67 優秀な補佐の誕生
――ゲオルグが王宮で学び始めて5日目。
ゲオルグは、1人で王宮の書類保管庫にいた。
というのも、ゲオルグは、たった1日で、複数の書類を読み解きながら、宝石を仕分していくパターンをつかんでいた。
サフィールの側近のジェフも、『ゲオルグ様は、さすがですね。もう私は、必要ありません。わからないことだけ聞いて下さい』と言って、ゲオルグの能力の高さに感心していた。
ゲオルグは3日目には、ジェフが用意していた、過去の仕分け結果のパターンを覚えた。
そして、4日目からは、1人で王宮の書類保管庫の、過去の仕分け結果を読み解いていた。
「ゲ~オ~ル~グ~、これまだやるの?」
ゲオルグの耳にサフィールの明るい声が届いた。
ゲオルグは、書類から顔を上げると、サフィールを見ながら言った。
「ああ。今日の夕方くらいまではやる。なんの用だ? 今まで全く話かけもしなかったんだ。そんなお前が突然話かけるなど、何かあったのだろ?」
サフィールはこの5日、全くゲオルグに話しかけることはなかった。
公務や学院に行って不在という時もあったのだが、基本的にずっと執務室にいたのに、集中して学ぶゲオルグの邪魔にならないように、声をかけなかった。
それなのに、声をかけたということは、何か用事があるということだ。
ゲオルグは、サフィールの思慮深いところを好ましいと思っていた。
「あ~~やっぱり、幼馴染っていうのは厄介だね~~♡ 隠し事できないね~~~♪」
サフィールはいつもより、機嫌良さそうに、ゲオルグの前に一枚の書類を差し出した。
「こ、これは……」
ゲオルグが書類に目を移すと、サフィールは、いつもお道化た様子ではなく、王族として威厳に溢れた声を出した。
「ゲオルグ・ランゲ殿、あなたを一級鑑定士として認めます」
「ようやく、通った!!!」
ゲオルグが珍しく、大きな声を上げた。
「ははは、これで、ようやく13歳のシャルロッテに追いついた!!」
ゲオルグの言葉に、サフィールは溜息をつきながら言った。
「追いつくも何も、彼女は幼い頃から宝石の専門教育を受けたエキスパートで、ゲオルグは独学だろ? しかも、一級鑑定士だなんて……普通は、有り得ないんだよ」
宝石の一級鑑定士。
この資格は国際的にも通用する最難関の資格だ。シャルロッテはこの超難関の資格を、13歳という若さで取得した。
ちなみに、ホフマン伯爵家のハンスホフマンは、この一級鑑定士の資格を16歳の時に取得した。
現ホフマン伯爵は二級鑑定士、ホフマン伯爵の奥方は三級鑑定士の資格を持つと言えば、この一級鑑定士の資格を取ることが、どれほど大変なことなのかわかるだろう。
ちなみにこの国には一級鑑定士は、前ホフマン伯爵が亡くなってしまったので、シャルロッテを含め、現在わずか7人しかいない。
ゲオルグで8人目になる。
ゲオルグ以外の資格取得者は、いずれも宝石を生業にする宝石のプロばかりだ。
そんな中、ゲオルグは宝石の特別な訓練を受けていないにも関わらず、独学でこの資格を取得した。
これは快挙といえることだった。
「私だって完全に独学というわけではない。一級鑑定士に教えを受けた」
「教えを受けたって……数回、城の鑑定士にわからないところを、聞いたくらいだろ?」
「一級鑑定士は少ないんだ。私の自己都合で時間を取らせるわけにはいかない」
「まぁ、それで受かるゲオルグは凄いよ。ふふ、でも、ゲオルグのそんな嬉しそうな顔、久しぶりに見たかも。ゲオルグ。おめでとう」
「ありがとう、もしかして、これ、今、受理されたのか?」
ゲオルグは書類を持ち上げながら言った。
「正解~~♪ 父上に呼ばれて行ってみたら、印を押したところだったんだ。
これは、ゲオルグに渡す分で、『早く持って行ってやれ』って」
サフィールは、本来ならランゲ侯爵家に早馬で届けられる書類を、直接ゲオルグに届けにきたのだ。
