表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きでした、婚約破棄を受け入れます  作者: たぬきち25番
第九章 幸福の足音

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/92

82 お披露目式(5)



「ミーヌ侯爵、ご無沙汰しております。この度は、素晴らしいドレスを贈って下さり、ありがとうございました。また……とても貴重な物を贈って下さったのに、手紙での感謝だけになってしまったことをお詫びいたします」


 私はミーヌ侯爵に、あいさつをした。


「これは、シャルロッテ嬢。ドレス、良く似合っている。それに、頂いた礼状もあなたらしい素晴らしい物だった。

 あなたの想いは充分に伝わっている。

 それに、先程のあいさつは、大変ご立派でした。亡き友のハンレーも空の上で、あなたのあいさつを聞いて、ほっとしながら祝福していると思いますぞ」


 ミーヌ侯爵は、嬉しそうに目を細めた。

 前ホフマン伯爵は、本当に今の私を祝福してくれるだろうか?


「そう……だといいのですが……」


 私の不安を感じ取ったのか、ミーヌ侯爵が私に穏やかな顔を向けながら言った。


「シャルロッテ嬢。全ての物は、どうしても時と共に変化してしまいます。人は老いますし、仕事だって、その仕事に携わる人や、時代で姿を変える。これは自然の摂理です。決して抗うことなどできない。ハンレー・ホフマンは、非常に聡い男だった。その辺りは、充分に理解していたと思いますぞ」

 

