第22話 魔王、ドワーフの里に行く
ドワーフの里はミューケルトから山を一つ越えたところにあり、山間にひっそりとドワーフたちは暮らしていた。
ニコルが里に入ると、ひとりの中年の女性が声をかけた。
「ニコルちゃん、今回も勝ったのかい?」
「負けちゃったよ。こいつに」
ニコルは顎をくいっとしてアランに目をやった。
それに女性は控えめに笑みを浮かべた。
「そうかい。残念だったね。それで、お母さんの調子はどうだい?」
「あんまりよくないね。アンはどう?」
「うちの子もなかなかよくならないね。咳がひどくてかわいそうだよ」
「お大事にね」
ニコルは女性に手を振りながら歩き出した。
「ニコルのお母さんもね」
女性も手を振り返し、去って行った。
リリトヴェールはニコルに尋ねた。
「具合が悪いのはニコルのお母さんだけじゃないの?」
「そうなんだ。咳が流行っているみたいで困っちゃうよ」
ニコルは一軒の小さな家の前で立ち止まり、ドアを開けると、五人の子供たちが部屋の奥から飛んできた。一人の男の子がニコルに抱きつきながら尋ねた。
「お帰り、おねぇ! 勝ったぁ?」
「負けたよ、こいつに」
ニコルはまたアランに視線をやると、アランは気まずそうに頭を掻いた。
男の子は目を丸くしてアランを見上げた。
「おにぃ、強いんだね! おねぇを倒すなんて、すげぇや」
子供たちはアランを取り囲んで、なにやら質問攻めにしていた。
ニコルは奥の部屋の扉を開けた。
「母さん、具合はどう?」
「ああ、ニコル。お帰り。けふけふ」
その咳にリリトヴェールとアランは顔を見合わせた。
リリトヴェールは開いているドアをノックした。
「失礼するよ。お母さんの様子、見てもいいかな?」
ニコルの母親はベッドから顔をこちらに向けた。頬はやせこけていて、顔色もよくない。
ニコルは頷いてから母親に説明した。
「闘技場で知り合った子。――リリー、病気に詳しいの?」
「ちょっとだけね。いつからこの調子なの?」
リリトヴェールはベッドの横に立ち、ニコルの母親の首元に触れる。熱があるようで、体温が高めだった。
ニコルの母親はリリトヴェールの問いに答えた。
「三か月くらい前かしら。けふけふ。咳がひどくて、つらいのよ。あと、熱ね」
「医者には診せた?」
ニコルは首を横に振った。
「この里に医者はいない。ミューケルトまで行かないといけないんだ」
リリトヴェールは顎に手をやった。
「たぶんケフケフだよ。感染症。アラン、森に行って雪の花を取ってきて。たくさん」
子供たちと戯れていたアランは顔を上げた。
「がってん!」
ニコルから籠を借りて、アランは家を飛び出した。
リリトヴェールはそれを見送り、ニコルを振り返った。
「ケフケフは薬を飲まないと治らないんだ。しかも、放っておくと大人でも死ぬことがある」
ニコルはビックリした顔をした。
「そうなの? 怖い病気だったんだ……」
「大丈夫。薬を飲めば治るよ。他にも同じ症状の人がいるんだよね? 感染症だから隔離した方がいい。どこか空き家はない?」
「あるよ」
「そこに患者を集めよう。これ以上、感染が広がったら大変だからね。手伝ってくれる?」
ニコルは頷いてから言った。
「それなら先に里長に声をかけよう」
リリトヴェールとニコルは里長の家に向かった。
事情を聞いた里長はリリトヴェールに感謝の意を示し、空き家を自由に使うことを許可してくれた。
空き家は随分と使っていなかったらしく、ほこりが凄かった。
リリトヴェールとニコルが箒で掃除をしていると、患者が運ばれてきて、リリトヴェールは上を指差す。
「二階に寝かせて」
総勢七名の患者が運ばれてきた。
掃除をニコルに任せて、リリトヴェールは患者の様子を見た。
――みんな、やっぱりケフケフだな。思ったより患者が少なくてよかった。
リリトヴェールが顔を上げ、一息ついた時だった。下からアランの声が聞こえた。
「ニコル、リリーは?」
「二階だよ」
リリトヴェールは部屋を出て、階段の上から声をかけた。
「アラン、雪の花はあった?」
アランは階段の下から顔を覗かせた。
「あったよ。たくさん摘んできた」
「でかした!」
リリトヴェールは階段を下りて、アランから雪の花を受け取り、キッチンに立った。
雪の花から根を切り取り、水で軽く泥を落とした。天日干しにするため、外に板を置き、そこに根を並べていく。
リリトヴェールが作業している横でニコルが尋ねた。
「これが薬になるの?」
「一週間くらい乾かせばね」
ニコルは納得したように頷き、リリトヴェールと並んで作業した。
一週間後。
リリトヴェールは根を粉状にしてからお湯に溶いて、患者たちに飲ませた。すると、ほとんどの患者は、翌日には顔色がよくなり、咳も落ち着いた。
長く患っていたニコルの母親はまだ咳が出ていたので、もう一度薬を飲ませた。
三日後には、全員が良くなり、もとの空き家になっていた。
リリトヴェールはアランと一緒に最後の患者を見送り、玄関の外で伸びをした。
「はぁ。まさか医者の真似事をする日が来るとは……」
すると、正面からニコルがやってきた。
「ありがとう。リリー、アラン。二人をこの里に連れてきてよかった」
アランはにっこりと笑った。
「お母さん、元気になってよかったね」
ニコルも笑顔で頷く。
リリトヴェールはニコルに尋ねた。
「お母さんの病気は治ったけど、ニコルの気持ちは変わらない? 私としては闘技場で戦っているニコルを見て、仲間にしたいと思ったんだ。誰でもいいわけじゃない」
ニコルはリリトヴェールの真っすぐな瞳を見て、やれやれと言った感じで言った。
「しかたがないな。里を救ってくれた恩もあるし、一緒に行ってあげるよ」
リリトヴェールは嬉しそうな笑みを浮かべて、手を差し出した。
「じゃあ、改めてよろしく。ニコル」
ニコルも笑みを浮かべてリリトヴェールの手を取った。
こうして勇者パーティーに仲間がひとり増えたのだった。




