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好きでした、婚約破棄を受け入れます  作者: たぬきち25番
第九章 幸福の足音

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77 掴みとりたい未来



 ハンスはヘルマに案内されて、部屋に入った。


 

「こちらで、服など私のわかる荷物は、片付けておきました」


 ヘルマは、微笑みながら言った。

 

「ありがとうございます」


 絶望と、失意のハンスは力なく答えた。

 ヘルマは、すっとハンスの手を取ると、ソファーに座らせて、ハンスの手を握りしめたまま尋ねた。


「ハンス様……。父は……あの通り、戦のことしか考えないところがあるので、ハンス様、お気を悪くしたのではないですか? 昔から父は……母や、兄や、私を道具のようにしか考えていないところがあるので……」


 ヘルマの泣きそうな声に、ハンスは、はっとして顔を上げてヘルマの顔を見た。


「もしかして、ヘルマ嬢はこの家を出たかったのだろうか?」

 

 ハンスは、ヘルマの寂しそうな顔を見ながら尋ねた。


「正直に言うと、その通りです。

 だから、ホフマン伯爵領のことも調べました。ハンス様とご結婚したら、この家から出られると思って一生懸命、鉱山管理のことも勉強していました……。でも、私は何度も言いますが、ハンス様が好きです。愛しています。

 あなたの妻になれるのなら、例えどのような形でも、私に悔いはありません」


 目に涙を溜めながらも、真剣な顔で見られて、ハンスは顔を歪ませて、ヘルマから視線をそらした。


「なぜ、そのように言って下さるのですか……私はいつも間違えて……ばかりの情けない男だ」


「間違えのない人間などいませんわ。それにハンス様は、ご自身で間違いに気づけたのです。

 ……兄は、サフィール王子殿下を敬愛しているのですが……。

 これは兄が父と実力の違いに他の人から比べられて、もがいていた時に、殿下からお伺いしたお話だそうです。

 殿下には、唯一『自分は彼には勝てない』と思う、努力家なご友人がいらっしゃるそうなのです。

 その殿下のご友人は、過去に大きな過ちを犯してしまったそうです。ですが、そのことを心から悔いて、己を高めその過ちを乗り越えるために、途方もない努力をされたそうなのです」


 ハンスが、顔を上げてヘルマの顔を見ながら呟いた。


「過ちを乗り越えるための努力……」


「ええ。ハンス様、私はハンス様が真剣に何かに取り組んでいる時の、美しい瞳が好きです」


 ヘルマは美しく微笑みながら言った。


「え?」


 ハンスは驚いた顔をしたが、ヘルマはますます穏やかに、微笑みながら言った。


「ハンス様が、家で兄と訓練をしている時、突然父が訓練に入ってきた時のことを覚えていらっしゃいますか?」


「はい。確か……フィル殿との訓練中に、団長が戻られたのですよね」


「ええ。そうです。あのお父様に、傷だらけになりながらも、倒れるまで何度も向かって行ったのは、恐らくハンス様が初めてです」


「あれだけやって、結局……勝てなかった……ですが」


 あの時は、本当に酷い顔になり、身体も痛くて、ヘルマやフィルに心配されただけではなく、シャルにまで泣きそうな顔をさせてしまった。


「ふふふ、でも、とっても素敵でした。

 昔から、父は私たち家族にとって、絶対的な存在でした。だから、父に何か意見をしようと思ったこともありませんでした。だから、私には、そんな父に向かって行くハンス様の姿が、とても輝いて見えたのです。

 その時、どんな形でも、あなたを支えたいと思ったのです」


 ハンスは驚いてヘルマを見た。

 なぜなら、あの時の自分はお世辞にもヘルマの言うようなそんないいものではなかった。

 何度も地面に、倒れ泥だらけになり、傷を作り、酷い状況だったのだ。

 ハンスが戸惑っていると、ヘルマは話を続けた。


「お父様は、とてもハンス様のことを認めています。もしかしたら、実力だけが全てだと思っている父は、兄よりもハンス様を側に置きたいのかもしれないとさえ思います。

 だからこそ、騎士に集中できる環境を作りたかったのだと思います」


 騎士団の中の混じり、訓練をしていると、頻繁に騎士団長が稽古をつけてくれる。

 周りの騎士たちには『団長のお相手……ご苦労様』とねぎらいの言葉を貰う。

 まだ学生のハンスが騎士団の中で訓練をしても、誰も何も言わないのは、ハンスがいつも団長と剣を交えているからでもあるのだ。


 ハンスは、息を吐いて、ヘルマを見つめた。


「ヘルマ嬢。私には、あやまりたい人たちがいます。

 私のせいで、大切な人たちの名誉と尊厳を随分と傷つけてしまった。

 だが、今のままでは、それを伝えることは出来ない」


 ハンスは、真っすぐにヘルマを見ながら言った。


「ヘルマ嬢……私は――学院を辞めて騎士になります。

 そして私は、騎士団長を越えます。

 今の私の言葉では、誰の耳にも届かない。……強くなります。

 それに……きっと団長に私の言葉が届くのは、彼の剣を私の剣が、叩き落とした時だと思いますので。

 その時に今日の発言の一部を撤回してもらいます」


 ヘルマは嬉しそうに笑いながら言った。


「ハンス様が父の剣を叩き落とす日を、楽しみにしています」



☆==☆==


 その様子を扉の前で、フィルは黙って聞いていた。

 たぐいまれない剣や乗馬の才能を持ったハンス。

 今では弓や槍も使いこなし、彼に扱えない武器はない。

 戦いのセンスもあり、騎士団の中でも、次期団長候補だと囁かれている。


 だが、ハンスには弱点があった。


 それは集中力に欠けることだ。

 だがそれも当然だ。騎士になる者は基本的に家業のことは他の兄弟に任せたり、家督を継ぐ必要のない者が多い。それなのに、一級鑑定士などの資格を持ち、クラスもBクラスを維持している。


