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第五話 そ、そんなー!放っといてくれよ、広瀬さんお願い!

「Yo、大江、こっち」


夜生花が手を挙げて呼びかけた。


「あの正義くん、ちょっと見直しちゃったよ」


大江がトレイを二枚テーブルに置く。


「規則は守らないけどね」


そのうち一枚を夜生花に差し出した。「ほら、阿夜の分…」


「これは計画だ。彼に良心が目覚めた訳じゃない」


「…とにかく、食べよう」


「中国にいた頃、君がビーフシチューが好きだって話してたよね」


「ええ、大好き」


そう言うと、彼女はどこからともなくスプーンを——いや、むしろ鍋みたいなものを取り出し、丼のご飯を全てすくい上げて、口に押し込んだ。


向かいの大江は愕然として彼女を見つめる。


「お前…宇宙人か!?」



「どうしよう…晶ちゃんと向き合うのか…それにあの憎たらしい小娘も…」


正義は口に詰め込んだパンを噛みながら、向かい側の晶を一心に盗み見ていた。


ジッ――ッ


姉に向けられる視線を察知したらしい、虎子は「ずっと監視してるからな」という視線を正義に投げかける。正義はそっぽを向き、軽くため息をついた。


「分かってるよ…お前…わざわざ言わなくても…」


「西門さん?どうかしたの?」


「な、な、なんでもないよ!ハハハ、今日の焼きそばパン、うめぇな!」


「あら?自分の分は焼きそばパンだけ買って、私たち二人には限定メニューを?何、同情してほしいの?」


虎子が横から口を挟んできた!


「あらあら、虎子、西門さんにそんな意地悪言わないでよ」


晶が新しいスプーンとお皿を取り、自分のカレーライスの半分を正義に分けてくれた。


「半分こしよう!こんなにいっぱい食べられないから…」


「こ、これ、ホントにいいんですか!?」


正義の手は感動で震え、震えながらも受け取った――それは宝物を得たかのようだった。食べようとはせず、目を閉じて天を仰ぎ、胸の前で両手を組み合わせた。


このご飯……食べられない!これはまさしく俺と晶様の結ばれしあかしだ!


鼻息を荒くし、まるで蒸気機関のごとく、自らの勝利を宣言していた。


「姉さん、まさか…」


「虎子、そう言わないで。西門さんはいい人なんだから」


「ああ…へへ…いい人ね、いい人…姉ちゃんが気に入ればそれでいいわ…」


食堂全体が奇妙な様相を呈していた。正義と矢口姉妹が食事をしているのだが、正義はただひたすら椅子の背もたれにもたれかかり、頭は後ろの席の人間とぶつかるほどになっていた。


夜生花は大江(おい!これはもうゾンビだろ!)を咀嚼そしゃくしている。


さとしは…いや、彼はもう食べ終わっていた。


向人たちは屋上に移動してパーティーを始めていた…


あっ!ABCトリオだ!彼らが自動販売機を窓の外でいじめている!


え?杏田先生が一人で食事?普段は悪魔校長と一緒に食べてるんじゃ…


「前の席の!俺の頭をいつまで押し付けてるんだよッ!」


途端に強いオーラが圧し掛かってきた。


「…文…句…あ…る…のか…クソが…」


正義は歯を食いしばり、顔に青筋を浮かべながら言う。まるでヤクザの組長のようだった。


正義が顔を上げると、そこにいたのはあの飛び込みの得意なあの女生徒だった。正義はすぐに落ち着きを取り戻した。


「あれ…君…あの時、飛び込みを…」


「ケンカ売ってんのか!てめぇ!」悠美が立ち上がり、拳を固めて正義の顔面へ殴りかかろうとする。


「あらあら!ユウミじゃないの!」


晶が立ち上がり、飛びつくように悠美に抱きついた。晶よりも頭一つ近く高く、逞しい悠美だったが、晶は死に物狂いで腕を絞め付け、その強力な力に悠美は息もできないほどだった。


「も、もう…小晶…きつすぎるよ…息、できん…!」


「これは…」


正義が後ずさりしながら尋ねた。


「彼女は広瀬ユウミ(ひろせ ゆうみ)よ、西門さん!小さい頃からの親友なんだ!」


『広瀬悠美か…クラスに確かにそんな奴がいるな…』


「あぁ…ああ…広瀬さんか…気づかなかったよ、ホントに…」


「赤門の火事、大水衝了龍王廟(←中国のことわざです、「身内同士で争う」のと同じです)」


夜生花がいつ現れたか、そこにいた。


「そ…そう……そうなんだよ、何がだよ!いつからそこにいたんだよ、それに口の中に大江の黒縁メガネまでくわえてるじゃねーか!おい!」


その混乱の中で、椅子に座った虎子も口を開いた:


