第12話 魔王、葛藤する
リリトヴェールとアランが森の合間の道を歩いていた時だった。
リリトヴェールがぴたりと立ち止まり、気配を探っているようだ。
こういう時のリリトヴェールの危機察知能力は優秀で、アランは息を潜めてリリトヴェールの動向を伺った。
リリトヴェールが独り言のように呟いた。
「この先で魔力の気配がする。それも大勢だ。村が襲われているのかも」
アランは腰の勇者の剣に手を添えた。
「近い?」
「いや、まだ距離はある。行ってみよう」
リリトヴェールとアランは歩みを速めて道を進んで行くと、焦げた匂いや血の匂いが漂ってきた。
二人は無言で先を急いだ。
ひとつの村に行きつくと、そこではオークと村人が戦っていた。
所々から火が出ていて、怪我をして倒れている人やオークの姿もあった。
どうやらオークが村を襲い、村人が応戦しているようだ。
アランは剣を抜き、村人に加勢した。
リリトヴェールは呆然とその場に立ち尽くしていた。
――なぜオークが人の村を襲っている? オークは私の……『魔王派』のはずだ。私の命令が正しく伝わっていないというのか?
リリトヴェールは杖を両手で掴み、相手を罵る声や呻き声を聞いていた。
――私はどうしたらいい? オークは私の眷属だ。殺したくない。だが、どう見ても、被害者は村人たちだ。どうにかこの戦いを止めなければ……!
リリトヴェールは踵を返し、一度村を出て走った。
村の反対側まで来て、木々の合間から村の様子を見ると、オークのリーダーと思われる個体を見つけた。
リリトヴェールは、リリーの姿から魔王リリトヴェールの姿に戻った。
――オークを止めるにはこれしかない……!
リリトヴェールは黒い髪を揺らし、村に足を踏み入れた。
突然村に現れた黒髪の女性に幾人かが気がつき、場にそぐわない女性に訝しげな視線を送る。
アランもそのうちの一人で、オークとやり合いながら横目で女性を確認した。
リリトヴェールに気がついたオークのリーダーがはっとして、跪いた。
「魔王、リリトヴェール様!」
その声が村中に響くと、騒がしかった辺りが水を打ったようにしんと静まり返り、リリトヴェールに視線が集まる。
「魔王だと?」
「なんでこんなところに……。もう終わりだ……」
村人たちはさらなる脅威の出現に絶望の色が隠せなかった。
リリトヴェールは言った。
「跪け」
オークたちはその場に一斉にひれ伏した。
リリトヴェールはそれを満足げに見渡してから、今度は赤い瞳をオークのリーダーに向けた。
「なぜお前たちは村を襲っている? 私がそう命じたか?」
オークのリーダーは跪いたままリリトヴェールの放つ怒りの気配に震えていた。
「私は尋ねている。答えよ」
オークのリーダーは震える声で言った。
「この村は勇者のオーブを持っている。リリトヴェール様によくない者たち。俺たち、リリトヴェール様、守りたかった」
「私はそれを望んでいない。どうするべきか分かるな」
オークのリーダーは立ち上がり、同族たちを振り返った。
「引くぞ」
その声にオークたちは、一斉に森へと去って行った。
それをリリトヴェールは見届け、今度は村人たちに視線を向けた。
村人たちは怯えた目でリリトヴェールを見ている。
その中にいるアランと目が合った。
アランはまっすぐにリリトヴェールに視線を向け、剣の構えを解かなかった。
――アランの奴、意外と肝が据わっているじゃないか。
リリトヴェールは口元にわずかに笑みを浮かべた。
「勇者アラン。魔王城で相まみえることを楽しみにしているよ」
そう言って、リリトヴェールはその場から消えた。
村人たちは緊張の糸が切れ、生き残ったことを喜んで抱き合ったり、その場にへたり込む者もいた。
アランは大きく息を吐いて、その場に座った。
それからやっとリリトヴェールがいないことに気がつき、辺りを見回していると、リリーの姿に戻ったリリトヴェールがアランの側に立った。
リリトヴェールは杖を翳し、呪文を唱えた。
「エリアヒール」
緑の光が杖の先から溢れ、村中に広がり、怪我をした人たちを癒した。
それは魔王であるリリトヴェールなりの償いだった。
そこへ二十代前半くらいの男性が声をかけてきた。
「勇者様ですね。この度はご助勢、感謝します。それに、あなたも。回復魔法をかけていただき、助かりました。村長のところまでご案内します」
アランは立ち上がり、リリトヴェールと二人で男性の後に続いた。
村の一角にある家に入ると、そこには老人や子供たちが避難していた。
その中のひとりが村長らしく、白髪まじりの男性とリリトヴェールたちを連れてきた男性が少し話をした後、白髪交じりの男性が恭しく頭を下げた。
「勇者殿。ようこそ、スーラへ。ここは勇者のオーブを代々守っている村です。さぁさ、奥で話しましょう」
奥の部屋に通されたリリトヴェールとアランは、促されるまま椅子に座った。
村長は小さな宝箱を取り出し、アランに渡した。
アランはそれを受け取って開けると、中には茶色の小さな宝玉が入っていた。
村長はアランの正面の椅子に座り、勇者の剣を指差した。
「勇者の剣のガードのところに窪みが四つあるでしょう。嵌めてごらんなさい」
アランは言われた通り、茶色の宝玉を嵌めこんだ。
すると、勇者の剣は白く光り輝いた。
「宝玉はあと三つございます。フィッツロイ山、ユーナ岬、リスゴーの谷。それらを巡り、勇者の剣を強くなさい」
アランは頷いた。
その横ではリリトヴェールは勇者の剣を見ていた。
――茶色の宝玉を嵌めこんだら、嫌な感じが増した。これが私を倒す剣だから……?
