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再び縁結び  作者: 散咲
結斗と小春
8/9

8 ガラス事件

#再び縁結び

#8ガラス事件


[3人称視点]


 パートとして働いている職場に小学校から電話がかかってきた。小春が急いで電話を変わると、声の主は東雲結斗だった。彼からの電話に少し心が舞い上がるが、電話から聞こえる彼の声は少し震えているようにも聞こえた。


「...桜庭さん、急に電話してしまいすみません。実は...」


 彼から聞かされた話に、彼女は耳を疑う。その内容と言うのは、春斗が昼休み中に教室の小さな窓ガラスを割ってしまったと言う内容だった。幸い、本人や周りにいたクラスメイトには怪我がなかったようで小春は少し安心した。


「...東雲先生...、わかりました。今すぐ向かいます」


「桜庭さんもお忙しいのにご迷惑おかけして申し訳ございません。職員用の玄関から入っていただければ大丈夫です」


 彼の声は、申し訳なさそうに低く沈んでいた。彼の声を聞いた途端、もしかしたら自分の育て方が悪かったんじゃないだろうかと罪悪感のようなものが横切った。


「...いいえ、私の事は気になさらないでください。ありがとうございます。それではまた」


 そう言い、静かに受話器を切り、肩を落とす。上司と店長に事情を話すと、学校に行ってあげてと言われて、荷物をまとめ車で学校に向かった。職員用玄関から入ると、飛竜とばったりすれ違う。飛竜は、小春に心配そうな顔を浮かべた。学校中には、ガラスが割れたことが知れ渡っているのだろうと思うと、小春が考えると心が重くなる。飛竜が声を絞り出した。


「えぇと...大丈夫ですか」


小春は暗い顔を浮かべたまま、飛竜の言葉に頷く。


「...はい、何とか」


「えと...1年1組の保護者さんでしたっけ」


「...はい、桜庭春斗の母親です」


 彼女は目を合わせて答えようとはしない。彼女の声は小さく、どこか力なく響いた。飛竜は何処か気まずそうに重い空気を壊そうと笑顔を浮かべる。


「は、春斗くんのお母さんかっ。春斗君いつも元気で友達思いの良い子ですよ」


 彼は、明るく振る舞うが小春の心は晴れない。彼女には、その明るさが棘となり心に刺さっていた。


「...そうですか」


 彼女は小さく呟いた。飛竜は、何と返事すれば良いのか迷ってしまった。小春は、持っていたバッグをギュッと強く握った。その時、飛竜の後ろから足音が聞こえ、結斗が姿を見せた。


「桜庭さん、急に呼んでしまい申し訳ございません。...この度、僕が」


 結斗が言葉を続けようとするが、小春は首を横に振る。そして、床にむけていた視線をやっと上にあげ、結斗を見つめた。


「...私の育て方が間違っていました。春斗がご迷惑かけてしまい申し訳ございません。東雲先生...自分が子供達を見れなかったからと言う理由で、自分を責めるのだけはやめてください」


 彼の気持ちを小春は、見透かしていたのだ。元は愛し合っていた関係だった事もあり、結斗の性格上、責任を自分になすりつける事くらいわかっていた。だから、事前に言葉にしなければならない。彼は、言葉に詰まり彼女からの鋭い視線に耐えるように視線を伏せた。そして、唇を噛む。


「...桜庭さん、そんな事言わないでください。僕は...桜庭さんの子育てが間違っているなんて思ったことありませんから」


 結斗の声は低く、どこか切なげに響く。自分が春斗の実父だ。それなのに、自分の誤った未来への選択で、春斗をこんな目に遭わせてしまったのではないかと、結斗の心に重くのしかかる。過去の小春との親密だった時間が頭を過ぎる。こんな選択をしなければ、一緒に春斗を育てていたはずだ。飛竜からすれば、2人の教師と保護者という関係より深い関係のように見えた。


