55 友人との時間(2)
私は、エカテリーナに見送られて、ゲオルグと一緒に馬車に乗った。馬車が動き出すと、すぐにゲオルグが嬉しそうに微笑んだ。
その微笑みは夕日を浴びて、とても美しく輝いて、私は思わず目を細めた。
「よかった。シャルロッテの表情が少し明るくなった」
ゲオルグの優しく響く、少し低めの声に私は少しだけ、頬が熱くなるのを感じた。
「エカテリーナと話をして、すっきりしたわ」
するとゲオルグがほっとしたように言った。
「もしかして、姉が迷惑をかけたのではないか、と心配していた。………姉は、あのように思ったことは、すぐに口にしてしまう性格だから、キツイ物言いになったのではないか?」
「いえ、エカテリーナの真っすぐな言葉には、いつも助けられているわ」
私が笑うと、ゲオルグも口角を上げて嬉しそうに言った。
「そうか、姉もここ数日ずっと落ち着かない様子だった。休んでいる間、ウェーバー子爵家に、何度か行こうともしていたのだが………随分と悩んだ末に、学院に来られる心境になるまでは、待とうと決めたようだ。シャルロッテが休んでいる間、毎日、私たちの教室に通っていた」
私は、今朝、教室からエカテリーナが飛び出して来てくれたことを思い出した。
「それで………エカテリーナは、私の教室にいてくれたのね……」
私はエカテリーナの想いが嬉しくて、自然と笑顔になった。
「シャルロッテの笑顔……数年ぶりに見た気がするな」
ゲオルグもそう言うと嬉しそうに笑った。
「ゲオルグも、心配して送ってくれているのでしょう? ありがとう」
「心配していないわけではないが、私はシャルロッテと、少しでも共に居たから、ここにいる。今後も、見送りを許してくれるなら、送りたい。いいだろうか?」
「……うん、ありがとう」
全身の熱が頬に集まるような感覚がして、ゲオルグを見たが、ゲオルグは普段通りだった。
ゲオルグにとっては、これは友人に対する礼儀のようなものなのかもしれない。
それなら、私がおかしな態度を取ると、ゲオルグに気を遣わせてしまう。ここは自然に振舞うべきだろう。だが、どうしても頬に熱を感じて、自然に振舞うことが難しくて、思わず顔を下に向けてしまった。
「どうした? もしかして、馬車の揺れが大きいのだろうか? ……少し失礼する」
ゲオルグは、前の席から立ち上がると、私の隣に座って、腰を抱き寄せた。
「え?」
ゲオルグの突然の行動に、私が驚いていると、ゲオルグが私の顔を覗き込みながら言った。
「どうだ? 楽になったか?」
ゲオルグは、私のことを心配して、抱き寄せてくれたのだ。そういえば、昔は馬車の揺れが酷い時は、エイドに抱っこしてもらっていたが、それと、同じことだろうか?
もしかして、ゲオルグにとって私は、幼い頃から知っているので、昔のままの感覚なのだろうか?
エカテリーナに優しく背中を撫でて貰った時も、気持ちがいいと思ったが、ゲオルグに触れられるのも、恥ずかしいが、心地よかった。
エカテリーナも、ゲオルグも困っている人を放っておけないないのだろう。
「……ありがとう」
「もっと、こちらに身体を預けて、楽にしてくれて構わない」
そう言えば、エイドも幼い頃、始めは、腰を抱いて支えていてくれたが、「あ~抱っこした方が良さそうですね」と抱っこしてくれたように思う。
「ふふふ」
「どうした?」
ゲオルグが突然、笑い出した私の顔を不思議そうに覗き込んだ。
「いえ、このままもっとくっついたら、ゲオルグ#も__・__#抱っこしてくれそうだと思ったの」
「ゲオルグ#も__・__#? 他に誰かにされたのか?」
「ええ。とても幼い時に、エイドが馬車の揺れが酷いと、よく抱っこしてくれたな~って」
ゲオルグが、難しい顔をして考えた後に、口角を上げながら言った。
「シャルロッテが抱き上げてもいいと言ってくれるなら、私も抱き上げるが?」
「そこまでは、大丈夫よ。もう、大人ですもの!!」
「ふっ。そうか、残念だな」
ゲオルグと笑いあっているうちに、屋敷に到着した。
今朝、屋敷を出た時は、重かった心が、少し軽くなっていることに気づいた。
「送ってくれて、ありがとう、ゲオルグ」
「いや、明日にでも、ランゲ侯爵家から正式な書類が届くはずだ。シャルロッテの仕事場が完成したからな」
ゲオルグが馬車から降りた私を見つめながら言った。
「そうなの? ありがとう、では、また書類を確認して連絡するわ」
「ああ、おやすみ、シャルロッテ」
なぜだろう?
ゲオルグが瞳が昔より、ずっと熱を帯びているように思えた。
「おやすみ……ゲオルグ」
馬車の扉が閉められて、馬車が動き出した。
私は、ゲオルグに手を振って見送っていると、エマが急いだ様子で家から出てきた。
「お嬢様、お迎え遅れてすみません! おかえなさい」
「ただいま!! 遅れるだなんて、エマだって忙しいんだから、無理しなくても、いいのよ」
エマがじっと私の顔を見て言った。
「お嬢様、何かいいことがあったのですか?」
「ふふふ。さすが、エマ。あったわ、私、いいお友達に恵まれたなぁ~って思っていたの」
するとエマも嬉しそうに笑った。
「よかったですね! お嬢様」
私は、エマと一緒に家の扉を開けながら言った。
「ええ。あ~お腹が空いたわ。今日のご飯は何?」
「野菜たっぷり、むしろ野菜のハンバーグ風煮込みだそうですよ」
「野菜なのにハンバーグ風……? ふふふ、それは楽しみね!!」
私たちは、笑いながら家の扉を閉めたのだった。




