第23話 魔王、魅了の魔法を恐れる
リリトヴェールとアランとニコルは、ニコルの母親や兄弟たちに見送られて、ドワーフの里を出た。
少し寂しげだったニコルも、しばらく経てばいつもの明るいニコルに戻っていた。
「それで? 魔王討伐が最終目標なのは分かっているけど、次はどこに向かうの?」
ニコルの隣を歩くリリトヴェールがそれに答えた。
「ユーナ岬とリスゴーの谷に行きたいんだ。勇者のオーブを探している」
すると、ニコルが喜んで言った。
「ユーナ岬はリゾート地だよね! あたいも行ったことないから楽しみだよ!」
「そういえば、ルグラン王国に入ってからは情報収集できてなかった。ニコルが知っていて助かったよ。リスゴーの谷は知っている?」
ニコルは首を横に振った。
「それは知らない。ルグランではないと思うよ」
「そしたらアニェス聖国かな。あまりあの国には行きたくなかったけど……」
ニコルとアランは不思議そうにリリトヴェールを見て、アランが尋ねた。
「どうして行きたくないの?」
「アニェス聖国は女神信仰が特に根強いからね」
――そのせいで魔族に対する風当たりが強いから、苦手なんだよね……。って、私はどこまでアランと旅する気でいるんだ! ニコルも入ったし、慣れた頃にさっさと離脱しよう。
そう考えたら少し寂しい気がして、リリトヴェールは首を横に振った。
アランは心配そうに尋ねる。
「どうしたの? リリー」
リリトヴェールは、はっとしてアランに笑いかけた。
「なんでもないよ」
その夜は街道沿いの宿屋で一泊して、翌朝、宿屋を出ようとしたときだった。女将さんが心配そうに尋ねてきた。
「お客さんたち、そこの街道を行くのかい?」
支払いをしていたリリトヴェールは顔を上げた。
「そうだけど……。なんで?」
「最近、不思議なことが続いていてね……。仲間割れをして、怪我をする冒険者たちが多いんだよ」
「仲間割れ? きっかけは何なの?」
「それが、きっかけとなるのはだいたいパーティのうちのひとりの男性冒険者なんだけど、本人はみんな口をそろえて『急に意識が遠くなって、気がついたら仲間と斬り合っていた』ってよく分からないことを言う始末で……」
それを聞いたリリトヴェールは少し考えてから言った。
「なんだか魅了の魔法の影響っぽいな」
アランは首を傾げて尋ねた。
「みりょうの魔法ってなに?」
「人を惹きつけて操る魔法だよ」
アランとニコルは良く分かっていないような顔で頷いた。
リリトヴェールは女将さんに言った。
「情報をありがとう。気をつけるよ」
宿屋を出て、街道を歩きはじめたリリトヴェールは、二人に声をかける。
「とりあえず、用心するに越したことはない。気を引き締めていくよ」
アランとニコルはそれに頷いて答えた。
しばらく歩いていると正面に仲違いしているのか冒険者同士で剣を交えている男性二人と、遠巻きに困った様子でその二人を見ている女性魔法使いがいた。
剣のぶつかり合う音がリリトヴェールたちの元へと聞こえてくる。
リリトヴェールは女性に声をかけた。
「ちょっと一体どうしたの? まさか仲間割れ?」
「それが、急にマークがヒューに斬りかかって……」
アランがマークとヒューを止めようとした。ヒューは視線だけアランにやったが、マークは見向きもしないでヒューを攻撃している。
リリトヴェールは杖を構えて、呪文を唱えた。
「サンダーボルト!」
マークとヒューに雷が直撃し、二人はその場に尻もちをついた。
アランがそれを見て、口元に手をやり、言った。
「うわぁ……。かわいそう……」
リリトヴェールはアランの横に立ち、杖を下ろして言った。
「魅了の魔法は強い衝撃を与えると治ることがある。一番は解呪の呪文で解くことだけど、この中に解呪の呪文を使える人はいないからね。ちゃんと手加減はしたから安心して」
マークが頭に手をやり、言った。
「なんだ? 何が起こったんだ?」
ヒューはとぼけた様子のマークを怒鳴った。
「なんだとはなんだ! 急に斬りかかってきやがって!」
マークはどこかぼぉっとした顔をヒューに向けて尋ねた。
「俺がお前に斬りかかった? いてて、全く記憶にねぇ」
ヒューがマークに殴りかかろうとしたのをリリトヴェールが間に入って止めた。
「多分、マークは魅了の魔法をかけられたんだ。早くここから離れて、二人ともけがの治療をした方がいい」
マークたちはリリトヴェールに言われた通りに去って行った。
それを見届けて、リリトヴェールは森の方に視線をやった。
「そこにいるんでしょう? 魅了の魔法をかけた張本人は」
森の影から現れたのは、甘い香りのするピンクのウェーブかかった髪で、妖艶な黒い服を着た女性だった。背中には小さな黒い羽が生えていて、僅かに浮いている。
「もう! 邪魔しないでよ。せっかく楽しんでいたのに。――わたしは魔王軍幹部がひとり色欲のエヴァリーヌ。そこのお前、勇者だろう」
エヴァリーヌが艶美な笑みを浮かべたのを見て、リリトヴェールは慌ててアランに声をかけた。
「しまった! 魅了の魔法だ。アラン、エヴァリーヌを見るな!」
しかし、アランはしっかりとエヴァリーヌを見ていた。アランはゆっくりとリリトヴェールに近づいてくる。リリトヴェールは警戒して杖を構えた。
「ねぇ、あの人、寒くないのかな?」
そうアランはリリトヴェールに耳打ちした。
リリトヴェールは「はぁ?」と間抜けな声を出した。
「だから、こんなに寒いのに、あんな薄着で寒くないのかな?」
「いや、そうじゃなくて、エヴァリーヌを見た感想はそれだけ?」
リリトヴェールの問いに、アランは不思議そうに首を傾げる。
「あとは、風邪ひかないかな? って思った」
そのやり取りと見ていたニコルは盾を構えたままぷっと噴き出し、エヴァリーヌは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。
「寒いわよ! でも、これがわたしの戦闘着なの!」
エヴァリーヌは戦意を喪失したらしく、どこからかコートを取り出して羽織った。
「たく。まぁいいわ。魔王様からは勇者を殺すなって言われているし」
アランは首を傾げて尋ねた。
「魔王が? 俺を殺すなって?」
「そうよ。魔王城であなたを跪かせるんですって。超がつくほどの穏健派の魔王様がそうおっしゃるなんて意外だったわ」
それを聞いたアランはぶるっと震えた。
「何それ、怖い!」
エヴァリーヌはその様子を見て、おかしそうにくすくすっと笑った。
「勇者ってどんなのものかと思っていたけど、魔王様の足元にも及ばなそう。まぁ、せいぜい頑張ってね!」
エヴァリーヌはそう言って飛んで行った。それをニコルは見上げて言った。
「とんだ嵐だったね」
リリトヴェールは同意して頷いた。
「本当に。こんなところで何をやっているんだか、あいつは……」
アランはリリーに泣きついた。
「俺、魔王の足元にも及ばないって! 跪かなきゃいけない?」
リリトヴェールは溜息を吐いてから、アランの背中をポンポンと撫でてやる。
「大丈夫だよ」
――私はアランに倒してもらって、魔王を引退するつもりでいるから。
それはリリトヴェールの心の中でそっと呟いた。




