第14話 魔王、苦戦する
リリトヴェールとアランはデランジェ―ル王国の国境を越え、はじめての町に立ち寄った。
町の様子を見たアランがふと呟いた。
「なんか雰囲気が重くない?」
人通りは少なく、町は息を潜めているようだった。
リリトヴェールは辺りを見回してから気がついた。
「子供が全くいないね」
それを聞いていた中年の男性が二人に声をかけた。
「知らないのかい? 最近デランジェ―ルの王都の方で子供を誘拐する事件が起きているんだよ。ちょうどお嬢ちゃんくらいの女の子ばかりが誘拐されているらしい。それでみんな子供を外に出していないんだよ。二人は冒険者みたいだけど、気をつけなよ」
そう言って男性は去って行った。
リリトヴェールは隣にいるアランに尋ねた。
「もし私が誘拐されたら、アランは助けに来てくれる?」
アランは笑いながら言った。
「もちろんだよ。まぁ、リリーのことを誘拐できる奴がいるかどうかは疑問だけど」
リリトヴェールはむっとした顔で尋ねた。
「どういう意味?」
「だって、リリーは強いじゃない。誘拐犯を返り討ちにしそう」
少し機嫌が悪くなったリリトヴェールに、アランはやっと気がつき取り繕った。
「あ、でも、リリーも女の子だからね。気をつけるに越したことはないよね!」
リリトヴェールは「ふん」とそっぽを向いてしまった。
アランは慌てて話題を変えようと辺りを見回して、指を差した。
「あ! この町、冒険者ギルドの支部があるよ! 魔石の換金しておこうよ、ね? リリー」
「そうだね」
機嫌の悪いリリトヴェールを連れて、アランは冒険者ギルドの支部の扉を潜った。
支部ではレベル測定の魔道具は置いていないが、魔石の換金や依頼の受付をしてくれる。
アランは受付で魔石を換金し、リリトヴェールはその間、依頼の掲示板の前で物色していた。
用事を済ませたアランはリリトヴェールの隣に立った。
「依頼受ける? お金もうない?」
「お金はまだ余裕あるけど、稼げるときに稼いでおいた方がいい。旅の最中に何があるか分からないしね」
すると、受付の女性が声をかけてきた。
「まだ掲示板には載せていないのですが、緊急の依頼がありまして……。町の近くの沼に魔獣が住み着いて、困っているんです。その、匂いがすごくて……。小銀貨一枚で依頼予定なのですが、やっていただけませんか?」
それを聞いたリリトヴェールは驚いて聞き返した。
「小銀貨一枚って、そんなに強い魔獣なの? 私たちCランクなんだけど、Bランク以上の依頼じゃない? それでも高いけど。やばい匂いしかしない」
「森は採取場なので、あまり長い時間封鎖できなくて急いでいるんです。一応Cランク以上が依頼対象の予定なのですが、まだあまり情報がなくて。場合によってはBランク以上に引き上げの可能性もあります。危険度が未知数なので、お断りいただいても構いません」
リリトヴェールは首を横に振った。
「やるよ! その依頼、引き受けます!」
二人がさっそく魔獣の生息地を目指して森に入った途端、アランが顔を顰めた。
「なにこの匂い……」
リリトヴェールも鼻と口を押えた。
「すごい甘い匂いがするね。それに魔力も感じる。あまり吸わない方がいい」
「無理だよ。息しないと死んじゃう。なんだか体の力が抜ける感じがするよ……」
「おそらく呪いだよ。攻撃力を下げられている」
それを聞いたアランが嫌そうな顔をして、リリトヴェールに尋ねた。
「げぇ。近い?」
「もう少し先にいるみたいだ」
二人は口元を抑えながら先へ進んだ。
しばらく行くと、魔獣の生息地と思われる沼に辿り着き、アランは辺りを見回しながら言った。
「魔獣、いないね……」
しかし、リリトヴェールは警戒を解かずにアランに注意した。
「油断しないで、アラン。近くにいるのは間違いないよ」
すると、沼が轟くと同時にピンクの花の魔獣が飛び出してきて、その勢いで巻きあがった泥と水で二人はずぶ濡れになりながら魔獣を見上げた。
それは三メートルはあろうかという巨体だった。
魔獣が現れた途端、辺りの甘い匂いは更にきつくなり、アランの顔色が悪くなる。
「おっきくない? それに匂いがきつすぎて、気持ち悪いよ……」
リリトヴェールも呆気にとられながら頷いた。
「マジックフラワーだね。とりあえず、やるしかないよ」
アランは勇者の剣を抜き、マジックフラワーに向かって駆けだした。
沼は浅いようだが底の泥に足を取られて動きづらいうえに、呪いによってアランの強みであるスピード感が損なわれていた。
突然沼から蔦が飛び出してきて、アランは咄嗟にそれを斬った。
蔦は簡単に斬れたが、すぐに回復し、元に戻った。
それと同時に大量の蔦がにょろにょろと沼から出てきて、アランは後方にいるリリトヴェールに叫んだ。
「なにこれ、気持ち悪い! 斬っても、斬っても伸びてくるよ!」
「ピンクの大きな花が本体だ! そっちをやらないと倒せないよ!」
アランは襲ってくる蔦を盾で防御しながら応戦していた。
「無理だよ。蔦が多すぎて近づけない」
リリトヴェールは杖を構えた。
――接近戦は難しいな。私がやるしかない。
「サンダーボルト!」
雷がマジックフラワーの頭上に降り注ぐが、蔦が本体を守るように覆いかぶさり、蔦が何本か焦げただけだった。
