5 嫉妬
[小春視点]
春斗は、学校が終わると集団下校で家に帰ってくる。家に入ると、ランドセルをぽいと床に放り投げる。そして、そのままゲームを始めてしまう。まるで、結斗を見ているようだ。結斗も家に帰ってくるとバッグを床に放り出し、試験勉強を始める。私は、夕食の支度をしていた。一回、煮込んでいた鍋の火を消し、春斗に注意をする。
「春斗、ランドセルは、勉強机にかけるのよ」
「...はーい」
春斗は、面倒くさそうに返事をする。ランドセルを拾い上げ、自室の勉強机にかけに行く。そのままリビングに戻ってきてまたコントーラーを手に取る。春斗はマイ・ファイブ・ドッグと言う5匹の犬で冒険するゲームをやり込んでいる。好きな事に夢中になるのは、結斗から引き継いでしまった血なのかもしれない。
私は、作っていた鍋をリビングの机に持っていく。
「春斗、もうご飯にするからゲームは終わり」
春斗は、素直に従いコントローラーを棚に置きゲーム機の電源を切る。そして、キッチンの水道で手を洗い、椅子に座る。素直に従ってくれる今のうちはまだ良い。思春期になったら、どうなるんだろうと考えてしまう。
「いただきます」
私と春斗の声は重なり、最初は、春斗からお玉でぐつぐつ煮込まれた具材をお椀に盛る。私も春斗からお玉を貰い、具材を鍋からお椀に盛る。箸を手に取り、春斗は、お肉を口に運ぶ。
「ん〜、ママの料理やっぱ美味しい」
春斗はいつも私の料理を満面の笑みで美味しいと言ってくれる。これだけでもご飯を作る価値はあるのだ。私は春斗に手を伸ばし、頭を撫でる。
「ふふ、春斗に料理美味しいって言ってもらえて嬉しいわ」
「だって、ママのご飯、世界一美味しいから」
私は夫がいなくても満足だった。春斗さえいてくれれば良いのだと。だが、やはり担任であり、元彼であり、春斗に血を分け与えた、結斗の事が頭に浮かぶ。今日も学校で、春斗が彼と何か話したのか気になってしまう。私は、一旦豆腐を食べてから箸を置く。
「ねえ春斗、今日学校どうだった」
私は、さりげなく聞く。本当は東雲先生どんな感じだったかと聞きたい。だが入学式初日に、東雲先生への質問の時間に"東雲先生はママも好きですか"と言う質問をした。もしかしたら、何か私と彼の過去の関係に勘付いているのではないかと思い、東雲先生の事を直接聞くのはやめた。
「今日ね、学年集会あってめっちゃたのしかったよ。3組の担任のひりゅーせんせーがみんなの前でバレエひろうしてて、めっちゃ笑っちゃった」
私は、楽しげな春斗の声に耳を傾けていた。だが、次に言われた事に耳を疑ってしまう。
「でね、しののめせんせー、2組のしおりせんせーとめっちゃ仲良くて、手と手がふれあってたんだっ」
春斗は、自慢げに言いながらここをこうでこんな感じと言いながら左手を肩に置き、右手を左手に置き、2人の手が触れ合った時の再現をしていた。更に、説明を始めた。
「でね、左手がしおりせんせーの手、右手がしののめせんせーの手で、しおりせんせーがね、右手でしののめせんせーの肩を叩いてたら、しののめせんせーも、右手を左にもっていって、しおりせんせーの肩に手を置いたんだ」
私は春斗の話を聞きながら、結斗が他の女性と仲良く話しているんだと想像してしまう。前まで、結斗の隣にいた私は、彼のそばにはもういれない。そんな気がした。モヤモヤした気持ちが私の心を蝕む。私と触れ合っていた彼はもう...。詩織先生に結斗が肩を叩いて触れている想像をすると、胸が締め付けられる。
「...そう、仲良いんだね」
私の口から勝手に出た言葉。きっと、無意識に嫉妬が滲む。春斗は、まだ精神的に幼くわかるはずもない。次の彼の言葉にも私は心を突き刺される。
