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好きでした、婚約破棄を受け入れます  作者: たぬきち25番
第四章 崩れ行く天秤
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34 半分しか見えない月



「ハンス……伯爵、失礼致します」


「待ってくれ、シャルロッテ嬢」


 ハンスを追いかけようとすると、ハフマン伯爵から声をかけられた。


「はい」


 私は、ハンスのお父様である現ホフマン伯爵を見つめた。


「ここ数ヶ月、ハンスの様子がおかしいのだが……何か知らないかな?」


 私は思わず、唇を噛んだ。ここ数ヶ月は学院のテストと、宝石の仕分けが忙しく、家に帰る時間さえもなくて、ホフマン伯爵の家に泊まったりしたというのに、ハンスとはあいさつ程度しか話をしなかったのだ。

 

『シャル、おはよう、昨日も泊まり込みだったのか? 負担をかけてごめん』


 ハンスは私と顔を合わせても、いつのもように優しく労いの言葉をかけてくれたり、いつものように笑いかけてくれていた。乗馬大会や剣の大会の前は、ハンスも忙しそうなので、今回もてっきりそうだと思っていた。

 だから、私はハンスが、騎士になろうとしていることさえ、知らなかったのだ。


「伯爵……申し訳ございません。私は、ハンスが騎士になろうとしていることさえ……知りません……でした」


「そうなのか?! てっきり、ハンスも君には話をしていると思っていた」


 伯爵は、驚いた顔をした後に考え込んだ。


「シャルロッテ嬢。私がもう一度、ハンスと2人で話をしよう。その後、もう一度、君と話がしたいのだが……どうかな?」


 伯爵の言葉に、私は頷くしかなかった。


「はい」


「今日は、帰ってゆっくりとおやすみ」


「はい」


 私はまるで、壊れた人形のように『はい』とだけを繰り返すと、ピエールに送って貰って、ハンスの家を出たのだった。家に戻った途端、私は部屋に閉じこもった。


 ずっと私に優しくしてくれた元ホフマン伯爵を亡くし、自分が思い描いていたハンスと一緒に宝石に関わるという未来が崩れていくようなそんな恐怖を感じて、きっと酷い顔をしているはずだ。こんな顔を誰にも見せらなかった。


トントントン。


 夜空が窓を覆う頃、控え目なノックの音が聞こえた。


「お嬢様。お食事ですよ」


 エマが、控え目に声をかけてくれたが、私は何も答えられなかった。

 すると、ガタッと音がした。


 きっと、エマがドアの向こうにドアを背にして座ったのだと思う。昔から、私が部屋に閉じこもると、ドアを背にして話を聞いてくれた。

 私もドアまで行くと、ドアを背にして座った。


 なぜだろう。

 ドアの向こうにエマも気配を感じて、思わず泣きそうになった。


「お嬢様。今日の月は、キレイに半分ですよ」


 エマにそう言われて、窓から見える月を見上げた。


「前に本で読みましたよね。月って、本当はずっと丸いのに、光が当たる部分か変わることで、形が変わるって………今日は、半分だけ見えているんですね」


「半分だけ……」


 私は、エマの言葉を聞きながら月を見上げた。


「半分しか見えなかったら、月って半分しかないのかと思いますよね」


 見えなかったら……ないと思う?

 そう言われて、ハンスの言葉を思い出した。


『現実問題。私とシャルだけで宝石の仕分けを全て行うというのは、負担が大きすぎます!! 父上たちは、助けてくれないのでしょう?!』


 あの時、ハンスは私とハンス2人の負担が大きいと言っていた。確かに、ずっと元ホフマン伯爵がやっていた仕事を2人でするのは、私も不安だった。

 

「ハンスも、伯爵が亡くなって不安……だったのかな?」


「そうかもしれませんね」


 元ホフマン伯爵が亡くなった今、ハンスのお父様が宝石事業の最終責任者といえ、実際に実務的なことの責任者は、ハンスだ。きっとそれは私が想像する以上の重圧なのかもしれない。

 

 ハンスはいつも私に優しいが、あまり私に弱いところは見せてくれない。もっと私にも頼って欲しいと思うが、あまり頼ってはくれない。


「私って、頼りないのかな?」


 私が小声で呟くと、大きな声が聞こえた。


「お嬢!! それは違います!! 男ってのは、惚れた女に弱みなんてなかなか見せられねぇ、生き物なんです!!」


 どうやら、ドアに向こうに居たのは、エマだけじゃなく、エイドも居てくれたようだった。エマとエイドの気持ちが嬉しくて、私は足に力を入れて立ち上がった。

 

 トントントンと、扉を叩くと、エマが立ち上がる気配を感じて、扉を開けた。


「お嬢様!!」


「お嬢!!」

 

 まるで泣きそうな顔のエマに抱きしめられて、エイドに髪を撫でられた。


「ご飯まだある?」


 私が尋ねると、2人が笑顔になった。


「はい!!」


「もちろんです!! さぁ、ご飯食べに行きましょう!!」


「ええ」


 私は、前を歩く2人の背中に向かって小声で呟いた。


「……ありがとう」


 すると、かなり小さな声だったにも関わらす、2人が振り向いた。


「今日は、お嬢の好きなシチューですよ」


「ふふふ、デザートにリンゴパイもありますよ」


 私は思わず2人の腕に抱きついた。2人は嬉しそうに目を細めながら、食堂に向かったのだった。



 ☆==☆==


 その頃……ホフマン伯爵家では。


 トントントン。


「失礼します」


「入れ」


 ハンスが扉を開けて、ホフマン伯爵夫妻の待つ部屋に入ったのだった。




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