「東雲先生...」


「桜庭さん、取り急ぎ校長室に向かいましょう」


 彼女は結斗の声に、学校へ来た目的をやっと思い出した。小春は、静かに頷く。


「そうですね。飛竜先生、ありがとうございました」


 彼女は、軽くお辞儀をし結斗に案内され校長室に向かった。飛竜は、遠ざかる2人の背中を見つめていた。そして、ポツンと一言呟く。


「桜庭さん...」


 結斗と小春が校長室に入ると、同じクラスメイトの蒼夜と蒼夜の母の三重子(ミエコ)、胡桃と胡桃の父の宗一郎(ソウイチロウ)が来ていた。そして、校長と教頭と薊が揃っていた。春斗は、床を見つめていつもの元気な表情とは違い、暗い表情で深くソファに座り込んでいた。春斗を見た瞬間、小春の中で怒りと悲しみの感情が膨らむ。今まで十分に、春斗の話を聞いてあげ、世話をしてきた。それなのに、春斗は何かしらの理由で教室の小さなガラスを割ってしまった。小春の中で、春斗に気持ちを裏切られた気がしたのだ。足音を経て、春斗の目の前に立ち、春斗の肩を強く掴む。


「...春斗っ、なんで教室の窓ガラス割るような真似をしたのっ。私の育て方が間違っていたの、いつも言ってるじゃないっ...悪い事はしちゃ駄目だって、それなのに、何故...何故」


 涙目になりながら、春斗を叱る。春斗の肩に置いたままの手は震えていた。この場にいる人達の鋭い視線が彼女に突き刺さった。そんな弱々しい母親を、春斗は初めて見た気がした。そんな母を初めて見た事がショックで、春斗も次第に目が潤み、涙が溢れる。


「...ま...まっ」


 すると、校長が重い空気を切り裂く様に穏やかな口調で話し始めた。


「桜庭さん。幼い子供とは何をしてしまうかはわかりません。今回は、春斗君が硝子を割ってしまったというだけで、それが春斗君だったという話です。ガラスを割る事は、いつ、誰が何をして割ってしまうかはわかりません。だから、桜庭さんとしては、辛いかもしれませんが、どうか春斗君を叱らないでください」


 すると、校長の話を聞いていて、春斗が窓ガラスを割ったと思われている事に我慢ができなくなったのだろう。蒼夜が小さな声でその場の空気を切り裂いた。蒼夜は、俯いたまま膝の上に置いていた拳に力を入れる。そして、声を絞り出す。


「...は、春斗は悪くないっ」


 その場にいた大人達の、視線が蒼夜に向く。三重子は、息子の叫び声に耳を疑うが、冷静に彼に問う。


「...怒らないから何があったのか教えて」


 蒼夜は、顔を上げ母の顔を見る。三重子は、柔らかな表情で蒼夜に頷いた。


「...俺が...、胡桃ちゃんにままがいない事...揶揄って、春斗が...そんな俺にっ...。うっ...人の事バカにしちゃいけないって...注意してくれてっ...、それなのに、その言葉がその時、うざくかんじて、ムカついて...おれ...窓ガラスに、春斗を...ぶつけちゃった」


 告白する蒼夜の声は今にも泣きそうだった。春斗は、父親がいない事を物凄く気にしていたらしく、片親がいない子が馬鹿にされているのが許されなかったのだろう。今回のガラスが割れた事件は、正義感ゆえに引き起こしてしまった事件だったのだろう。校長、教頭、薊も予想外の事件の真相に言葉を失う。小春も真相を聞いた後、どうして何も知らずに春斗を叱ってしまったのだろうと罪悪感を抱いた。胡桃も涙を流していた。


「...ママがいないことっ...気にしてたから」


「...胡桃っ」


 宗一郎は、過去の自分がした離婚という過ちに、娘が傷付いていたという事を知り心を痛めた。そして、優しく胡桃の頭を撫でる。三重子は、その場に立ち上がり宗一郎に向かい、頭を深く下げる。


「胡桃ちゃんのお父さん、うちの息子が、お宅を馬鹿にするような発言を取ってしまい誠に申し訳ございませんでした」


 謝罪が強く、校長室に響いた。宗一郎は、首を横に振る。


「あ、あの、頭あげてください。気持ちは十分に伝わりました。子供って純粋だから、正直に言ってしまうこともあると思いますし」


 宗一郎の言葉が途切れる。少しして、頭を上げる。すると今度は、小春と春斗の方に向きを変え、また頭を深く下げた。


「春斗くんと春斗のお母さんも申し訳ございません。うちの息子の発言に、勇気持って注意してくれたのに息子が突き飛ばしてしまって」


 小春も宗一郎と同様に、首を横に振る。


「い、いえ。気にしないでください...、もしかしたら春斗の言葉が足りてなくて、蒼夜君を怒らせるような言い方だったのかもしれません。うちの子にも、友達に注意する時は必ず注意される側が嫌になるような言葉にならない様に気をつけますからっ」


