第18話 魔王、温泉に入りたい
勇者のオーブがあるというフィッツロイ山の麓の町で、リリトヴェールとアランは一泊することにした。
町は昔ながらの木造の建物が立ち並び、ノスタルジックな雰囲気が漂っている。観光地のようで宿屋が多くあった。
アランが辺りをきょろきょろとしながら言った。
「なんか匂いがする」
リリトヴェールも鼻をくんくんとさせた。
「硫黄の匂いだね。せっかくだから温泉のある宿にしよう。今日は奮発だ」
「わぁーい。リリーが珍しいね」
「温泉っていうのに入ってみたいと思っていたんだよ。すごくいいものらしい」
リリトヴェールは町の中でも立派な宿屋の扉を開け、カウンターにいる女将さんに声をかけた。
「二人なんだけど、泊まれる?」
女将さんは困った顔で二人を見た。
「お客さん、申し訳ないんだけど、温泉が出なくなってしまってね。今、緊急でギルドに依頼をかけてはいるけど……。そういう訳で、部屋だけなら用意できるよ」
それを聞いたリリトヴェールはショックを受けた。
「温泉に入れない……? 他の宿も?」
女将さんは申し訳なさそうに頷いた。
リリトヴェールはアランを振り返った。
「ギルドに行って詳細を聞いてこよう。私は温泉に入りたい!」
「まぁ、いいけど。温泉ってそんなにいいものなの?」
先を行くリリトヴェールの後をアランは首を横に傾げながらついて行った。
冒険者ギルトについた二人は、受付の女性に依頼内容を聞いた。
「今日の昼前ごろから温泉が出なくなり、恐らく裏山の源泉に原因があるのではないかと思っています。様子を見てきていただき、原因の排除までが依頼内容です。原因にもよりますが、小銀貨四枚からになります」
リリトヴェールは二人の冒険者カードを女性に見せて言った。
「Bランク二人でその依頼受けるよ」
女性は両手を合わせて感謝した。
「助かります! この町は温泉を売りにした観光地なので、温泉が出なくなって、みなさん困っていたんです」
二人は冒険者ギルドを出て、さっそく裏山に向かった。
人の手が入った比較的歩きやすい山で、二人はハイキング気分で上って行く。
時折、動物や魔獣に行き会ったが、襲ってくることはなかった。
女性から聞いた源泉の場所の近くまで来た時、リリトヴェールは気配を察知して言った。
「なにかいるね。油断しないでね、アラン」
アランは神妙に頷いた。
広場に出ると、そこには大きいスライムが湧き出る源泉をふさいでいた。もくもくとした白い湯気の中で、気持ちよさそうにしている。
それを見たリリトヴェールは思わず微笑んだ。
「ビッグスライムだ。温泉に入っている。かわいい」
「どうする? 退治する?」
「ビッグスライムは魔獣だけど、温和な性格だし、ここ山だし、逃がしてやりたいよね」
リリトヴェールはビッグスライムの前に座り、指をちょいちょいとした。
「ルールルルー」
「……リリー、なにしているの?」
「いや、猫みたいにつられてこないかなって思って。ほーら、こっちにおいで」
「そんなわけ……」
アランがないと言おうとすると、ビッグスライムはリリトヴェールの方に跳ねてやってきた。
リリトヴェールは優しく撫でてやり語りかけた。
「こんなところにいると、他の冒険者に退治されちゃうよ。もっと山の上の方にお行き」
するとビッグスライムは跳ねながら山の上の方に消えて行った。
アランは呆然とそれを見送る。
「……ビッグスライムって言葉が分かるんだね」
「私の優しい気持ちが伝わったんだ。これで一件落着だね」
リリトヴェールは源泉が回復したのを見て、満足げに言った。
冒険者ギルドで事の顛末を話し、依頼料をもらった後、宿屋に戻った。
女将さんは温泉が回復したことを感謝し、喜んでいた。
「さっそく解決してくれたんだね、ありがとう! 今日の宿代はお礼にタダにしてあげる。ゆっくり羽を伸ばしてちょうだい」
女将さんは二人を畳のいい匂いがする部屋に案内してくれた。
リリトヴェールはさっそく部屋に用意されていた浴衣を手に取り、アランに言った。
「私は温泉に入ってくるよ!」
るんるんでリリトヴェールは温泉に向かった。
温泉は露天風呂で、空には星が煌めいている。
リリトヴェールは体を流した後、温泉に浸かった。お湯はちょうどよく、頬を撫でる風は冷たい。
「うーん。これはいい……。一仕事した後だから余計にいいね」
そうひとり呟き、温泉を堪能した。
長風呂したリリトヴェールは、火照る体に浴衣を纏い、部屋に戻った。
部屋にはすでに浴衣を着たアランが戻ってきていて、アランも満足げだ。
「温泉、すっごくよかったね」
「すごくよかった。しばらくここにいたいくらい」
「俺はそれでもいいけど」
そんな話をしていると、部屋の扉がノックされた。
アランが扉を開けると、そこには女性がいた。
「お食事のご用意ができました」
そう言って、部屋に料理を運び込んでくれた。
茶碗蒸し、川魚の塩焼き、牛肉の鍋、果物の盛り合わせが机に並んでいく。
二人はそれを味わいながらゆっくりと食事をとった。
食事が終わり、リリトヴェールは外の空気を吸いたくなって、窓を開けた。
すると、宿屋の裏側に川があるらしく、せせらぎが聞こえてくる。
「たまにはこうやってゆっくりするのもいいね」
アランは布団に横たわりながら頷いた。
二人はこの後の惨劇をまだ知らずに、優雅なひと時を堪能していた。




