43 新しく開いた未来(2)
コンコンコンコン
皆がウェーバー子爵を見ていると、扉を叩く音がした。
「陛下、大変申し訳ございません。ノイーズ公爵が、至急お目通りをとのことです」
国王陛下の元に側近が現れて、耳打ちをすると、陛下はゆっくりと口を開いた。
「少し席を外す、しばらくゆっくりと、お茶でも楽しんでほしい」
その後、陛下と、サフィール王子殿下は退出された。
ウェーバー子爵は、心を落ち着けるために御手洗いに行くことにした。
御手洗いから部屋に戻る途中で、エイドが子爵に向かって言った。
「旦那様。後見人の件、お嬢に秘書を付けて、お嬢の持っている知識を秘書に伝えてもいいという許可を貰って下さい」
「秘書? だが……誰が」
「俺が、お嬢を近くで支えます。もう、これ以上、お嬢を1人で泣かせたくねぇ」
「エイド……」
ウェーバー子爵は、エイドに言われて、過去のことを思い出した。
エマやエイドは、シャルロッテが幼い頃から宝石勉強をしている時、横で宝石を覚えたかどうか問題を出したりして、シャルロッテをずっと支えていた。実は、優秀なエマもエイドも宝石の基礎知識は充分にあるのだ。だから、仕分けなどその他、シャルロッテが家で勉強しなくなった部分をカバーすれば、すぐにでも、即戦力になる可能性もある。
何より、しばらくは友人の家とはいえ、シャルロッテを1人にはしたくなかった。
「料理作れなくなったり、御者やれねぇは申し訳ねぇのですが」
エイドは申し訳なさそうに言ったが、伯爵は、エイドの肩を軽く叩きながら言った。
「いや、ありがとう。エイド、シャルを頼むよ」
「はい」
☆==☆==
2人が部屋に戻ると、ランゲ侯爵が、ウェーバー子爵に楽し気に話しかけてた。
「いや~ウェーバー子爵。実は、私は、チェスには目が無くて……以前、シャルロッテ嬢と対戦させてもらったことがあるのですが……非常に強いですね~~。シャルロッテ嬢には、またぜひとも、お相手をお願いしたいものです。はははは」
ランゲ侯爵は見た目は、とても気難しい雰囲気なのに、とても気さくに話しかけてくれる方だった。ウェーバー子爵は、娘を褒められて、少しだけ頬が緩んだ。
「あの子には、もう私も歯が立ちません」
「そうですか!! 近々、シャルロッテ嬢と共に、我が家にお越しください。今後の話合いも兼ねて、娘に会いに来てください。ここのところ試験勉強や課外研究で忙しかったと、娘もシャルロッテ嬢に会えずに寂しがっております。
それで、よければ、私とチェスの相手をして頂けますと嬉しいですな。そうそう、ステーア公爵も、またシャルロッテ嬢にお相手してほしいと言っていました」
「ステーア公爵が?!」
ウェーバー子爵は、シャルロッテ顔の広さに、驚きを隠せなかった。
ステーア公爵と言えば、この国の貴族の中のトップに君臨する方だ。ウェーバー子爵は、お会いしたことさえない。国王陛下と同様にお会いするのが恐れ多い方だ。
そんなウェーバー子爵を見てランゲ侯爵は、ゆっくりと説明するように言った。
「ええ。Sクラス恒例の行事で、歴代のSクラスのチェス優勝者と現優勝者がチェス勝負をするという行事がありましてな。シャルロッテ嬢は、今年のSクラスの覇者なのですよ。皆、またシャルロッテ嬢と対戦したいと言っていますので、そのうちお誘いがあるではないですかな?
