7 算数
[三人称視点]
授業が本格的に始まった日のことだ。この時間、1年1組は算数の授業をしていた。
「さあ、皆、算数の授業始めよう。今日は、引き算をやってみよう」
教室に東雲の声が響く。生徒達は引き算という未知のものにざわざわしている。すると、女子生徒の佐藤が手を挙げて、発言する。
「せんせーっ、引き算って、足し算と何が違うんですか」
佐藤の質問に東雲は、チョークを強く握り、少し考える。幼い彼らがわかりやすい言い方を考えていた。
「うん、そうだね、足し算は、数字と数字を足していくことだけど、引き算はその逆だね。数字と数字を引いていくことだよ。記号で覚えればやりやすいよ。足し算の場合は、横の線と縦の線が交わってて、引き算は横の線だけだよ。例えば、指の本数でやってみよう。皆、先生の指の動きを真似してみて、じゃあまず5本の指を開いて」
東雲は、クラス全体に見えるように、右の手のひらを見せる。東雲を見ながら、生徒達も右手の手のひらを開く。すると、春斗が口を開く。
「せんせーっ、何するの〜」
「春斗くん、いい質問だね、じゃあ、今から引き算やるから、先生の動きを真似てね。ここに5本の指があります。で、3本の指を、閉じます、残りは何本ですか」
東雲の動きを真似して、クラスメイト達はバラバラで2と答えを言う。生徒達に、うんうんと頷く。
「で、この3本の指をまた開くと、何本になりますか」
「5っ」
「そうだよ、佐藤さん正解だよ。つまり、足し算は指が開いている数が増えている事。引き算は指が閉じていく事。つまり、増えると足し算、減ると引き算ってことです。皆、わかったかな〜」
東雲の声に生徒達が声を揃えて一斉にはーいと答える。東雲は、教卓に両手をつきながら、教科書のページを捲る。
「んじゃあ、練習問題を黒板に書いていくから、皆、やってみてね。もしわからなかったら、さっきみたいに指を使ってみてね。6以上の数字のときは、両手でやってみてね。足し算は、縦の線と横の線。引き算は横の線だけだから、よく見て間違えないように計算してね。答えの前は必ず、上下に横の線を並べてイコールを書き忘れないように」
片手でチョークを持ち、片手で教科書を持つ。そして、スラスラと問題を書いていく。生徒達も東雲に追いつこうとノートに問題を書き始める。簡単な足し算と引き算が混合に書かれていく。中には、難しく、両手で数えながら丁寧に計算していく生徒もいる。東雲は、周りを歩きながら生徒達の様子を伺うと同時に、それぞれの生徒達への接し方も考えていた。東雲は、楓のノートを覗いた。答えは完璧だが、=が−しか書かれていなかった。
「あ、楓くん、必ず最後の数字の前に、上と下の横線を書いてね。一本線だと、引き算と見間違えちゃうからな」
楓は頭を掻きながら笑う。
「しののめせんせーっ、一本の方がかっこいいと思ったから」
「そうだな、かっこいいね。でも、一本線がないだけで、満点がもらえなくなるかもしれないぞ」
東雲は、腰を屈め、楓の目線と合わせる。教師に相応しい優しい笑顔だ。楓は、胸の前で拳を握る。
「俺、満点がいい〜っ」
「そうかそうか、じゃあ、もう一本線を書こうか」
「うんっ」
東雲が声をかけると、楓は鉛筆で一本線の上にもう一本線を付け足す。−から=に変わった。
「これで、楓くんは満点だね」
「ありがとっ、せんせーっ」
そう言い楓の頭をポンっと叩く。楓は、笑顔で元気に頷く。東雲は、屈めていた腰を上げる。次に目に入ったのは、手が動いていない香取だった。東雲は、香取に静かに近づく。
「香取さん、どうしたのかな。何かわからないかな」
香取に優しく声をかける。香取は、黒板に書かれた問題を移し終わっているが、その先へ進めていないようだ。
「...これって...」
「ん、じゃあ...一問目の2+4について一緒に解いてみようか。まず、丸を2個書いてみて」
指示に、香取は静かに頷き、問題の下に丸を2つ書く。東雲は、丸が書かれたことを確認すると、次の指示を出す。
「これで2だね。で、もう4個丸を書いてみて。」
2つの丸の横にもう4つ丸を書く。香取は書き終わると、鉛筆を静かに置く。
「さっきまでは2個しかなかったけど、もう4つ足されたね、一緒に数えてみようか」
東雲の指は、1つ目の丸を指す。そして、香取が数を数えていくと同時に、指を横にずらしていく。
「1、2、3、4、5、6...」
「最後に言った数が、答えになるよ。じゃあ、この丸は今何個あるかな」
香取は、東雲を見上げながら、自信なく小さな声で答える。そんな香取を笑顔で見守る。
「...6」
「正解だよ、香取さん。もしわからなかったら、こうやって丸を書けばわかりやすくなるよ」
「ありがとう、せんせい」
東雲の言葉に、自信が持てなく曇っていた香取の表情に花が咲いた。そして、次の問題から丸を使って解き始める。東雲は、視線を香取から全体へ向ける。そして、全体に対し声をかける。
「みんな、どこまでできたかな。お友達と話しながらやってみてもいいよ。ただし、お友達と話すときは、周りのことを考えて、迷惑にならない声の大きさで話すこと」
東雲の指示により、先程よりも教室が一層ガヤガヤと賑やかになる。1人で解く生徒、近くの席の友達とグループで共有する生徒、隣の友達に教えている生徒、自分なりにやりやすい方法で問題を解いていた。東雲は、ゆっくりと教室を歩きながら、他の生徒達の様子も眺める。すると、楓に一生懸命、絵で説明する春斗の様子が目に入る。楓にノートを見せながら、春斗は、大きな丸を1つ描き、その中にも小さな丸を7つ書く。大きな丸を、クッキーの包み袋、7つの小さな丸をクッキーに見立てて説明していた。
「かえでくん、3問目の問題の7ー3だけど、このおかしの袋に7まい、クッキーが入ってて、かえでくんが3まい食べて」
「うんうん」
そう言い春斗は、小さな7つの丸の3つを消しゴムで消す。楓は、春斗の説明を真面目に聞いていた。春斗は、楓と一緒に小さい丸の数を数え始める。
「1、2、3、4...」
2人の元気な声が重なる。春斗の説明により楓は引き算と言うものを理解できたようだ。
「4、4だよねっ、はるとっ」
「うん、かえでくんさすが」
2人は、ハイタッチをする。東雲は、2人のやり取りに心が温まる。無意識に口角が少し上がる。そして、また教室を歩き出し、全体の様子を見る。その後も、全体を見渡しながら困っている生徒達にわかりやすく教えたいた。