第一章 入学!美人〜あの娘、知ってる……かも?〜
三月の寒気が、四月の熱風に吹き払われた。
今年の四月は特に暑く、聖甲虫に押し上げられたかのような高みから、毒々しい太陽が容赦なく人々を焼き付く。
北半球の生物たちは、そんな遥か彼方の恒星からの悪意を感じ取っていた。
古の国においても、
それは同じだった。
「そ、それでは……池典高校、第四十五回新入生入学式を……これより……開式いたしまーーす!」
教壇の前で、一人の女性教師が、まるで逃げられないようにぎゅっと握りしめたマイクをくっつけながら告げた。そして、最も権威ある、重みある人物へと渡そうとする。
「では…ご登壇、尊き……二条校長に……マイクを!」
彼女がそう言うと、壇下で拍手がひとつ、またひとつと起こり、ついには会場全体が手を叩いた。この一分にも及ぶ茶番劇に、多くの生徒の手は痺れ始めていた。
「ったく……一分も叩いてて、いつまで続けるつもりだ?そのうち開放性骨折で手がポキッといっちまうぜ…」
壇下にいる一人の男子生徒がボソリと呟いた。彼は襟まで届く長さの髪で、前髪は眉にかかっていた。すでに額には汗が滲み、見ると、プールの消毒薬・さらし粉に長く晒されたせいで剥けた手が赤くなっていた。剥けている部分がより目立って赤い。白の中の赤は、赤の中の白より一層、異様に映るのだった。彼は手を振ってみた。
「二条校長さ〜〜ん……あれ?」
演台の教師は待ち続けたが、肝心の二条校長は一向に登壇しない。他の教師に呼ばれて話し込んでいるようだ。
「え、あっ…そうでしたか…まだお見えじゃないと…分かりました…」
どうやらあの校長という人物は、まだ学校に到着しておらず、本人曰く「事故に遭った」らしいのだ……。
「二条校長は……ちょっとしたアクシデントで…皆さん、しばらくお待ちくださーい……拍手……はい、そろそろおしまいに…」
その教師が小声で言うも、誰も聞こえないようで、拍手は続くばかりだった。
千人近い生徒たちは、こうして手を叩き続け、容赦なく照りつける太陽のもと、千両役者・二条校長の登場を待っていた。その刹那、校門の方角で「ドカン!」という轟音が響き、土煙が上がったかと思うと、次に現れたのは——排気管の高さが人間並みもある、ド派手に改造されたハーレーだった!演台に向かって轟音と共に飛び込み、壇上で派手にバーンとスライディングターンを決めてストップ。あたりは土煙と排気ガスで充満した。その視界を遮る煙塵の中から、一筋の……いや、一個人が姿を現す!
スーツをビシッと着込んでいるが、頭はライオンを超えるほどの金色の巻き毛、異形のサングラスをかけている男だ。
「二条永吉!三十歳!未婚!参上!」
入場早々、一気に会場を沸かせた二条校長の、この奇妙で笑える自己紹介に、壇下の千にも及ぶ生徒たちから爆笑が巻き起こった。
「あ、あの…二条校長…今日は入学式でして……」
杏田きょうだ先生と名乗った女性教師は、眼前の光景に明らかにビックリし、次第に顔に暖かい赤い泡のような物が広がった。この突飛な校長の行いに赤面しているようだ。
「杏田先生、そんなに堅いこと言うなよ!とにかく、わしがこの池典高校の校長だ!それともう一つ、この学校は古来より受け継がれてきた伝統がある!(←実際は自分が決めただけ)つまり校長、すなわちこの俺様が、AからFのくじを引く!引いたクラスが、俺が三年間お世話するクラス!杏田先生、くじ箱を持ってこーい!」
彼は両手を演台に押し付け、身体を乗り出すようにして、まるで小さなマイクに雄ライオンが襲いかかるような構えを見せた。ほどなく、杏田先生がゆっくりと、おどおどしながら台に上がり、箱をそっと演台の上に置いた。校長は待ちきれず、勢いよく手を突っ込み、箱から水分を吸ったような脆そうな紙片を二本の指でぱっと挟み出す。
