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好きでした、婚約破棄を受け入れます  作者: たぬきち25番
幕間 ハンス SIDE

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49 ハンスSIDE 5

 それから、シャルと話をするチャンスはあった。久しぶりに、ホフマン伯爵で、シャルとお茶をしながら私たちは話をしていた。


「ハンス! 今度の大会も応援に行くわね」


「うん……」


 私はシャルの顔を見つめた。シャルは昔と変わらずに可愛いし、好きだ。

 話をして、将来のことを相談したい。そう思っているのに、言葉が出なかった。


「どうしたの? ハンス?」


「いや……なんでもないよ。シャルは今日も可愛いね」


「ふふふ、ありがとう。ハンスも素敵よ」


「……ありがとう、七色の噴水に行ってみる?」


「ええ!!」


 笑顔のシャルが立ち上がると、私は思わずため息をついた。


「……はぁ」


「どうしたの?」


「なんでもないよ、行こう」


 私は急いで誤魔化すと、シャルと一緒に噴水に向かった。


 結局その日は、シャルと話をすることは出来なかった。

 それだけではなく、シャルと一緒にいることが、息苦しいとさえ、感じる自分がいたのだった。


☆==☆==


 大会が近づくと、訓練は厳しくなった。最近では、騎士団の演習にも参加しているので、尚更だった。それに私の頭の中には、騎士団長に言われた言葉が渦巻いていた。


『自分の思い通りの政策をしたいなら、侯爵になれ』

『騎士になるなら、後ろ盾になる』


 騎士団長の言葉を思い出して、ぼんやりしていると、ヘルマ嬢が心配そうに言った。


「ハンス様、大丈夫ですか?」


「ああ、ヘルマ嬢。いつもすまない」


 今日も私は、ヘルマ嬢に、勉強を教えて貰っていた。


「そんなことはいいのです。私、あなたの剣を振るっている姿、好き……ですし。剣の時だけではないですが……」


「え?」


 好き?

 私を?


 顔に体温が集まるように感じた。シャルによく好きだと言われるし、私もよく好きだというが、その時には感じない熱だった。


「後悔しないように!! 全力で訓練して!! 出来ないところは私が支えます」


 ヘルマ嬢が、顔を真っ赤にしながらも、真っすぐに私の顔を見て言った。

 その顔がとても綺麗で目が離せなかった。


 ダメだ。

 これ以上はダメだ。


 私にはシャルがいる。

 シャルがいるんだ!!


 思わず、ヘルマ嬢に伸ばしそうになった手を必死の思いで止めた。


「ありがとう。後悔しないように全力を尽くすよ」


 私が答えると、ヘルマ嬢が少しだけ、俯いて呟くように言った。


「ケガは、しないで下さいね……」


 その瞬間、身体中の血が押さえられない感覚があった。

 これまで、耐えていた何かが全て壊れて行く感覚。


 私は、ヘルマ嬢の髪に手を伸ばすと、自分を押さえられずに髪にキスをした。

 

 愛しい。

 この女性が愛しい。


 ずっと一緒に居たい。


「ハ、ハンス様?!」


 ヘルマ嬢は顔を真っ赤にして、私を見ていた。その顔からも目が離せず、私の視線は、ヘルマ嬢の唇に釘付けになった。ヘルマ嬢も、私をじっとみていた。


 気が付けば、私はヘルマ嬢を腕の中に抱きしめていた。ヘルマ嬢も私を抱きしめてくれた。


 愛しい。

 愛しい。

 愛しい。


 私が初めて出会う感情、愛しいという感情。

 この人が欲しい。


 17歳。私は、生涯を共にしたいと思える女性を見つけたのだった。

 そして、同時に私は騎士になると誓ったのだった。

 

☆==☆==


 ヘルマ嬢にプロポーズをして、全てをシャルに伝えようとしていた時。

 おじい様が亡くなった。


 私にとっては、最悪のタイミングだった。

 おじい様という宝石に関する重鎮がいるうちに、鑑定士に仕分けを教える制度を整えたかったのだ。

 

 だが、その時は、おじい様にお墨付きを貰った自分の考えは、全ての人に認められると思っていたのだった。


 おじい様の告別式が終わり、両親に全てを打ち明けると、泣かれてしまった。

 私としても、円満に婚約解消をしたかったので、婚約破棄は想定外だった。

 だが、もう、後には引けない。

 私は、シャルに、婚約破棄を言い出すことにしたのだった。


☆==☆==


 次に日、私たちがシャルの家に行こうと思ったが、契約により、それは出来なかった。

 幼い頃の婚約だったので、色々と無茶な条件がたくさん課せられていた。


(ああ、私は、幼いシャルを、こんな理不尽な決まりで縛り付けていたのか……)


 シャルに対して、申し訳ないとしか言えなかった。



「……シャル……すまない……君との婚約を破棄……したい」


 私がそう告げた途端、いつも可愛い笑顔を浮かべていたシャルの顔がつらそうに歪んだ。

 今にも泣き出しそうなシャルの顔を見たのは初めてだった。


 その顔を見た途端、急に罪悪感に支配された。


 シャルを傷つけたかったわけじゃない。

 シャルを泣かせたかったわけじゃない。


 愛しているとは言えなくても、家族のように好きなのだ。

 

 もし、シャルと友達として出会っていたら、お互いにこんな思いをしなくても済んだのかもしれない。


――こんな風に彼女を傷つけてしまう出会いではなく、友人として出会いたかった。


 シャルと一緒に励まし合って勉強した時間は本物のだ。

 シャルと一緒に笑った時間は本物だったのだ。


 シャルのことは好きだ。

 心から好きだ。

 シャルが困っているなら、世界の果てからでも助けに行くと思うくらい好きなのだ。



――でも……愛せはしないのだ。


 

