第20話 魔王、遭難する②
リリトヴェールとアランはフィッツロイ山をさ迷い歩いていた。
アランの唇は青く、ガタガタと震えている。
リリトヴェールは腕を組んで首を傾げていた。
「どうしたものか。方角がさっぱりだ」
「なんだか眠くなってきたよ、リリー」
「寝るなよ、アラン。ちょっと飛んで、辺りを見てくるから」
リリトヴェールが手を翳すと箒が現れた。それに跨り、空に舞う。
辺りを見回すが、どこまでも木と雪ばかりで、何の情報も得られなかった。
「うーん。困ったな。あまり離れると、今度はアランとはぐれちゃうし……」
リリトヴェールは仕方なくアランの元に戻った。
「どうだった?」
「なーんにも。とりあえずあっちに進んでみるか」
「はぁ。大丈夫かなぁ」
しばらく二人が迷っていると、リリトヴェールがはっとした。
――なんだ? 生き物の気配がする。これは人か?
すると、低い木の合間からガサガサと音を立てて、六歳くらいの女の子が顔を出した。女の子は黒の髪と瞳をしていた。
リリトヴェールとアラン、女の子がそれぞれビックリした顔をしてから、女の子は顔を引っ込めた。
「おとんー! 人間がいるよ」
「なんだって?」
驚いた声と共に姿を現したのは大男で、頭には角が生え、顔には髭を蓄えていた。そして、手には小さな鹿の足を掴んで持っていた。
「あんたら、こんなところでどうしたんだ? 迷ったか?」
リリトヴェールは困った顔で頷いた。
「そうなんだ。この辺りに休める場所はない?」
「オレの村がある。寄っていけ。そっちの男の子は真っ青で死にそうな顔してるぞ」
そう言って、大男は少女の手を取り、踵を返した。
リリトヴェールは大男に尋ねた。
「こんな山奥に村があるの?」
「ああ。人間と魔族、半魔が暮らしている村がある。まぁ、訳ありばっかりが寄り集まった村だな」
今度はアランが首を傾げながら尋ねた。
「ハンマ?」
「人間と魔族のハーフだ。オレがそうだな。この子は半魔と人間の間の子だ。おっと、名乗ってなかったな。オレはゴードン。この子はエリーだ」
「私はリリー。助けてくれてありがとう、ゴードン」
「俺はアラン!」
しばらくゴードンについて行くと、山間に村が現れた。小さな村で、木造の家が数えるほどしかない。村は昨日の吹雪ですっぽりと雪に埋もれていた。
人と鳥の姿をした魔族が雪かきを片手に話しているそばをリリトヴェールたちは通り過ぎた。
一軒の家の前でゴードンは立ち止まり、ドアを開けた。
「帰ったぞ」
「お帰りなさい。早かったのね」
家の奥から現れたのはエリーにそっくりな奥さんだった。
ゴードンは手に持っていた小鹿を奥さんに手渡した。
「遭難していた冒険者も連れてきた。キャサリン、なにか温かいものないか?」
キャサリンは小鹿を受け取り、ゴードンの後ろにいるリリトヴェールとアランに視線を向けた。
「あら、大変だったわね。中にお入りなさい。温かいお茶を大急ぎでいれてあげる」
リリトヴェールとアランはお礼を言って、中に入った。
リビングには暖炉があり、その前にアランは座った。
「はぁぁ。生き返るぅ」
リリトヴェールは勧められたダイニングテーブルの椅子に腰かけた。
正面にゴードンが座り、尋ねた。
「どのくらい遭難していたんだ?」
「遭難したのは今朝からだよ」
「昨日の吹雪は凄かったから、それで方向を見失ったんだな」
リリトヴェールは苦笑しながら頷いた。
キャサリンはリリトヴェールにマグカップを手渡した。
リリトヴェールは受け取り、一口飲んだ。
「ありがとう。美味しいよ」
キャサリンは暖炉の前にいるアランにもマグカップを渡した。ゴードンはそれを眺めながら尋ねた。