「さてさて、どこのクラスになるのやら……」
壇下の人々は、内心でこぞって祈っているようだった。どうかこの、まったくもって頼りなさそうな校長のクラスにはならないでくれ、と。しかも三年間も同級生だなんて……。
「Bクラスだ!皆、後で教室棟を見てきてくれ、一体どんな幸運児どもがいるのかな!」
そう宣言したかと思うと、突然力尽きたように疲れきった表情になり、大きなあくびをした。そして片手をスーツの内側に入れて腹をボリボリかきながら、側にいた杏田先生に親指を立てると、眠そうな目をこすり、ゆっくりと壇下へ降りていった。杏田先生が残りの連絡事項を終え、「新入生入学式はこれにて終了」と告げると、拍手すら忘れ去るかのように、生徒たちは脱兎のごとく教室棟へと駆け出した。
その手の皮が剥けた少年、西門正義は、ゆっくりと歩きながら、探すべき目標を探していた。入学前から知っていた。自分と同じくこの高校に合格した、小学生からの親友——松野向人の姿を。なかなか見つからず、彼に連絡しても返事がないので、とりあえず教室棟に入った。足を踏み入れた瞬間、最も目立った存在が彼だった。建物内の記念碑に寄りかかり、しかも自分が今しがた見かけたばかりの女子生徒たちに話しかけている!
「よっほー!そこのミス・ビューティフル、つきあってくれたら…」
と言うかと思うと、どこからともなく取り出したバラの花を口にくわえ、栗色の艶やかな髪を揺らす。
「…知り合いになってもいいかな〜?」
結果は、周りの全員から「変なヤツ」認定され、まともに相手にされることはなかった。
「相変わらずやってんな、夏休みが終わっても全然変わってねーじゃんかよ!」
正義が口を開くと、松野向人が我に返り、そばに寄ってきた。
「やあ正義!お前、俺の魅力に目がくらんだろ?」
向人が言うと、正義は片手で彼を押しのけた。
「どっか行けって。まずはクラス分けを見ようぜ。」
二人が歩いて張り出されたクラス分けの前へ来た。
「フンフンフン〜さすがは俺!魅力度も知能指数もピカイチってことがバレちまったようだなぁ?Aクラスだぜ、まぁ、学校側もとっくに見抜いてたんだろうな〜」
向人は髪をかきあげ、鼻の穴を向けて見上げるようなポーズを決め、もはや顔は天を仰いでいる。
「マジでムカつくわこいつ……キチガイか……」
正義は顎に手を当てながら思い巡らせた。待てよ?確かに入学前に、重点クラスと実験クラスの話は聞いていた。普通に考えれば、Aクラスが一番いいクラスのはず……こいつ……案外すごいのか?
そう思い、正義も張り出しに近づき、自分の名前を探した。
「西門正義……西門正義、西……はっ!?マジか!?Bクラスだと!?」
そう、Bクラスこそ、あのバカみたいなどこの馬の骨かわからない校長が担任を務めるクラスである。重点クラスでも実験クラスでもなく……どうやら「特別扱い班」といったところらしい。正義は一気に色を失い、その場に棒立ちになった。
彼は……石化してしまったのか!?あんなルーズな人間と……本当にやっていけるのか?先行き不安を嘆いていたその時、校内放送の声が彼の意識を呼び戻した。
「もしもし…みなさん…聞こえてますか? Bクラスの生徒は…今すぐB教室へ…二条校長が…が…お待ちです…」
その声は優しいが、どこか臆病で、特徴的な——聞けばすぐに杏田先生だと分かるようなトーンだった。
「再…繰り返します……Bクラスの生徒は……」
「おーい、俺、先に教室行くぜ!昼飯は食堂でな!」正義はそう言い残し、立ち去った。彼は走りながら周囲を見回した。もしいるか、知っている人物で、この学校に来ている、しかも同じクラスの奴はいないかと。しかし、そんな折のふとした一瞥で、彼は彼女の姿を目にした――