あはは。正直なところ、シャルロッテ嬢の後見人なら私でなくとも、ステーア公爵も、ノーイズ公爵家も、ハルバルト侯爵も喜んで引き受けたと思いますよ、随分と彼女を気に入っておられたようなので。しかし、今回私にお話がきたのは、娘とシャルロッテ嬢が、懇意だったからでしょうな~~。いや~~娘に感謝しなければならないな」
ホフマン伯爵が目を丸くして呟いた。それだけの高位貴族の方々との繋がりがあれば、この国で何かあっても困ることはないと言えるほどの方々だった。
「シャルロッテ嬢は、それほどまでに素晴らしい人脈をお持ちだったのか」
「私も初めて知りました……」
ウェーバー子爵もチェス大会のことは聞いていたが、シャルロッテが、『クラスのチェス大会で優勝して、たくさんの方々と対戦したの!! 楽しかったわ~~』とあっさりというものだから、てっきりクラスの御学友と対戦したのだと思っていたのだが……。まさか、そのような国を代表するような高位貴族の方々と対戦していたとは、夢にも思わなかった。
ランゲ侯爵の話に、ホフマン伯爵とウェーバー子爵が呆気に取られていると、陛下と殿下が戻られた。
「待たせた。では、ウェーバー子爵、返事を聞こう」
「はい。陛下、失礼ながら私からもよろしいでしょうか?」
「申せ」
陛下に見つめられながらも、ウェーバー子爵は冷静に尋ねた。
「はい。後見人に娘を預けるというのなら、娘に秘書を付けることをお許し下さい。そして、秘書にも宝石の知識を教えることを許可して頂きたい」
陛下は、少し考えた後に、あっさりと答えた。
「よい。ただし秘書となる者には『知識を無断で広めない』と誓約書にサインをさせよ。なお秘書は1名だけだ」
「畏まりました。では、後見人の件、改めてよろしくお願い致します」
ウェーバー子爵が頭を下げるとランゲ侯爵も「こちらこそよろしくお願いします」と2人は握手を交わした。その光景をホフマン伯爵はまるで白昼夢を見ているようだと思いながら見ていたのだった。
「では、詳しいことは、追って知らせよう。ホフマン伯爵と、ランゲ侯爵は残ってくれ。ウェーバー子爵は、今日は戻って貰って構わない」
サフィール殿下の言葉で、帰れることになった。
「はい。失礼致します」
こうしてウェーバー子爵は、無事に、陛下との謁見を終えたのだった。
☆==☆==
――ウェーバー子爵邸にて――
右にはお母様が座って、左には、エマが座って、膝の前には弟がいて……。
私は現在、全力で家族に甘やかされていた。
「お嬢様、今日のご飯は、何がいいですか? 今日は好きな物を食べましょうね。エイドが作ります」
「シャル、どこか買い物でも行く? 欲しいものはない?」
「お姉様、ちゅ~する? だっこもする? なでなでもしてあげるね」
エマやお母様や、弟の気持ちは嬉しいが、これは少し恥ずかしい。
「今、帰ったよ~~、私もシャルを甘やかしたい!!」
お父様まで参戦するようだ。甘やかされるのは嬉しいが、これでは収集がつかない。
「お嬢~~ああ、よかった。先程よりは、顔色が良くなりましたね」
エイドも部屋に入ってきた。みんなが私をなぐさめてくれるのが嬉しくて、思わず笑ってしまった。
「あ、お父様、エイド。どうだった? 何か罰があったりしたの??」
私が恐る恐る尋ねると、エイドが、にっこりと笑った。
「俺、お嬢の秘書になりましたので、俺にもお嬢が言ってた『誰にも言ったらダメ』だった宝石のこと、教えてくださいね」
「え?」
私が驚いていると、お父様が困ったように言った。
「シャル。陛下がシャルにこれまで通り宝石の仕分けを続けてほしいとおっしゃっていてね。今後は、ホフマン伯爵家ではなく、ランゲ侯爵で、仕分けの仕事をしてほしいとのことだ」
「私、宝石の仕事を続けられるの??」
実は、宝石の仕事は楽しいと思っていたので、続けられることが嬉しかった。
「ああ。でも、ホフマン伯爵家とは、もう関わりを持てないから、代わりにランゲ侯爵がシャルの後見人になってくれたんだ。家ではとてもじゃないが、宝石を守れないからね」
「そうね……ハンスの屋敷はかなり厳重な警備だったものね……」
ふと私はエカテリーナとの会話を思い出した。
エカテリーナは、私によく言っていた。
「シャルロッテの家は、ずっと研究や学者の家系なのでしょう? その道を極めているようで羨ましいわ」
「そうかしら?」
「家って、元々は、騎士で爵位を受けたのが始まりなの。それから、騎士として道が悪いと不便だからって街道を整備したのよ。そしたら、その前の代の先祖が、大雨で街道が使えなくなると不便だからって、土砂災害の対策を研究したのよ。そしたら、おじい様は、研究するにも民の教育が必要だって、教育に興味を持って、教育を受けた民は、農作物の収穫の効率化を計るようになって、お父様は、農産物の興味を持って、今は、お父様と弟は、新鮮な野菜や果物を国中に流通させるっておっしゃってるわ。全く一貫性のない家系なのよね~~」
「でも、色んなことを経験してるって、初めてのことにも挑戦できるってことよね。羨ましいわ」
「ふふふ、そう言われるとそうね。本当にあなたと話をしていると、飽きないわ」
エカテリーナは、ランゲ侯爵が、一貫がないという言い方をしていたが、伝統だけに縛られずに領の状況を見て、必要なことに尽力するというのは素晴らしい領地経営なのではないだろうか。
あの時にそう思って、感心したことを思い出した。
(確かに、ランゲ侯爵に新しい事業を持ち込んでも、大丈夫でしょうね……さすが国王陛下の采配だわ)
宝石の仕事を1人でするのは不安だったが、エイドが秘書をしてくれて、エカテリーナのお父様が後見人になって下さるのなら、なんとかなるかもしれないと思ったのだった。