「それで、どこを目指しているんだ?」
「ユーナ岬かリスゴーの谷に行きたいんだけど、場所が分からないんだ」
ゴードンは首を傾げた。
「悪いな。オレは村の周辺しか分からないんだ」
「そうだよね。とりあえず下山したいんだけど……」
「ここからだと、ルグラン王国が近いな。一日歩けば着けるぞ。それでよければ、明日、道案内してやろう」
リリトヴェールは驚いたように目を見開いた。
「いいの? 一日もかかるんでしょう?」
ゴードンは笑みを浮かべて頷いた。
「ちょうど町で買いたいものもあったからな。ついでだ」
アランはゴードンを振り返り、お礼を言った。
「ありがとう。――これで迷子からは卒業だね、リリー」
「そうだね。助かるよ、ゴードン」
夕食に鹿肉のシチューとパンをごちそうになった。
今晩はゴードンの家のリビングに泊めてもらうことになった。
「すまないな。部屋を用意してやれなくて」
リリトヴェールは暖炉の前に敷いた毛布に座り、首を横に振った。
「屋根があって、暖かいところで寝かせてもらえるだけありがたいよ」
夜の挨拶を済ませ、リリトヴェールは毛布にくるまって横になった。
アランがご機嫌な様子でリリトヴェールに顔を向ける。
「暖かいっていいね」
「そうだね」
久しぶりに二人はぬくぬくとした寝床で休息をとることができた。
翌朝。
リリトヴェールとアランは、キャサリンとエリーに別れを告げて、ゴードンと共に下山をはじめた。
村から出るとすぐにゴードンは脇道に逸れ、リリトヴェールが不思議そうに尋ねる。
「あっちの道じゃないの?」
「あっちの道の方が近道なんだが、先日の雪崩で道が塞がっちまったんだ。遠回りだが、こっちの道を行くしかない」
リリトヴェールは納得してゴードンについて行った。それから、ずっと気になっていたことを聞いた。
「聞いてもいいかな? 人間、魔族、半魔、それぞれ違う種族同士で暮らしていて諍いとかないの?」
ゴードンはふっと笑って答えた。
「それはあるさ。でも、それは同じ種族同士で暮らしていても、喧嘩や諍いはあるものだろう?」
リリトヴェールはそれを聞いてはっとした。
――そうか。種族が違うから諍いが起きるのではなくて、考え方は人それぞれだから諍いが起きるのか。
ゴードンは続けた。
「あの村にいる奴らは、半端者ばかりだからな。あの村以外では生きていけない。それもあるから協力して生きていくしかないんだ」
――協力して生きていく……か。あの村は私が理想としている人類と魔族とのあり方を体現しているんだな。そういう村があることを知れてよかった。
「いい村だね」
ゴードンはにっと笑った。
「個性の強い奴ばかりだけどな」
夜になる前に三人は下山し、近くの町に辿り着いた。
町に入る前にゴードンは帽子を被り、角を隠した。
「人ってやつは自分と違う姿の奴に敏感だからな。いらない諍いを避けるためだ」
帽子を被ったゴードンは誰から見ても人間だった。
宿屋の部屋に入るなり、アランはベッドにダイブした。
「お久しぶり! ベッド!」
それを見て、リリトヴェールは呆れた顔をして、ゴードンは笑った。
翌朝。
リリトヴェールとアランは、宿屋の前でゴードンと別れることになった。
「そうだ。ミューケルトに寄るといい。冬季武闘大会がそろそろあるはずだ。おもしろいものが見られるぞ」
「ありがとう。寄ってみるよ」
リリトヴェールとアランはゴードンに手を振り、お互い反対方向に向かって歩き出した。
――武闘大会か。ちょうどいい。私は魔王城に戻らないといけないし、そろそろアランの仲間を見つけないと……。
リリトヴェールとアランは、ミューケルトの街を目指して歩きはじめた。