リリトヴェールは対応策がないか考えはじめた。
――どうしたらいい? あの蔦を掻い潜ってマジックフラワーの本体に当てないと。スピードが速い魔法か……。なにかあるかな。
「リリー、危ない!」
リリトヴェールがはっとするのと同時に、右側から蔦が襲ってきた。
リリトヴェールは衝撃に備えると、アランが飛び出してきて、蔦はアランに当たった。
アランは左側に跳ね飛ばされてその場に横たわり、リリトヴェールは慌てて側に駆け寄った。
「アラン、大丈夫? すまない、考え事をしていた」
アランは仰向けになってへらっと笑った。
「俺は大丈夫だよ。リリーは怪我しなかった?」
リリトヴェールは頷いて、アランにヒールの魔法をかけた。
アランは起き上がり、座ったままマジックフラワーを見据えた。
「強いね」
リリトヴェールはアランの腕を掴んだ。
「一旦引こう。作戦を練り直す」
アランはリリトヴェールを見た。
「逃げるの?」
「馬鹿を言うな。戦略的撤退と言え。逃げると言うのは、諦めることだよ。アラン」
そう言ってリリトヴェールは踵を返して走り出した。
アランは苦笑しながら後を追う。
「物は言いようだなぁ」
魔獣がいる沼から少し距離をとって、二人は向かい合うようにして座っていた。
リリトヴェールは腕を組みながら言った。
「あの魔獣、見た目よりすばしっこいね」
「どうする? 受付のお姉さんも情報が少なくて、Bランク以上に引き上げる可能性もあると言っていた。一度報告に戻る?」
リリトヴェールは首を横に振った。
「小銀貨一枚の依頼だよ。Bランクに引き上げられたら、私たちは受けられなくなる」
アランは困ったような顔で尋ねた。
「でも、リリーの魔法でもマジックフラワーは倒せなかったよ」
リリトヴェールは天を仰ぎ、呟いた。
「あの蔦が守るよりも早く攻撃を本体に当てられれば、やっつけられると思うんだよ。あいつは防御はすごいけど、本体はそんなに強くなさそうだし……」
アランは弓を引く動作をしながら言った。
「弓とか使えればいいのにね」
リリトヴェールは閃いた顔で、アランに言った。
「それだよ、アラン! いけるかもしれない!」
アランは首を傾げた。
「どういうこと?」
リリトヴェールは意気揚々と立ち上がった。
「まぁ、見ていなって。アランはさっきみたく、蔦の攻撃を引き受けてね」
アランは納得しない顔のまま立ち上がった。
「まぁ、リリーが言うなら、再挑戦してもいいけど……」
二人は沼に戻り、マジックフラワーと向かい合った。
アランは沼に入り、リリトヴェールに言われた通りに蔦を引きつけながら戦っている。
リリトヴェールは深呼吸をして、杖を構えた。
「サンダーアロー」
リリトヴェールの杖の先から金色の矢が飛び出し、蔦がピンクの花を守る前に、矢は花の中心を貫いた。
感電したようにマジックフラワーは痙攣し、その場に倒れて魔石に変わると、甘い匂いが薄まっていき、消えた。
アランはリリトヴェールを振り返った。
「リリー、今の魔法すごいよ!」
リリトヴェールは満足げな顔で答えた。
「アランの弓の案で閃いたんだ。新しい魔法だよ」
アランはリリトヴェールに駆け寄り、手を掴んだ。
「すごい、すごい! さすがリリー」
アランに褒められたリリトヴェールは得意げな様子だ。
「さぁ、魔石を拾って、町に戻ろう」
アランは沼に入り、魔石を拾った。
「おお。結構大きい」
濡れた魔石は太陽の光を受けて、きらきらと輝いていた。
二人は冒険者ギルドの支店に戻り、受付で依頼の完了を告げた。
魔石を見た受付の女性は驚いたように言った。
「この魔石の大きさだと、B級の魔獣ですね。Cランクのお二人だけで倒したなんてすごいです! 最近、冒険者カードの更新はしていますか?」
リリトヴェールは首を横に振った。
「そういえば、ダンジョンに潜る前に測定したきりだったね」
女性はにっこりと笑った。
「もしかしたらBランクに上がっているかもしれません。ぜひ更新してみてくださいね。受けられる依頼内容も変わりますから」
リリトヴェールは頷いた。
「デランジェ―ルの王都に着いたら更新するか」
それを聞いた女性の顔色が曇った。
「王都に行かれるご予定なんですね。最近王都の方は物騒なのでお気をつけて」
リリトヴェールは尋ねた。
「子供がさらわれている事件のこと?」
女性は頷いた。
「先日も騎士団の方が警戒にいらっしゃいました。まだ犯人の目星がついていないようです」
「そうなんだ。気をつけるよ」
女性は今回の報酬を支払った後、手を振って二人を見送った。
二人は冒険者ギルドの支店を出て、宿屋を探しに町の繁華街を歩いた。
すでに空には一番星が煌めいている。
「遅くなったね。早めに宿屋を探さないと」
そう言ったリリトヴェールの手をアランは握った。
アランは不思議そうにしているリリトヴェールに少し照れくさそうにしながら言った。
「リリーが誘拐されたら大変だから」
リリトヴェールはくすりと笑って、アランの手を握り返した。
「アランの手はあったかいね」
「そう? リリーの手が冷たいんだよ。早く宿屋に入ろう」
二人は夜の帳が下りはじめた町を仲睦まじく歩いて行った。




