29 貴族学院入学式(4)
ようやく長い一日が終わり、ハンスとシャルロッテは、馬車でホフマン伯爵家に向かっていた。
「え? シャル、新入生のダンスパーティーは、俺と出席しないのか?」
ハンスが、私の予定表を見ながら眉を寄せた。
「う、うん。そうみたい」
私は、悪いことはしていないが、なぜか居たたまれない思いだった。
「だが……Sクラスとは、こうも時間が違うのか……今からでも、俺と同じBクラスに変更出来ないのか?」
ハンスは、私の予定表を見ながら深い溜息をついた。
一度決まったクラスを変更するというのが、果たして出来るかどうかわからないが、私はハンスがそう言うのなら、それも仕方ないと思えた。
「とりあえず、おじい様に相談してみよう。もしかしたら、おじい様なら、シャルのクラスを変更して下さるかもしれない」
「……そうね」
正直に言うと、Sクラスの授業内容は面白そうだった。ハンスに貰ったBクラスの勉強はすでに、ホフマン伯爵家の家庭教師の方から教わった内容だったので、Sクラスで学びたいという思いがあったが、私はハンスの婚約者だ。ハンスが同じクラスがいいと言うのなら、私が言うことは何もないだろう。
私は、少しだけ溜息をつきながらホフマン伯爵家に向かったのだった。
☆==☆==
「シャルロッテ嬢!! Sクラスに、代表生徒など!! 大変、素晴らしい!!」
ホフマン伯爵に、Sクラスになり、代表生徒に選ばれたことを告げると、伯爵はそれはそれは喜んでくれた。
「おじい様、しかし……シャルとは同じクラスの方が……」
ハンスが伯爵に、伝えようとすると、伯爵が珍しく不機嫌そうにハンスを見た。
「よいか? 私は、シャルロッテ嬢と、ハンスお前には、同様の教師を付けて、同じ教育を施したつもりだ。シャルロッテ嬢は、与えられたチャンスを最大限に活かして、学んだ結果、Sクラスになり、代表生徒に選ばれたのだ!! なぜ、怠惰なお前に、優秀な彼女が合わせなければならない!!」
「おじい様……」
伯爵は、ハンスを無視すると、私の方を見た。
「シャルロッテ嬢。この各自のフィールドワークという項目、私と一緒に隣国の鉱山を見に行くかい? 隣国の宝石のことを研究結果として発表すれば良いだろう」
「はい。ぜひ」
私がホフマン伯爵に同意すると、ハンスが声を上げた。
「おじい様。私も行きます」
「お前は、入学したばかりだろう? 基礎的なことも知らずにホフマン伯爵領が継げると思うな!!」
これまでは、どこかハンスに任せていたホフマン伯爵は、常々、『貴族学院に入学までは、何も言わない各自の努力に任せる』とおしゃっていた。
「ハンス。宝石の勉強もこれまで同様続けるように」
「え?」
ハンスが、目を大きくあけて、伯爵を見ていた。
「ですが、学院の勉強と、宝石の勉強など、乗馬や、剣術の稽古の時間が減ってしまいます!!」
ハンスは、伯爵に向かって大きな声を上げた。
「自分にとって、何が大切かを見極めよ」
伯爵は、ハンスにそれだけを言うと、部屋を出て行った。
ハンスは、頭を押さえて、床に座り込んでいた。私は、ハンスをなぐさめようと近づいて、ハンスに腕に触れようとした。
バシッ!!
するとハンスに腕をはたかれた。いつも優しいハンスに腕をはたかれるは初めてのことで、私は思わず固まってしまった。
「シャル……ごめん……今日は帰ってくれないか?」
「ハンス……」
私は、荷物を持つと、部屋を出た。部屋を出ると、執事が心配そうな顔をしていた。
「旦那様もずっと我慢していらしたので」
「そうなのですか……」
「ピエールに送らせます」
「ありがとうございます」
私は、ピエールに送ってもらい、ホフマン伯爵家を後にした。もう少し、ハンスに勉強しようと言えばよかったのだろうか?
私が、Sクラスになどなってしまったからだろうか?
ハンスに、はたかれた腕が痛いと思えた。
☆==☆==
家に帰ると、お父様やお母様、エイドやエマやシャロンが向かえてくれた。
「ただいま、私、Sクラスになったわ」
「Sクラス~~~?! え? Sクラスって、あの、Sクラス?!」
「シャル~~~!! 凄いわ!!」
お父様と、お母様は、信じられないと言って喜んでくれた。エイドと、エマとシャロンは、Sクラスと言っても、意味がわからないようだったが、『昼食が無料で食べられる』というと、それはそれは喜んでくれた。
「お嬢!! さすがですね~~。はぁ~~家のお嬢は可愛いだけではなく、賢い♪」
「お嬢様、頑張ってましたもんね!! 凄いです」
「姉様!! 凄いです」
エイドやエマやシャロンの嬉しそうな声に、私の心は段々と沈んで行った。
「シャル。どうしたんだい? なぜそんなにつらそうなんだい?」
すると、お父様と、お母様が私の顔を覗き込んで来た。
「私……代表生徒に選ばれたの……ハンス以外の人とダンスや社交のペアを組まなければならなの」
すると、さほどまで、明るい顔だったお父様や、お母様の顔が曇った。
「それは……ホフマン伯爵はなんと?」
「伯爵は、喜んで下さったわ。栄誉なことだから、頑張りなさいと……」
お父様が、困った顔をして、私を見た。
「ちなみにハンス様のクラスはなんだい?」
「ハンスはBクラスだと言っていたわ」
するとお母様も息を飲んだ。
「SクラスとBクラスでは、ほとんど接点がないわ。せめて、シャルがAクラスなら、接点もあったけれど……」
「ああ、もう、Sクラスとその以外のクラスは、別の学校だとも言える」
お父様も、お母様も貴族学院の出身なので、貴族学院の内部について詳しい。
やはり、ハンスとの接点はなくなってしまうようだった。
私が、肩を落としていると、お父様が、私の肩を持った。
「シャル。心配しなくてもいい。貴族学院は、とても厳しい学校だ。お父様は、貴族学院時代に必死で勉強した記憶しかないよ」
すると、お母様も「うんうん」と頷いた。
「私もハンス様と同じ、Bクラスだったけど、テストの度に、図書室にこもって、必死で勉強したわ」
私は、2人が何を言っているのかわからずに首を傾けた。
「つまり、ハンス様を信じて、シャルは勉強を頑張ればいいんだよ。将来、ハンス様を助けるためにもね」
父が片目を閉じて笑うと、私も少しだけ心が軽くなった。
そうだ、勉強をしに行くのだ。ダンスなどはおまけだ。メインは勉強なのだ。
私は少しだけ落ち着いて、息を吐いた。
「そうね。私、自分の出来ることをするわ」
「そうよ!!」
みんなに励まされて、少しだけ心が軽くなった。明日からは、本格的な勉強が始まる。私は、貰った書類を見た。Sクラスはかなり大変そうだ。
私は明日からに準備をすることにしたのだった。