彼女は壁にそっと寄りかかっていた。まるで新しく磨かれた銀の鏡を掛けたかのように。天の業によって切り開かれたその存在は、部屋中に眩しい光芒を一気に迸らせたかのようだ。口元に漂う笑みの細筋が、人間の心の奥底に積もり積もった黴の斑点すら、くまなく晒し乾かしてしまう――まるで自身の垢に塗れた層を瞬時に見透かされるのに、それすら何の恐れも感じさせず、むしろ全身をその輝きが沸騰させ、そのまま蓋を吹き飛ばされてしまいそうだった。脂粉を塗りたくった景観などでは決してなく、青天白日の下、偽ることを一切許さない、抜群の生彩を放っていた。
正義の網膜は機能停止寸前だった。
黒い瞳孔の奥深くで働く錐体細胞が、どうしても彼女の姿を色彩情報として脳に伝達できない。何色なんだ?青春の萌葱色?それとも口元に浮かぶ微笑みの淡いクリーム色?あるいはその淡黄色の瞳の中に宿る、優しくも活き活きとしたピンク色?正義には理解できなかった。ただ、視線を彼女に釘づけにするしかなかった。輝きを帯びて浮かび上がるその姿を。すると彼女も、自分を見る観客の存在に気付いたのか、そっと瞳を移動させ、正義に甘く温かな笑みを投げかけて見せた。そして再びそっぽを向くと、肩に掛かる黒髪を整えた。
正義は止まらなかった。松野向人のように立ち止まりナンパを始めたりはせず、ひたすらBクラスの入り口に走り寄った。そして入り口付近で足を緩めた。正義は胸に手を当てた。
「なんだ……あいつ……」
と呟き、脳裏に先ほどの光景を思い浮かべた。彼の心臓は、電気ショックを受けたかのように激しく脈打っていた。少女の一挙手一投足は、彼の心の奥底に深く刻まれ、決して鎮まることがないように思えた。
ドアを開けると、真っ先に目に入ったのは、教壇に突っ伏して眠り込んでいるあの不届きなバカ校長だった。「チッ」と舌打ち一つして、嫌悪の混じった表情を浮かべ、電子黒板ホワイトボードに映し出された座席表を見て、自分の席に腰を下ろした。するとようやく心拍は安定し始めた。彼は背もたれにもたれかかり、思い知った。
「『待ってる』どころか……あいつ、演説の疲れでここに来て寝てやがる……」
「バカ校長!」
「アホ!アホ校長!」
「俺の人生終わったわ……」
周囲の同級生たちは口々に罵倒し、調子を合わせていた。
生徒が一人、また一人と教室に入ってくる。三十八人目、三十九人目、四十人目……教壇の上で眠る二条校長に起こす気配は微塵もない。ようやくクラス全員が揃った時、彼のいびきはかえって大きくなっていた。正義はうんざりし、思わず席を立とうとした矢先、一人の男子が彼より早く動いた。短髪で、背が高く筋肉質、どっしりとした鼻の上には分厚い黒縁眼鏡をかけた、リーダー気質にあふれたその生徒は、躊躇することなく教壇に向かって直行し、眠る校長の体を揺さぶった。
「二条先生、皆揃いました!お起こしください!」
「揺するなって……揺するなよ、あぁ……頭痛いわ!酒を飲みに行かなきゃよかった……あっ」
『酒』の字を言い切る前に、彼は事の重大さに気付いた。どうやら自分が教壇で寝落ちし、生徒によって起こされているらしいということに。
彼はギョッと顔を上げ、目を大きく見開いた。顔はまるでゴム細工のように引き伸ばされた。汗だくで、一斉に自分を見つめるクラスメイトたちを睨み、次に隣に立つ生徒を向いた。
「お前……名前は?」
「大江万里と申します!」
その男子生徒は真っ正面から告げた。
「大江……万里か。よし、大江君、これからお前がこのBクラスの学級委員だ。」
「何てこった!?!軽過ぎるだろ!?」
事のあまりの突然さに、クラス中が叫び声を上げた。
「そりゃあそうだろ!せっかく偉大なる教師たる俺が『仕事』で疲れ果てて寝てるのを、真っ先に起こしに来てくれたんだからな!」
二条校長はゆっくりと立ち上がると時計を見た。