「ユウミ、どうして今日食堂で食べたの?」


「ああ、それはね、ちょっと気分転換にってやつかな。食堂に限定メニューがあるって聞いたから、試しに来てみたんだ」


悠美のテーブルには、巨大なサイズのビーフシチュー丼が三つも並んでいた。


「わあ、これ全部一人で食べるの?ユウミ!相変わらず大食いね!」


「だって普段の運動量がハンパないからさ…へへ…」


悠美は照れくさそうに頭をかきながら、歯を見せて笑った。


『このユウミって女…こんなに食べるのか…あの飛び込みの時はすごく軽やかだったのに…ひょっとしたら…水泳にも興味あるのかな…彼女…ちょっと…可愛いかも…』


「ああ…その手入れの行き届いた黒髪、完璧なウエストライン…」


夜生花が正義の背後で、新人役者のような棒読みで小声で囁く。


「へへ…そうだよな…そうだ…そうじゃねーよ!どっか行け!」


正義が振り向いて夜生花を追い払うと、彼女は素直にどこかへ行ってしまった。


正義はまっすぐに悠美を、少しも隠そうとせずに、上から下まで舐めるように見つめた。


『ダメダメ、俺にはもう晶ちゃんがいるんだ、こんなことできるか!』


「おい、さっきからずっと俺のこと見てるじゃねーか、変態かお前は!?」


「そう言わないでよ、ユウミ。多分彼、君に興味があるだけかもよ!」


虎子が立ち上がり、正義の肩をポンポンと叩きながら、憎たらしげに言った。


「チッチッチ…変態体質バレバレだねぇ…」


彼女は服のホコリをはたき、髪を整え、ポケットからリップクリームを取り出して念入りに塗った。


「姉ちゃん、ユウミ、私先に行くね。宿題終わってないから」


虎子が去ると、悠美は当然のように元々虎子がいた席に座った。晶と悠美は話が弾んだが、正義は忘れ去られていた…


「ねぇねぇ、西門さん、前に言ってたよね…水泳が好きだって?ちょうどユウミも好きなのよ!彼女、すごく上手いんだから!水泳部のキャプテンよ!」


「ああ…そう…そっか、すごいね…」


正義は片手で頬杖をつき、窓の外を見つめているが、晶が悠美を紹介する話には全く興味なさそうだった。


「そ、そうなんだ…へへ、俺が水泳部のキャプテンさ。前のキャプテンが病気で休学しちゃったから、今は俺がね!」


「私も水泳やってみようかなぁ…どうしよう…」


「俺が!俺が教える!晶ちゃん…いや晶さんに水泳!」


正義は血を注入されたかのように、片足をテーブルに、もう片足を椅子にかけ、両手で晶の手を握った…。しばらくして、自分がとんでもなく恥ずかしいことをしたことに気づき、周囲の好奇の目線の中で、おとなしく椅子に座り直した。


「ほんと!?良かった!実はね、うまくできるか分からなくて…多分ダメかもね…はは…体質がそうなんだよね…」


「落ち込むな!晶さん!俺が教えるぜ!」


「うん!ありがとう!」


晶は心から喜びを滲ませた。その心からの純粋さこそが、正義が諦められない理由だったのだ…


『優しい天使様…この務めを我が西門正義の使命とさせて頂く!』


しばらくして…


「おい…聞こえねぇか…何か音が…」


「わかんねぇ…レースカーか?」


「西門正義―――ッッ!!!コノガキィィィ、よくもまあ!!二人もかよ!二股かよォオオ!!!」


二条校長が砲弾のように突撃してきた。入り口に仁王立ちし、一緒に現れたのは夜生花だった。


「夜生花め!おいおい!どこ行く!」


夜生花、逃亡した…


「おいおいおいおい!!ガキィ!あんなに大っぴらに二股かよ!!それにあのもう一人、俺らのクラスの広瀬じゃねーか!自班の女にも手を出すのか!!チクショオオオ!」


二条校長は烈火の如く怒り狂い、嫉妬で顔を真っ赤に染め、赤面鬼のごとく手足をバタバタさせながら正義の前で喚き散らした。


「おいおいおい、クソッ!何が二股だよ!ちゃんと見ろよ!食事をご馳走してるだけだ…!」


正義は弁解を試みるが、その声は二条の火山噴火のような怒号の前では無力だった。


「お前の言うこと信じられるか!てめぇーーー!!」


二条の声はさらに大きく、金髪が逆立ち、眼玉が飛び出さんばかり。


「青春!青春は素晴らしいもんだ!だがなァ!決してお前みたいなガキが乙女心を弄ぶ道具にするためのものじゃないわい!池典高校ちてんこうこう校長、二条永吉の名において、成敗してくれようぞ!」


正義が横目で見ると、まだ面白がって見ている晶と悠美がいる。焦りのあまり汗だくになり、声を潜めて怒鳴った:


「おい!お前ら二人!突っ立ってんじゃねーぞ!早く逃げろ!間に合わねーぞォォォ!」


「う、うん!わかった!」


さすが運動健者の広瀬悠美、反応は神速だった。彼女は状況をまだ呑み込めていない矢口晶を米袋を担ぐかのように軽々と肩に担いだ!