 ずっと心に引っかかていた。

 自分が、前ホフマン伯爵の弟子とだけ名乗ることを。

 だが、ミーヌ侯爵の言葉で、少しだけ、心が軽くなる。


「それに……ハンレーは、あなたを心から愛し、大切にしておりました。あなたが幸せになれるのなら、それを喜ばぬ男ではないと断言できますぞ」


 前ホフマン伯爵は、私に言ってくれた『幸せになってほしい』と……。

 私は、ミーヌ侯爵をじっと見て、笑顔で言った。


「ありがとうございます、ミーヌ侯爵」


「何、困ったことがあったらいつでも言って下さい」


「はい」


 私が返事をすると、ミーヌ侯爵が嬉しそうに笑った。


「やはり、シャルロッテ嬢の笑顔は素晴らしいですな……。ところで、シャルロッテ嬢と一緒にいらっしゃる彼は、どなたでしょうかな?」


 ミーヌ侯爵は、私の後ろに立っていたエイドを見ながら言った。

 私は、急いでエイドを紹介した。


「ご紹介いたします。彼は私の秘書のエイドと申します」


「シャルロッテ様の秘書のエイドと申します。はじめまして、ミーヌ侯爵」


 エイドが美しく頭を下げて、あいさつをした。すると、ミーヌ侯爵が眉を寄せながら言った。


「ふむ……。初めて……? そうか……」


 ミーヌ侯爵の様子に、エイドが不安そうな顔をしながら尋ねた。 


「申し訳ございません、どこかでお会いしたことが、ございましたでしょうか?」


 私は、ホフマン伯爵のお屋敷で、ミーヌ侯爵にお会いしているが、エイドはホフマン伯爵家には、ほとんど来たことがない。だから、ミーヌ侯爵と、面識はないはずだった。

 もし、お会いしていたとしても、私にはどこでお会いしていたのか、見当もつかなかった。


「ん~どこかで、君とは会ったことがあるように思うのだ。

 はて……どこだったか……どこかで……」


 ミーヌ侯爵は、眉を寄せながら、考え始めた。

 その姿を見て、私とエイドとゲオルグはお互いの顔を見合わせて首を傾けた。


「……?」


 すると、ミーヌ侯爵が、明るい顔をして大きな声を上げた。


「ああ、そうだ。すまない! 君は、昔、お会いした女優さんに似ているのだ……」


「……昔、お会いした女優さんですか?」


 私は思わず復唱するように尋ねた。心臓が早くて、私は真剣にミーヌ侯爵を見つめた。


「ああ、確か……もう何年も前の話だ。

 隣国に視察に行った時に、そちらの方に『素晴らしい芝居がある』と言って連れられてね。

 その芝居の主役だった彼女にそっくりなんだ。

 もう何年も前の話なのに、未だに目を閉じれば、姿が浮かんで来る素晴らしい芝居だったのだ。

 特に、主人公の女性が、とても美しい女性でね。

 ……だが、男性の君に女優さんに似てるというのは、失礼だったな。すまなかった。忘れてくれ」


 ミーヌ侯爵は、申し訳なさそうに頭をかきながら言った。


「私に……似た……女優……?」


 エイドが呆然とした様子で立ち尽くしながら呟いた。

 私はすぐに、ミーヌ侯爵に尋ねた。


「あの、ミーヌ侯爵、その女性のお名前は、わかりませんか?」


 ミーヌ侯爵は、またしても眉を寄せて考えながら言った。


「名前? ふむ~~公演の後の晩餐会で、彼女と話をしたこともあるのだ……。少し待ってくれるか?

 ……エイ―マ。確か、エイ―マ嬢だったはずだ」


「それで、その方は今?」


 私が思わず大きな声で尋ねると、ミーヌ侯爵は困った顔をしながら言った。


「わからない。実はそれから、しばらくして、また隣国に舞台を見に行った時、彼女の姿は舞台にはなかったのだ。  聞けば、彼女は、悲劇のヒロインとも言われ、隣国では彼女のことをモチーフにした演劇まであるのだ。まぁ、その演劇の内容が、嘘か真実なのかは、わからないがね……」


 すると、ずっと黙っていたゲオルグが口を開いた。


「ミーヌ侯爵、隣国とは、ハイロ国のことですか?」


「ああ、そうだ。エイド殿と言ったか、女優さんに似ているなど言って、気を悪くしないでいただきたい。君が男性らしくないという意味ではないのだ。すまないな」


 ミーヌ侯爵の言葉に、エイドは美しく笑いながら答えた。


「いえ、気にしておりません」


「その……笑い方も彼女に本当に似ているな。つまらない思い出話に付き合ってくれて感謝する。

 では、シャルロッテ嬢、みんなが君を待っているよ。いつまでも今日の主役を私が独占するわけにはいかないな」


 ミーヌ侯爵は、微笑むと私を見ながら言った。


「はい、では、失礼いたします」


「ああ」


 ミーヌ侯爵の元を離れると、ゲオルグが小声で呟いた。


「ハイロ国か……ハワード殿なら調べられるのではないか?」


「え?」


 エイドが大きく目を見開いた。


「エイド、すぐにハワード様にお話してみましょう?」


 私の言葉を聞いたエイドが困ったように笑った。


「いえ、今日はシャルロッテ様にとって、大切な日です。次のあいさつに向かいましょう」


 そう言いながらもエイドは、どこかつらそうだった。


「大丈夫? エイド? 顔色が悪いわ、休む?」


 つらそうなエイドが心配で声をかけると、エイドが、真剣な顔をしながら言った。


「いえ、今日はもう、絶対にシャルロッテ様の側は、離れません。それに私は大丈夫です」


 エイドは休ませたいが、今のエイドを一人にすることも心配だった。


「エイド……じゃあ、私も一緒に……」


「大丈夫ですよ。さぁ、お次は、ベリサイア侯爵です。ですよね? ゲオルグ様」


 エイドは、つらい時に見せる人形のような綺麗な顔で笑った。

 その笑顔が私をさらに不安にさせた。


「ああ、そう……だな」


「では、ゲオルグ様、ベリサイア侯爵の元まで、シャルロッテ様のエスコートをお願いします」


 ゲオルグが返事をすると、エイドが促すように言った。


「わかったわ……エイド、無理しないで……」


「はい」


 それから、私は多くのお客様にあいさつをした。

 ゲオルグの提案で、ホフマン伯爵とは、遠くから会釈をしただけだったが、いつか、ホフマン伯爵ともお話をしたいと思った。


 だが私はずっと、隣でいつも以上に美しく笑っているエイドのことが気になって、仕方なかったのだった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