 思わず、私の目からも涙が出てきた。シャルは、私にとって家族なのだ。その家族を傷つけた……。



「……婚約破棄を受け入れます」



 そう言って、シャルは俯いたのだった。

 シャルを泣かせてしまったことが申し訳なくて、涙が溢れてきた。


「(ごめん……シャル)」


 私は、拳を握り、誰にも聞こえない声で呟いたのだった。


☆==☆==



 シャルに婚約破棄を告げて、半日ほど経った頃。

 王宮から戻ってきた、父上が、淡々とした口調で告げた。


「我がホフマン伯爵家は、宝石の仕分け事業を、シャルロッテ嬢に正式に譲渡した」


「え?」


 信じられない答えに、私は唖然としていた。


「これによって、現在の我が伯爵家の収入は半分に以下になるだろう」


 お父様は、表情を崩すこともなく、淡々と言った。

 喜んでいるのか、悲しんでいるのかよくわからなかった。


「そう……」


 お母様の表情も読めなかった。


「ただ、今後は宝石のための王都の屋敷の護衛は減らせるし、宝石保管の費用もなくなるから、実質、手元に残るのは半分とよりは多くなるだろうが……」


「鉱山はどうなるのですか?」


 お母様も、まるで感情がなく、無機質に尋ねた。


「鉱山はこれまで通り我が伯爵家が、管理する。なので、採取した宝石は、我が領で、これまで通り鑑定して、ランゲ侯爵に送り、私たちは、宝石の代金をもらう。それと、地質調査も、採取したら、全てランゲ侯爵家に送ることになるな」


「宝石の仕分けがない……?」


「ああ。全て……シャルロッテ嬢が引き受けてくれた」


「……私は、今後……宝石を仕分けする必要がない?」


 信じられない思いで呟いた。


「そうなるな。陛下が、領地経営だけではなく、鉱山の管理もあるので、伯爵の位を引き続き与えて下さるそうだ。元々、父上と、その前の領主が、宝石について詳し過ぎたのだ。もう一度、堅実に、領地経営を行おう」


 領地経営と鉱山管理だけ……宝石の仕分けがない?

 私はまだぼんやりとして現実を見ていなかった。


「ハンス、お前も騎士になりたいというのなら、ナーゲル伯爵令嬢としっかりと話し合いなさい。ただ……私たちは、お前たちと関わることは遠慮する。シャルロッテ嬢を想うと……それほど、簡単に新しい令嬢を受け入れることはできない。結婚式には出席しよう。だが、おまえたちのためではない。宝石の護衛でお世話になっている、ナーゲル伯爵家の顔を立てるためだ」


「そんな!! 父上も、母上も私たちの結婚には反対なのですか?」


 父上の、まるで私を切り捨てるような言い方に、焦りが出てきた。

 すると、父上は自嘲気味に言った。


「反対? そんな簡単なことではないのだ。受け入れられないのだ。シャルロッテ嬢を思うとな」


「ええ、幼い頃から、無理をさせ……あの子には私たちの代わりに、あなたの親代わりまでさせてしまった恩があるわ。そんな恩人に。婚約破棄という非人道的な仕打ちをしてしまったのよ?! 受け入れられるわけがないでしょう?」


 母上もどこかぼんやりと虚ろな瞳で言った。


「領地経営についての引継ぎは書面にて行う。私の秘書に、お前たちへの引継ぎを託すことにする。おまえたちの子供が、貴族院を卒業したら、領地に戻れ。それ以降は、私たちが、社交のために王都に暮らす」


「では、本当に一緒に暮らして学ぶ期間はないのですか?」


「ない。そうだ、王都の屋敷は、人件費も高いからな。我が領から来てくれていた古参執事は、領に連れ戻す。こちらの屋敷には、執事1名、侍女2名、護衛2名、掃除・洗濯係1名、料理人1名、庭師1名、御者1名、を残し、ホフマン伯爵領から来ている者は連れて帰り、こちらで雇った者には、別の働き口を紹介する」


「残るのは、それだけ……ですか?」


「ああ。元々、おじい様が、こちらを拠点にするまでは、そのくらいだった」


「ハンス……これは一般的な人員配置よ」


「明日、この家の宝石を全て、ランゲ侯爵家に移し、王都の屋敷を整理したら、私たちは領に戻る。

 ハンス、最後に一番大切なことだ。今後一切、シャルロッテ嬢には近づくな。それが、ウェーバー子爵家が今回の婚約破棄を受け入れる条件だ」


「え? 今後一切?」


「当たり前だ。お前は、ナーゲル伯爵令嬢を選んだのだろう? 彼女を幸せにすることだけを考えろ。いいな。絶対に近づくな、これは正式な書類だからな、処罰もある」


「処罰?! そこまで?!」


「ハンス、絶対に近づかないで。彼女をこれ以上、傷つけたら、許さないわ」


 話が終わり、私は、自室のソファーに沈み込み、胸元を押さえた。

 シャルとは、これまで通りとはいかないまでも、会えば、あいさつをしたり、話くらいはできるかと思っていた。


 私は、月を見上げてシャルロッテの笑顔を思い出し呟いた。


「もう、2度と見ることはできないのか……」


 自分で押さえられないほど、涙が流れた。

 この涙が一体、どんな意味を持つのか私にはわからなかった。


 私には、愛する女性もいて、将来だってある。

 泣くことなどない。


 それなのに、涙はとめどなく流れた。



 もしかしたら、ずっと大好きだった女の子。

 シャルロッテ・ウェーバーとの、別れの涙だったのかもしれない。




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