31 残酷な言葉
それから、さらに一年が経った。
シャルロッテは、2年になり、相変わらずのSクラスだが、代表生徒の任期は終えた。
だが、1年間ずっと、ゲオルグと行動を共にしていたので、シャルロッテとハンスが婚約者ということは、学院には、あまり伝わってはいなかった。
ハンスの方は、Bクラスにギリギリ残留できたが、このままでは、来年は、Cクラスになるかもしれないということで、乗馬や、剣の稽古を大幅に減らそうかと考えているところだった。
今日も、シャルロッテは、課外活動で、ホフマン伯爵と一緒に宝石を見に行って学院には姿を見せていなかった。
ハンスは中庭で、ぼんやりと昼食を摂っていた。
(乗馬や、剣の稽古を減らしたくはないが……。このままではシャルとかなり差がついてしまう。
シャルはきっとこのまま、学院を卒業するまで、Sクラスだろう……。せめて、Bクラスを死守しなければ……。そのためには、剣の時間を……)
ハンスにとって、乗馬や剣は自分を解放出来る、唯一の時間でもあった。その時間を減らすということは、苦痛を伴うことだった。
「ハンス様、こちらにおいででしたか?」
「ああ、ヘルマ嬢」
ハンスはいつも、女子学生に囲まれるので、1人になれる場所を探していたが、どうやら、今日は見つかってしまったらしい。
「お隣よろしいでしょうか?」
「……はい」
ここは、学院の敷地内だ。だから、ここの学生なら、好きに座る権利があるので、ハンスはあえて断らなかった。
「お兄様から、乗馬や剣の練習時間を減らされるとお聞き致しました。なぜです? ハンス様は昨年の乗馬大会で、現役騎士の方々を押さえて、入賞されたのですよ? 学生で、去年、あの大会で入賞されたのは、ハンス様だけですわ。お兄様も、お父様さえ、もったいないとおしゃっておいでですのよ?」
その言葉は、ハンスの胸に深く突き刺さった。
「騎士団長が?」
「ええ」
ヘルマの父のナーゲル伯爵は、昨年、騎士団長に就任した。これまでとは違い、実力のあるものを幹部に据えるなどして、騎士団を大きく改変している。
ハンスにとっても、憧れの人物でもあった。
ヘルマは、ハンスの手を取ると、真剣な顔で言った。
「ハンス様、あなたには騎士になりたいと願う者が、羨ましいと心から想うほどの才能があります。しかも、これからまだまだ伸びると、皆、あなたに期待しています!! なぜ、そのような稀有な才能を捨てようとするのですか?!」
ヘルマは、騎士家系だ。きっとこれまで、多くの騎士に憧れ、努力し、挫折する者たちを多く見て来たのだろ。
そんな令嬢にとって、自分のように、本来のやるべきことは、乗馬や剣ではない人間のことが理解できないのも仕方がないことかもしれない。
ハンスは唇を噛みながら、呟くように言った。
「……私には、他にやるべきことがあります」
「そうだとしても!! もし、私が、ハンス様の御婚約者様なら、自分のことではなく、ハンス様の活躍のために、影からハンス様をお支えいたしますわ」
「え?」
それは、ハンスが、ずっとシャルロッテに言ってほしいと願っていた言葉だった。最近では、シャルロッテは、ホフマン伯爵と、宝石の調査の出掛けたり、Sクラスの課題があると、忙しそうで、学院に入学するまでは、週末には、剣の稽古を見に来てくれたりしたのに、そんな時間も取れず、最近では、乗馬や剣の大会の本選は必ず、応援に来てくれるが、予選は応援に来てくれないこともあった。
だが、ヘルマはいつも、予選から応援に来てくれているのだ。
ヘルマは、じっと、ハンスを見つめると、悔しそうに言った。
「なぜ、ウェーバー子爵令嬢より前に、あなたとお会い出来なかったのでしょう。ハンス様は、乗馬や剣の才能がおありですわ。私が支えます。どうか、あきらめないで下さい」
ハンスは、よろけた足で、急いで立ち上がると、その場を立ち去った。
(才能がある……、そんなものあったって、私の家は……)
ハンスにとって、残酷過ぎる甘い言葉に耐えられずに、ハンスは学院の剣の訓練場に向かった。その日、ハンスは午後の授業には出ずに、ずっと剣を振っていたのだった。




