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好きでした、婚約破棄を受け入れます  作者: たぬきち25番
第八章 開花する才能

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72 公爵令息からの暗号



「なぁ、お前、さっきの内容、理解できた?」


「いや……正直な話、全くわからない」


「私にも、難しいみたい」



 ハワード様の講義が終わると、Sクラスのクラスメイトたちが、重苦しい顔をしていた。無理もない。ハワード様の講義は、かなり専門的な実務内容だったのだ。それだけはなく、少しぼかすような形で、今後の課題なども提示されていた。


 例えSクラスといえども、学院ではどうしても教養としかの外交しか学ぶことができない。

 そのため、日々、仕分けをするために、外交関係の書類を分析している私にとっては、かなりためになる内容だったのだ。


 私が先程の講義内容を思い出していると、一学年下のSクラスの女子生徒に話しかけられた。


「シャルロッテさん、口頭で伝言を頼まれたのですが、今、お伝えしてもよろしいでしょうか?」


「はい」


 私は、女子生徒の方を見て、頷いた。


「先程、特別講師室の前を通りかかったところ、ハワード様からの伝言をお預かり致しました。

 お伝え致します『先程の講義の、質問を受け付けるので特別講義室に来るように』とのことです。それでは失礼致します」


「ええ、ご足労おかけ致しました。お伝え頂き、ありがとうございます」 


 私は女子生徒を見送ると、首を傾けた。

 講義中に質問をしたわけではないが、どういうことだろうか?


 だが、呼ばれているのなら行く必要がある。もし、私が行かなければ、伝言を教えてくれた彼女の仕事ぶりが疑われてしまう。


 私は、立ち上がると、ゲオルグの元に移動した。

 今日はエカテリーナと、ゲオルグと、サフィール王子殿下の4人で、お昼を食べることになっているのだ。

 

 もうすぐ卒業のエカテリーナは、あまり学院には来ない。

 私も、今年は個人研究を重視した選択をしているので、あまり講義はないのだ。

 

 今朝、ゲオルグからエカテリーナが登校していることを聞いて、エカテリーナに会いに行った。

 そこで久しぶりに登校したエカテリーナと一緒にお昼の約束をしていた。

 すると、偶然、サフィール王子殿下が、通りかかり「私も同席してもいいかな?」とおっしゃったので、4人で食べることになったのだ。


 これまでの私は、ハンスの婚約者だったので、男性との食事での同席を避けていた。だから、私は、学院で男性と一緒に食事をするのは初めてだった。

 しかも、相手はサフィール王子殿下だ。例えクラスメイトといえども、やはり緊張する。

 それなのに、私の都合で、遅れるとは伝え難いと思ったが、勝手にいなくなる方が心配をかけてしまうので、大きく息を吐いて、2人の元に向かった。

 

 ゲオルグは、サフィール王子殿下と談笑されているようだった。


「サフィール王子殿下、ゲオルグ様、ご歓談中に申し訳ございません。少々お時間を頂いてよろしいでしょうか?」


 実は、学院に入学した当初『ゲオルグ様』と呼んでいた。ところが、『ゲオルグ』と昔のように呼んでほしいと言われ、せめて学院などの公の場では『様』を付けるということで落ち着いたのだ。