 三重子は、頭を上げる。そしてまた校長室は重い空気に押し潰される。誰も強引に口を開こうとはしない。結斗も春斗が父親をいない事を気にしていた事を知ったと同時に、もし春斗に両親の両方がいたら、同じ様に片親の友達を揶揄う発言をしてしまっていたのかもしれないと思うと、更に自分の気持ちがわからなくなった。薊も、学年主任として発言に対しての指導していればと反省をした。三重子は、蒼夜の目を見て、眉を顰める。


「蒼夜、あのね...人の家庭の事を口に出してはいけないの。蒼夜だって嫌でしょ。自分の家族が馬鹿にされる事。胡桃ちゃんだって、言われた時辛かったと思う。それを駄目だって、春斗君が注意してくれたの。人が嫌がる事をした時はなんて言って謝るの」


「...ごめん...なさい」


「駄目、しっかり胡桃ちゃんの目を見て謝るの」 


 三重子に謝罪を促され、ソファから立ち上がり胡桃に視線を向ける。そして、頭を下げる。


「...ごめんね、胡桃ちゃん...」


「...うん、いいよ」


 胡桃は小さな声で答えたが、その声にはまだどこか震えが残っていた。彼女の目には涙が光り宗一郎が彼女の肩に手を置くと、胡桃はそっと父に身を寄せた。


「蒼夜、春斗君にも謝らなきゃ駄目だよね。春斗君にも謝って」


 三重子に言われると、今度は身体を春斗に向ける蒼夜。


「...春斗...、こんな俺を注意してくれたのに...突き飛ばしちゃってごめんね...」

 


 春斗は、蒼夜の謝罪を聞きながら床に落としていた視線をあげ、笑顔を見せる。


「大丈夫だよ、蒼夜。気にしてないから」


 こうして教室のガラスが割れた事件は一件落着をした。この場にいた教員達は、誰も責めようとはしない。校長が穏やかな声で話し始める。


「蒼夜君、しっかり謝れて偉いですね。今回の件は、子供達も親御さんも我々にとっても学ぶ機会になりました。蒼夜君の勇気ある告白、春斗君の正義感、そして胡桃ちゃんの気持ち...。皆、それぞれ気持ちがあるのも事実です。学校では同じ事が起きない様に、子ども達にしっかりと自分の発言についての内容もしっかり取り組んでいく事も考えております。ガラス代については学校で負担いたします」


「いやいや、申し訳ないです。校長先生...元はと言えば、蒼夜が引き起こした事なのに。私が弁償しますから...」


 三重子は、申し訳なさそうな顔でそう言う。だがら校長は彼女の意見には却下した。


「蒼夜君のお母さん。この件は我々がしっかりと子どもたちに目を向けていなかったから起きてしまったのです。だから、学校の方で負担させていただきます」


 校長の言葉に、三重子は少し戸惑った表情をしたが、深く頷き、感謝の意を込めて深く礼をした。


「...ありがとうございます。校長先生。本当に申し訳ございませんでした」


 彼女の声は小さく、しかし心からのものだった。校長は穏やかな笑みを浮かべ、部屋に漂う重い空気を和らげようとしていた。


「大丈夫です。人というのは間違いをしながら成長していくのです。...これでこの件は一旦落ち着いたと考えていいでしょう。今回の事を教訓にお互いを尊重し合う心を育てていければなと思っております。保護者の皆様、ご足労をかけました。お忙しいのにお集まりいただき誠にありがとうございました」


 校長の言葉に、大人達は頷いた。先程まで漂っていた重かった空気は少しだけ和らいだ。それぞれの胸に複雑な思いを抱えながらも、大人は子ども達と向き合う事の大切さを見直す機会となった。子ども達も発言する言葉に責任を持たなければいけないとよく理解をした。小春は春斗の顔を覗いた。


「...春斗、何も知らずに叱っちゃってごめんね」


 小春が申し訳なさそうに謝ると、春斗を首に横に振りいつもの元気な表情を見せた。


「大丈夫だよっ」


 小春は春斗の笑顔見て、胸の奥にあった重たい感情が少しだけ軽くなるのを感じた。春斗の頭を手を伸ばし、優しく頭を撫でた。結斗はそんな2人を複雑そうに見つめていた。

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