アランは心配そうにリリトヴェールの顔を覗き込んだ。
「リリー、大丈夫? 顔色が悪いよ」
リリトヴェールは、はっとして、アランの顔を見た。
「ああ、大丈夫。ちょっと疲れただけ」
村長は立ち上がりながら言った。
「今日はお泊りください。この部屋は自由に使っていただいて構いません」
リリトヴェールとアランはお礼を言って、そうさせてもらうことにした。
部屋に二人になった途端、アランの手が震えはじめた。
「はは。今更震えてきた」
リリトヴェールは震えるアランの手にそっと自分の手を重ねた。
「今日のアランは立派だったよ」
アランはへらっと笑った。
「ありがとう、リリー。でも結局、場を収めたのは魔王だったね。なんだろう。そんなに悪そうな人には見えなかったな……。なんで魔王を倒さないといけないんだろう」
リリトヴェールはアランの言葉に意表を突かれた。
「なんでって……。人類と魔族はずっと敵対関係で、人類は魔族を憎んでいるでしょう?」
アランは首を傾げた。
「はるか昔に人類と魔族が戦争をしていたのは知っているけど、昔の話でしょう。最近は大きな諍いはないし、俺は魔族に恨みは持っていない。仲良くできたらいいのに」
リリトヴェールは、それを聞いてはっとした。
――そうか。人類の寿命は長くても八十年くらいだっけ。人類と魔族の戦争は、私たち魔族にとってはつい最近の出来事だと思っていても、人類にとっては何世代も前の話なのか……。
考え込んだリリトヴェールにアランは尋ねた。
「どうしたの? リリー、やっぱりちょっと様子がおかしいよ」
「いや。アランの言葉に考えさせられただけだ」
そう言って、リリトヴェールは黙ってしまった。
二人が夕食を食べていると、リリトヴェールは途中で席を立った。
アランは鶏肉のソテーを頬張りながら尋ねた。
「どこ行くの? まだ残っているよ」
「ちょっとお腹が空かなくて。外の空気を吸ってくる」
心配そうに見つめるアランを置いて、リリトヴェールは外に出た。
外はすでに暗くなっていて、冷たい風がリリトヴェールの頬を撫でた。
――アランが言っていた。人類と魔族が仲良くできたらいいのに、か。
魔族にも親人類派の勢力が数は少ないがある。
しかし、戦争推進派が圧倒的に多い。
リリトヴェールが魔王になって二百年余り、その戦争推進派を抑えることで手一杯だった。
人類と魔族の歴史は、リリトヴェールが生まれるずっと前から相反していて、その溝を埋めることは容易くない。
それをリリトヴェールは身をもって知っていた。
リリトヴェールはその場に座り込み、自分を抱きしめた。
「私もそう思うよ。アラン……」
そこへリリトヴェールを呼ぶアランの声がした。
「リリー、どうしたの? やっぱり具合悪い?」
アランが心配そうに駆け寄り、リリトヴェールの顔を覗き込む。
リリトヴェールは弱々しく笑った。
「大丈夫。寒かっただけ」
そう言ってリリトヴェールは立ち上がり、村長の家に戻ろうと踵を返した。
それを止めるようにアランはリリトヴェールの手を取った。
「俺、頼りないかもしれないけど、リリーが辛い時とか悲しい時に頼ってもらえるように、もっと頑張るよ。だから、ひとりで抱え込まないで」
リリトヴェールは振り返り、アランの茶色の瞳を見つめた。
それからアランに近づき、肩に額を寄せた。
「それじゃあ、少しだけ」
アランはリリトヴェールの背中をぽんぽんと優しく叩いた。
二人はしばらくそうしたあと、手を繋いで村長の家に戻って行った。
翌日の朝。
「アラン、いつまで寝ている! 早く起きろ」
リリトヴェールがアランの布団を剥ぐと、アランは目を擦り、わずかに目を開けた。
「もうちょっと寝かせてください。お願いします……」
アランが丸くなって二度寝を決め込もうとしたのをリリトヴェールは許さなかった。
「だめだ! 起きろ! 朝ごはん、もう用意してくれているんだから。冷める前に食べるのが礼儀だろう」
「ふぇい」
「変な返事をするな!」
アランは頭を掻きながらベッドに座った。
「いつものリリーだ……」
アランはほっとしたような、少し寂しいようなそんな気がした。