「それはすまないな」
「いいよ。私も直接渡したかったし~~♡」
「だが……長かったな……この資格を取るまで、3年はかかったな……」
ゲオルグがもう一度書類を見つめながら感慨深そうに呟いた。
「まぁ、たった3年で取得したとも言えるけどね~~。正直、あのホフマン伯爵の子息が、自分から婚約破棄を言い出しておいて、『自分が必要だ~~』とか、斜め上なこと言ってられるのは、この資格を有していることが大きいだろうしね」
実際に一級鑑定士の鑑定結果というだけで、国内でも国外でも信頼度が上がり、取引がスムーズになる。
国際的に認められているこの資格を有しているハンス・ホフマンの影響力が大きいのは、宝石業界では当然とも言えるのだ。
「だろうな……まぁ、シャルロッテは、この資格以上に、もっと高度なことをしているようだがな……その辺りは実際に見て覚えるしかないな……」
ゲオルグは、少しだけ困ったように笑った。
そうだ、自分はまだまだなのだ。
シャルロッテは、一級鑑定士以上の仕事を13歳から行っている。
その仕事は、実際に行っていた前ホフマン伯爵から教えを受けたシャルロッテしかわからない。
「大丈夫でしょ? 難関資格の勉強をしながら、Sクラスの生徒代表しちゃうんだから♪」
サフィールの能天気なセリフにゲオルグは、溜息をついた。
「……あれは、サフィールが手を抜いたからだろ? 私に気を遣ったのだろうが……」
「あはっ♪ どうだろ~~ね~~~♡」
「誤魔化すな。はぁ~~。ところで、ステーア公爵家のハワード殿が、なぜ急に学院に来たのかわかったか?」
先程までお道化ていたサフィールの顔が、急に真剣な顔になった。
「それなんだよね……ハワードがどうして、学院に……シャルロッテ嬢が絡んでいることは間違いないとは思うんだけど……読めない男だからな。
しかも、シャルロッテ嬢の秘書の教育まで受け持つなんて……本当に何を考えているんだ? 洗脳とかしてないといいけど……」
「そうだな。止めようにも、すでにステーア公爵家に行った後だったからな」
ゲオルグも顎に手を当てて唸った。
シャルロッテの秘書になるエイドという男は、正直、底が知れない。
幼いゲオルグとシャルロッテの縁を完全に切るために、動いたという過去もある。
当時のエイドの決断は、良くも悪くもゲオルグから、シャルロッテを完全に奪うことになったのだ。
シャルロッテは、婚約者がいたのだ。あの時は、あのエイドという男の判断は正しかった。
そんなことはわかっている。だが――それでも、ゲオルグは、あの時、自分からシャルロッテとの繋がりを完全に奪ったエイドという男の判断が、忌々しいと思っていた。
「ゲオルグ、気を付けなよ。シャルロッテ嬢の秘書は、ハワードにどんな洗脳を受けているかわからない。まぁ、エカテリーナの話では、見どころのある人物みたいだけど、所詮は下働きの男だから、シャルロッテ嬢の身の回りの世話をするくらいだろうし、大きな問題はないだろうけど…なんの基礎も無い者に務まるほど、秘書とはそんなに甘いものではないからね~~」
――ただの下働きの男に秘書など務まるはずはない。――本当にそうだろうか?
ゲオルグは、そう思い、小さく息を吐いた。
「使えなければ、追い出すだけだ。私がもっと優秀な秘書を探せばいい」
「まぁ、それがいいだろうね~~。今は、シャルロッテ嬢の心をなぐさめるためにいるのだろうから、そのうち、『使えない』って辞めさせれば、いいんじゃない?」
「そうだな……」
ゲオルグは、手元の書類を眺めながら思った。
シャルロッテが絶対の自信を寄せる男がどれほどの人物なのか……これは、ずっとシャルロッテの側にいたあの男への嫉妬かもしれない。
「お手並み拝見だな」
ゲオルグは、そう呟いたのだった。




