気に取られてシャルルを見つめる。
「お二人ともずぶ濡れ……! ただの子供みたいだ」
シャルルは眼鏡をずらし、涙を拭いた。