 これは、フィルにとって信じられないことだった。

 つまりハンスは、学院の後に騎士団の訓練に混じり、その後に学業と家業の勉強をしていたのだ。

 そんな男が、これからは、騎士に専念すると言ったのだ。


「心配してたけど……大丈夫そうだな。ハンス、お前なら上に行けるよ、必ず。頂点まで駆け上がれ」


 フィルは、小さく笑うと、その場を後にしながら呟いた。



☆==☆==



 その頃。

 王宮内のサフィールの執務室では、サフィールが、1人、自分の仕事をしていた。



コンコンコンコン


「殿下、ジェフにございます」


「入れ」


 サフィールの執務室に書類を持ったジェフが入って来た。


「殿下、失礼致します。先ほど、気になる書類が提出されました」


「何~~見せて~~」


 サフィールは、視線を上げて伸びをした後に、ジェフに向かって手を出した。

 そして、書類に目を通すと、書類をすぐにジェフに手渡しながら言った。


「そっかぁ~~、廃嫡かぁ~~。

 ホフマン伯爵領は、あのホフマン伯爵子息に継いで貰いたかったんだけどな~~~。

 折角、一級鑑定士持ってるのにぃ~~~もったいなぁ~~い。

 でも、あのホフマン伯爵が息子を廃嫡させるとは思わなかったな。彼、余程、怒らせちゃたんだろうね~~」


「ナーゲル伯爵家に婿養子に入られるのではないでしょうか?」


 ジェフがサフィールを見ながら言うと、サフィールが困ったように言った。


「まぁ、彼、随分と騎士団長に気に入られちゃってたからな~~~。

 敗因は、ホフマン伯爵子息が、戦の才能に恵まれすぎちゃってたってことかな~~。

 はぁ~、フィルとミシェルをくっつけて、防衛方面の地盤を固めるの上手く行ったんだけどな~~」


 サフィールは、溜息を付きながら、執務用の椅子の背もたれに頭をおいた。


「そうですね、やはり、一級鑑定士が常在してるか、どうかで随分と信頼度が変わりますからね~~」


「そうそう、みんなが、ゲオルグみたいなわけじゃないしね~~そう誰でも簡単に取れないよね~~」


「でも、あのホフマン伯爵子息、仕分けのこと何も知らないみたいでしたけど……家業ですよね? そんなことってあるんですか?」


 サフィールは、相変わらず背もたれに頭を付けたまま答えた。


「ん~~あのゲオルグが、まだ勉強を続けてるってことは、相当難しいんでしょ? 

 それに、ホフマン伯爵子息、周りが全然見えてなさそうだったもん。ナーゲル伯爵そっくり。#まだ__・__#親子じゃないのにね♪ あははは♡」


「以前から思っていたのですが……殿下の判断基準って、常にゲオルグ様ですよね……」


 ジェフが、溜息をつくと、サフィールがようやく背もたれから頭を離して、ジェフを見ながら言った。


「え~~そうだっけ?? あ~でも、ゲオルグが100人いたら楽だろうな~~とはよく思うよ♪」


「ゲオルグ様が100人……それでは、シャルロッテ様も100人必要ですね」


「あはは~そうだね。100人のゲオルグが、1人のシャルロッテ嬢を取り合いでもしたら、大変だろうしね~~~。うん、彼女も100人いるね」


「それは……凄いことになりそうですね」


「はぁ~~あの2人がそんなにたくさんいたら、私はかなり楽だろうね。むしろ、あの2人の王国になるかもしれないな~~あはは~♡」


「冗談に聞こえないところが怖いです!!」



 ひとしきり笑ったサフィールが、真剣な顔でジェフを見た。


「ところで……ジェフ、ノイーズ公爵家の方はどうなった?」


 ジェフもすぐに姿勢を正して、神妙な顔をしながら答えた。


「はい。ナーゲル伯爵家と、ベリサイア侯爵家が繋がったおかげで随分と落ち着かれたようです」


「そう、よかった」


 サフィールが息を吐くと、ジェフが微笑みながら言った。


「殿下が苦労して、仕掛けた罠が、あちらこちらで発動していますね」


 サフィールが頭の片手を置きながら言った。


「ねぇ~~。あ~~あ。ジェフ、どうしよう。私のお腹が、真っ黒になったら」


 ジェフは無言を貫いた。


「……」


「今、もう手遅れだ、とか思ったでしょう?」


「思ってませんよ」


「いや、思った。

 はぁ~~次に、ノイーズ公爵家と、ステーア公爵家が同席するのって、シャルロッテ嬢のお披露目式でしょう?」


「でしょうね~~。正直に言うと、ノイーズ公爵家はともかく、ステーア公爵家が参加するとは思いませんでした。

 何かの意図があるのでしょうか?」


「今回の件は、ハワードが動いているからな~~本当にあいつ腹黒でイヤになるよね~♡」


「(同族嫌悪……)」


「ジェフ君♡ 何か言ったかなぁ~~~? いいんだよ~君が先日、フレア嬢に振られ……」


「ちょっと、殿下?! どうしてそれを?!」


「さぁ? 仕事しよ♪」



 サフィールは、ハワードのことが気になりながらも、また仕事に意識を向けたのだった。






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