「きゃぁっ!」晶が短く悲鳴を上げる。


「悪いな小晶!緊急事態だ!」


悠美が低く叫び、足に力を込めて、手綱を切れた野馬のように食堂の出口へと突っ走った!その素早い動きで人混みをかき分け、一人を担いでいても速度は落ちず、瞬く間に入口から消えた。


「待てぇ!広瀬!それと…おい、そっちのお嬢ちゃん!」


二条校長は「証拠品」の一人が逃げるのをただ呆然と見つめ、悔しそうに足を踏み鳴らした。


「逃がすか!立ち止まれ!ちゃんと説明しろ―――ッ!」


追いかけようと体勢に入った。


「待てよ!クソッ!ちゃんと話を聞けってんだ!」


正義は焦りのあまり、二条校長の腰を抱きかかえ、暴走する金毛獅子王を食い止めようとした。


「放せ!このタマオキガキィー!公務執行妨害かっ!」


二条は必死でもがき、正義を振りほどこうとする。


二人は瞬く間に食堂の中央で絡み合い、典型的な「クローズ」式兄貴♂友情プロレスを繰り広げた。


「公務とかありえねーよ!ただの嫉妬だろ!いい女に囲まれて飯食ってる俺にっ!この三十路独身哀れおじさんめがァ!」


正義は死に物狂いで二条の腰にしがみつきながら、鋭く相手の弱点を突いた。


「うおおおお―――ッ!何だってェェ!?三十路独身がどうしたッ!独身の自由をワシは楽しんでおる!貴様ごときガキに何がわかるかァァ!」


二条は急所を突かれ、さらに狂暴になった。


「青春!青春とは自由なる独身にて燃え上がるものじゃああああ!」


「燃え上がるも糞もあっ!こっちは燃え上がってるだけだ!離せ!息が詰まる!」


正義は自分の肋骨が折れそうな気がした。


「お前が先に放せよ!」


「お前がまず話を聞けよッ!」


「説明は言い訳だ!言い訳は確信の表れだァ!このハーレム野郎がァ!」


「だから違うっての!アホ校長!頭のネジ一本切れてて曲がらねぇのかよォ!」


食堂の他の学生たちは、この突如として始まった「校長対生徒」の決闘にただただ呆気に取られていた。先ほどまでの喧騒は嘘のように静まり返り、正義と二条校長の罵り合いと組み合う音、そして椅子やテーブルがぶつかるガチャガチャという音だけが響いていた。


「あのう…」


「せ、せんせい…」


「皆さん!もうやめなさい!」


二人は立ち止まり、杏田先生を前にうつむき、先生に叱られる子供のように待っていた。


「まず、二条先生!そんな風に西門君をいじめないで!」


「次に、西門君!先生にそんな無礼なことを言ってはいけません!」


「はい…はい…」


二人は口を揃え、どちらも気まずそうに頭をかいた。


「ほら、お二人さん、お互いに謝って仲直りしなさい!」


杏田先生が両手を合わせて軽く首をかしげ、優しく微笑むと、二人は即座に機械的に握手し和解した。


「これからはお互い仲良くね」


「うん、うん…よしよし…良くできました…」


「二条先生は私と来て…先生、お昼まだ食べてないんでしょう…?わざわざお弁当もう一つ買っちゃった…」


二条は杏田先生に磁石のように吸い寄せられていった。


「なんだよ…自分だってメロメロじゃん…よく俺のこと言えるな…」


夕暮れ時、帰宅部の連中はとっくに帰っていた。同じ帰宅部に属する正義だが、何をしているのか、まだ校内にいた…


「水泳部か…広瀬って奴…キャプテンか…絶対すげぇよな…入学したての一年生が…」


正義は夕暮れの椅子に座って独り言を呟く。耳元に一陣の旋律が響き渡る――ピアノの音だ。奏でられているのは古びた旋律、正義はぼんやりと思い出した。誰かにショパンの曲だと言われたことがある、と。音楽室から流れてくる。ピアノの音は彼を包み込み、まるで久しぶりに会った古い友人のように抱擁する。


「やあ…西…門くん、俺だよ、広瀬…ありがとな…」


「おう…広瀬…さんだよな…?何が?」


「二条先生を足止めしてくれたから…逃げられたじゃん…」


「そうさ、それは晶ちゃん…いや…何でもない…」


「矢口さんのこと好きなんだろ、俺、わかってるぜ」


「え?!ばれてたのか!?じゃあ絶対に本人には言わないでくれよ!頼む!」


「安心しろよ、そんなヒマなことしないさ…」


「それでさ…水泳部、一度見学に来てみる気…あるか…?」


「…………」


「俺には無理だろうな…」

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