「まだ時間前じゃねえか!よしよし。万里、お前は戻っておけ。これにて退室!九時半に始業だ!その間、学校を探検して仲良くなっとけよ。俺はトイレいくからなー」
「Yo、万里、やるじゃん…」
そう言ったのは、存在感が薄いとしか言いようのない女子生徒だった。彼女は淡々とした、まるで感情の入らない口調でそう言うと、大江の肩をポンポンと軽く叩き、パシッとハイタッチをしたかと思うと、スッと何事もなかったかのように着席した。それこそが彼女のやり方で、決して大げさには見せないのだった。
この奇怪で滑稽な光景は、クラス全員の視線を二人に集中させた。しかし二人には全く響いていないようだった。
「な…なあ…あの子さ、さっきから一言も喋ってないし、微動だにしなかったんだけど…」
と、隣に座る生徒Aが囁く。
「え?マジで?人間なのかよ…あの子の名前なんだっけ…」
と生徒Bが続けた。
「夜生花だよ。お前、自分で名札を服につけてただろ…目ぇついてんのか…」
と生徒Cが答える。
「変な奴だな…」
二人は口を揃えた。
「チッ…どういう連中だよ。訳もわからず校長になった変人に加えて、こいつみたいな変わり者まで…」
と正義は呟き、背もたれにもたれかけていた体をゆっくりと起こした。周囲の同級生たちを見渡す。
彼の真横の席、左側には一人の女子生徒がいた。窓の外を向き、頬杖をついている。頭にはこぎれいなポニーテールを結い、髪はそれほど長くはないが、両サイドの髪は純黒のヘアピンでしっかりと留められていた。ただし左側の一房だけがふわりと垂れ下がっている。彼女がゆっくりと顔を教室の方へ向けると、横顔が浮かび上がった。
それは、鼻筋が通り、唇はやや薄く、切れ長の目が印象的な、まるで石膏デッサンのモデルのような端正な顔だった。
「まつ毛……長いな……この顔……どこかで見たことあるような……そうか……いや、違うだろ。暗い感じが半端ない、絶対別人だ…だけど!こいつ、マジで陰キャすぎんだろ!」
そう思った瞬間だった。
その女子生徒がゆっくりと正義の方を向いたのだ。そしてわざとらしく、恐ろしいほどの威嚇的な眼差しで、彼をガッチリと捕らえた。正義の脳裏に閃光が走る——彼の妄想の中では、彼女の黒髪が風もないのにサラサラと揺れ、黒蛇が首を持ち上げる。彼女が正義を凝視した途端、窓ガラスにバキッ!と氷の亀裂が走る!
「うわっ!?」
恐ろしさのあまり、正義はすぐさま顔を背け、
「あ……はは!今日のお天気、めっちゃいいね!最高〜!」
と大きな声で宣言した。周囲の同級生たちは一様に首をかしげ、まるで空気中に
「こいつ、おかしくね?」
と文字が浮かんでいるかのような奇妙な空気を感じ取っていた。正義の脆い心は、そんな電波攻撃を受けてボロボロになり、思わず目を閉じると、悔しさからこぼれる涙を堪えるしかなかった。
「はは……生きてるだけで……よしとするか……」
左隣のあの女子から解放されたかと思いきや、今度は右隣を見て息を呑んだ。なんと彼の右側の席は、なんと札束の塊が積み上がってできた「城塞」になっているじゃないか!人の顔すら見えない。
「おいおいおい……冗談だろ……何なんだよこれ……マジでこのクラスの同級生たちは一体……」
正義は既に感覚が麻痺した表情を浮かべ、口元をピクピクと痙攣させて冷笑を漏らしたのだった。
そう言うと、学ランを肩にひっかけるようにして脱いだスーツをぶら下げ、口笛を吹きながらのんびりと教壇を後にした。その下には、妙に子どもっぽい漫画柄のインナーシャツがのぞいていた。
「起立!」
大江が、甲高い声で号令をかけた。
「よっしゃー!Lesson1、スタートだぜ!」
「……お?起立?大江君、何か文句あるのか?」
「先生!遅刻しました!覚えておいてくださいね!」
「ははははははは!」
こうして、Lesson1!がスタートしたのだった!