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好きでした、婚約破棄を受け入れます  作者: たぬきち25番
第四章 崩れ行く天秤
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38 好きな人からの婚約破棄

 私は、エマとエイドに励まされ、今日からまたハンスを助けるために頑張ろうと思っていた。

 そして、いつものようにハンスの家に行くと、執事にサロンに通された。


 私が、サロンに入ると、すでにハンスや、ハンスのご両親も一緒にいて、まるで不幸が起こったような顔をしていた。


「おはようございます」


 私は、あいさつをしたが、「おはよう」とハンスの父である伯爵が暗い顔で言っただけで、ハンスのお母様は目に涙を浮かべて、ハンスは俯いたまま、震えているようだった。


 私はみんなの様子がおかしいことに怪訝な顔をすると、ハンスが顔を上げて、私を見ながら言った。



「……シャル……すまない……君との婚約を……破棄したい」

 

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 私の目の前にいるのは最愛の人、ハンス・ホフマン。


 黄金色の髪に陽の光が反射すると、とても綺麗で私はいつも憧れていた。深いエメラルドグリーンの瞳に優しく見つめられる時間が、愛しいと思っていた。


 だが、ハンスの美しい瞳は、臥せられ、私と目を合わせようともしない。

 眉を寄せ、苦しそうに右手で自分の左腕を押さえて震えていた。

 これは、ハンスがつらい時にする癖だ。



――それほどつらそうなのに、なぜ、婚約破棄をするの?


 心の中で問いかけてみたが、言葉には出来なかった。


 私は目を閉じて、この世で一番大好きな人からの言葉を噛み締める。



 『君との婚約を……破棄したい』



 ――イヤだ……。婚約破棄したくない!!


  

 初恋で、ずっと私の世界の中心だった人。


 努力が足りなかった?

 私の態度に問題があったの??


 ……何が悪かったの?


 考えてみてもわからなかった。



――ずっと、大好きで頑張ってきたのにな……。



 婚約を破棄する相手への想いを、未だに凍らせることの出来ない自分に嫌気が差した。


 ゆらゆらと揺れる美しい翡翠のような瞳には、すでに私は映っていないというのに……。

 過去にどれだけ『好きだ』『愛している』と言われたところで、きっともう、元の関係には戻れないのだろう。



――あれほど『好きだ』と言ってくれたのに、本当に終わるの?



 往生際悪く、あがいて縋りつこうとしている自分を、必死に押さえつける。

 ハンスはこう見えて、慎重な人だ。

 遊びや一時の迷いで、婚約破棄を口にしたわけではないだろう。



――ずっと、一緒にいたい!!



 心はそう叫んでいるが、ハンスが一度決めたことを覆すことはないだろうな、と納得している自分もいた。

 幼い頃から、彼だけを見ていたのだ。


 だからこそわかってしまう。


 ハンスが再び私を見てくれることは、ないのだろう。


 目の前が霞んで、ハンスの顔が良く見えない。

 どうしてだろう。



 私はゆっくりと息を吐いて、愛しい人を見つめた。



「……婚約破棄を……受け入れます」


 

 こうして私は、この世で一番大好きで、この世で一番愛しい人との婚約破棄を受け入れた。


 

 ☆==☆==



「シャルロッテ嬢、本当にすまない!!」


 ハンスのお父様が私に頭を下げた。


「やめて……下さい……」


「本当に、ごめんなさい」


 今度は、ハンスのお母様が頭を下げた。


「やめて下さい……」


 私はハンスのご両親に呆然としながらも、頭を上げるようにお願いした。

 何がなんだかわからずに、私は混乱していたのだ。


「これから、私は、シャルロッテ嬢の屋敷に行って、話をしてくる。シャルロッテ嬢は……私と同乗ではなく、ピエールに送らせよう」


 ハンスのお父様の言葉で、『ああ、本当に婚約を破棄するんだ』と実感して、涙が流れてきた。

 普段なら馬車の同乗は、なんの問題もない。だが……確かに、今、ハンスのお父様と一緒に馬車に乗るのはつらかったので、伯爵の私への気遣いに感謝した。


 部屋から出て行く伯爵を見送りなら私は、ようやく頭が動きだした。


 

 なぜ、婚約破棄をされるのか?

 私の何が悪かったのか?


 答えを探してはみたが、やっぱりわからなかった。


 ハンスはいつも優しかった。

 本当にいつも優しかったのだ……。


 まさか、嫌われているとは思わなかった。


 ふと、ハンスを見ると、ハンスも泣いているように思う。


 なぜハンスが泣くのだろうか?

 なぜそんなに切なそうに涙を流しているのだろうか?



 だが、今の私には、ハンスに手を差し出す資格はない。


 私は震える声で、私に優しくしてくれた執事に視線を向けた、執事はつらそうな顔をしていた。


「……エイドを呼んで下さい」


「ピエールに送らせます」


 執事の提案に私は、自分でも驚くほど大きな声を上げた。


「いえ!! お願いします。すぐにエイドを。馬で迎えに来てくれるように言って下さい」


「畏まりました」


 きっと、執事がすぐにエイドに伝えてくれるだろう。


 私は、ハンスのお母様に向かって言った。


「エイドが来るまで、噴水を見せてもらっても構いませんか? もう、最後になると思いますので」


「俺も行くよ」


 ハンスにとっては条件反射のようなものだったのかもしれない。七色の噴水は、私とハンスのお気に入りの場所で、よく手を繋いで一緒に遊んでいたのだ。

 そんなハンスが声を上げて私の手を取ろうとした瞬間。


 パン!! と大きな音が室内に響き渡った。


 気が付くと、ハンスのお母様が、私の手を取ろうとするハンスの頬に平手打ちをしていた。


「ハンス……下がりなさい」


 これまで聞いたことがないほど、低い声が響いた。

 ハンスのお母様の怒りを感じた。


 ハンスはヨロヨロと私から離れると、部屋を出た。

 すると、ハンスの母親が、私の手を取って泣きながら言った。


「本当にごめんさい。あなたは、素晴らしいお嬢さんよ。どうか、どうか、幸せになって頂戴。お願い。お願いします」


 私は、ハンスの母親の手をそっと握った。


「はい。ありがとうございます」


 私は頭を下げると噴水を見に行った。

 この噴水は、ハンスに初めて案内してもらった場所で私のお気に入りの場所だった。

 私は、この噴水を『七色の噴水』と呼んでいた。



 噴水も、つるバラのアーチのある庭も変わらず美しい。

 だが、もうこの場所に来ることもないのだろう。


 私は噴水を見ながらまた涙が浮かんできた。


『シャルは、今日も本当に可愛いな~~』

『シャルが、僕の婚約者でよかった!!』

『シャル、早く結婚したいね』


『シャル、大好きだよ!!』


 この場所を選んだのは失敗だったかもしれない。

 次々とハンスとの楽しい思い出が浮かんできて、目を開けていられなかった。


 目をつぶって、息を吐いた後に、小さく呟いた。


「好きでした、ハンス・ホフマン様」


 ふと視線を感じて、窓を見ると、ハンスが窓からこちらを見ていた。

 もちろん、私の声など聞こえていないはずだ。


 ハンスと見つめ合ったまま、どれくらいの時間が経っただろう。

 一瞬だった気もするし、永遠だった気もする。


 そんな時間見つめ合っていた私に、執事が声をかけてくれた。


「エイド様がご到着されました」


「ありがとうございます」


 私は、ハンスを見上げると、頭を下げた。

 そして、そのままハンスを振り返ることなく、エイドの元に向かったのだった。












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