 私が2人に話しかけると、サフィール王子殿下がにっこりと微笑んだ。


「もちろんだ。話してくれて構わない」


「では……大変申し訳ございませんが、私はこれから用がありますので、エカテリーナ様がいらっしゃいましたら、先にお食事に行かれて下さい」


「それは構わないが……何かあったのか?」


 ゲオルグが心配そうな顔で私の顔を見つめていた。


「ハワード様に、『質問を受け付けるので来るように』と言われましたので、行って参ります」


「それでは、私も行こう」


 ゲオルグが急いで、立ち上がると、サフィール王子殿下がにっこりと笑って、ゲオルグの手を掴んだ。


「シャルロッテ嬢が呼ばれているのだろう? それとも、ゲオルグにはハワード殿に何か質問があるのかな?」


「……いや」


「行っておいで、エカテリーナには伝えておくよ」


 サフィール王子殿下に微笑まれて、私は頭を下げた。


「それでは、よろしくお願い致します」


「ああ」


 私は頭を下げると、特別講師室に向かった。




☆==☆==




 ゲオルグは、シャルロッテを見送り、昼休憩で人のほとんどいなくなった教室の中、サフィールに顔を近づけながら言った。


「なぜ、シャルロッテを1人で行かせたんだ?」


「え~~、だって、呼ばれたのは彼女でしょ? それに1人で待つの退屈だし~~♡ 側にいて♪」


 サフィールは、お道化たように言った。


「……先ほどの講義の、暗号部分を解読させるつもりなのか?」


「ふふ、暗号? あんなの、彼女にとっては暗号でもなんでもないよ♪

 でもまぁ~ヒントはくれるかもしれないね。

 でも、本当に面白いな、ハワード。

 私がいるとわかってて……ふふふ、あの内容♡」


 ゲオルグは眉を寄せてながら、サフィールを見た。


「あまり無理はするな。姉上が泣くぞ」


「それは……困ったな」


 ゲオルグは、少し仮面の剥がれたサフィールの姿に、思わずため息をついたのだった。




☆==☆==




「失礼致します」


 私は、許可を得て、特別講師室に入った。


「ああ、待っていたよ。シャルロッテ嬢」


 ハワード様は、私の姿を見ると、笑顔でソファーに案内してくれた。

 私はハワード様に促されるままソファーに座ると、お礼を伝えることにした。


「ハワード様、本日は大変ためになる講義を、ありがとうございました」


「ふふふ、ためになっただろ? 君のための講義だ」


 ハワード様は笑顔だったが、真剣な面持ちのように見えた。そんなハワード様に圧倒されて、私は言葉を失った。


「……」


「その様子だと気づいていたようだな。それで、シャルロッテ嬢。先程の講義を聞いて、なぜ君がここに呼ばれたかわかるかな?」


 私は、ぎゅっと自分の手を握りながら答えた。


「私にもっと、外交を学び、仕分けの精度を上げろということでしょうか?」


「ん~~半分正解で、半分不正解だ」


「半分……?」


 私が眉を寄せると、ハワード様は完全に笑顔を消して、真剣な顔で私を見た。

 公爵子息であるハワード様の眼力は、背中が震えるように圧を感じた。


「君はずっとこのままでいるつもりなのか?」


「……このままとは?」


「つまり、このままずっと、ランゲ侯爵庇護の元に仕事を続けるのか?」


「……」


 ランゲ侯爵家に後見人をお願すると聞いた時、とても感謝したのはもちろんなのだが……。

 心の奥底では、恐怖を感じた。 

 その想いを見抜かれたように感じて、私は言葉を失った。


 ハワード様はそんな私を見据えながら言った。

 

「君もわかっているとは思うが……この延長線上にある君の未来は、『ランゲ侯爵子息と結婚して、ホフマン伯爵家の時のように、君が子息と離婚でもすれば捨てられる』それほど今の君の立場は、ホフマン伯爵家にいた時と状況はかわらない」


「……」


 それはまさに私がずっと抱え込んでいた不安だった。


 私一人の足で立たなければ、いつまでも私は、腰を据えてこの仕事をすることができない。


 今は、とても素晴らしい環境だ。ゲオルグは優秀で優しいし、ランゲ侯爵家の方々もとても好意的に接してくれる。


 ―――――だが。


 ハワード様は、私とゲオルグが結婚すると思っているようだが、ゲオルグのような素晴らしい男性に、他の方から捨てられた私などは、もったいない。

 ゲオルグには、もっと素晴らしい方がいらっしゃるはずだ。


 その場合、ゲオルグが他の貴族女性と結婚して、その奥方様が私のことをよく思わなかったら、私はまた行き場を無くしてしまうのだ。


「まぁ、今の君にこんなことを言っても困惑するだけなのはわかっている。

 だが……君が潰れると、こちらとしても非常に困る。介入したくとも、君の周りはガチガチに固められていて、この私がこんな面倒な手段を取らざるを得なかった」


 私は、ほとんど無意識に、震える声で尋ねていた。


「私にどうしろとおっしゃるのですか?」


 すると、ハワード様はニヤリと笑った。


「それは、今日の講義で説明したはずだ。いいかい、次期国王になられるサフィール王子殿下は、良くも悪くも合理的な方だ。きっと古い体質の貴族にとって、彼の治世は、さぞ苦痛だろう。だが……君にとって、殿下の治世はきっと悪くない。……私が言えるのはここまでだ」


「……ご忠告感謝致します、では失礼いたします」


 私が席を立って、部屋から出ようとすうと、ハワード様が近づいて、扉に手をついた。

 私は後ろを向いたまま、ハワード様の腕の中の檻に入れられてしまった。

 背中にハワード様の体温を感じて私の身体は硬直してしまった。

 そんな私の耳元で、ハワード様は囁くように言った。


「最後に……シャルロッテ嬢。ノイーズ公爵家には気を付けろ。君にとって、吉と出るのか、凶と出るのか……。

全く予測ができない。――――ただ……もし、あの家が君の排除を決めたら、恐らく君は終わりだ」


 ハワード様が、壁から手を離した。


「失礼します」


 私はその瞬間、部屋の中から飛び出した。


 ずっと見ないようにしていた。

 そんな感情を目の前に取り出され、私は困惑したのだった。



☆==☆==



 残されたハワードは、壁についた自分の手を見ながら、呆れたように笑った。

 つい、17歳の女の子に本気になってしまった。

 

 じっと見つめる澄み切った瞳を曇らせたくないと、本気でそう願ってしまった。


『ハワードは、天邪鬼なのよ。気に入ってる子をいじめるのは、逆効果よ』


 いつだったか、エマに言われた言葉を思い出す。

 あの頃と変わっていない自分に苦笑した。


 

「ふっ。……エイド……後は、頼んだぞ」






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