「うん、仲良くて、付き合ってるのーって感じで質問されてた。みんなから仲良いって思われてるって事だよね」
春斗の無邪気な言葉が私の心を更に鋭く抉る。結斗と詩織先生。その2人の名前を聞くだけで心がざわついてしまう。私と結斗は、保護者と教師。それに対して、詩織先生と結斗は、教師同士であり、私よりと結斗よりも距離が近い。同じ学年の担任になった事で、詩織先生と一緒に仕事する機会も多いはずだ。だから、結斗が詩織先生に対して、恋愛感情を持つ事は可笑しくない。結斗だって、男だ。別れた女性の事ばっか見続ける訳ではない。彼は、もしかしたら新しい道を切り開こうとしたいのかもしれない。私以外の女性との道を。
「...そうだよね、楽しそうな先生ばかりで良かったわね、春斗」
「うん」
***
ご飯を食べ終わり、片付けをしてお風呂に入った春斗は、既に自室のベッドで夢の中へと行っている。私は、春斗を夢の中へ行った事を確認し、頬に手を当ておやすみとだけ言い、春斗の部屋を出た。私は、まだ眠くなく、リビングの椅子に座り、SNSを見る。もしかしたら、結斗も同じSNSをやっているかもしれないと、期待しつつ、検索に東雲結斗や、学校の名前で検索をかけてみる。だが、結斗の垢らしきものは見当たらなかった。
次は、大学時代の友達のフォローやフォロワーの一覧から結斗っぽいものを探してみる。付き合ってる頃は、お互いにSNSで繋がっていた。だが、自然消滅し、春斗を出産した辺りに、忙しさから私がアカウントを消去した。結斗との繋がりは途切れてしまった。大学時代の友達の1人とメールで繋がっていた為、また新たにSNSをやり始め、前繋がっていた結斗以外の友達とは繋がる事が出来た。
「...っ」
私の目に入ったのは、結斗と言う表示名と"@yuito__shino"というユーザー名だった。アカウントをタップするが鍵が掛かって、フォロワー以外は見れない仕様になっていた。プロフィールには、“絵も描きます”とだけ書かれていた。だが、アイコンは昔、付き合ってた頃に彼が好んで着ていたジャージを着て、彼の後ろ姿が写っていた。アイコンで彼のものだと確信をした。問題は、フォローリクエストを送るかどうかだ。もし、フォローリクエストを送って、承認されなかったら私はどうなってしまうんだろう。フォローされたら彼の投稿を見れる期待と、承認されなかった時の不安が私の中で戦っている。承認されたとしても、彼の日常を見てしまうことが怖い。だが、どんな投稿しているのか物凄く気になる。フォローリクエストのボタンを押すか押さないかで指を近づけたり、離したりしていた。すると、触れたつもりなかったのにフォローリクエストのボタンを押してしまった。画面を見ながら心臓がバグバグ鳴っている。これで、もし承認されなかったら、彼の事は諦めると誓った。もし、どうしてフォローリクエストを送ったか聞かれたら、おすすめ一覧に出てきて、間違えて押してしまったと言えば問題はない。私は、寝室に行き、スマホを充電しベッドに潜り込み眠りについた。
***
翌朝、目が覚めるとまずスマホを手に取り、電源をつける。通知を確認する。だが、フォローリクエストが承認されましたという通知は来ていない。彼は教師だ。忙しい事も知っている。SNSを見る時間もあんまりないのではないだろうか。それならまだいいが、もし彼に拒否されていたのなら胸が苦しい。変わらない画面を見つめている。時間だけが過ぎていく。こんな時間が無駄な事するよりもやることがたくさんあると言うのに。
「(何してるんだろ、私)」