4 学年集会
[三人称視点]
入学式の次の日の午前中。春斗達の学年は、体育館にて学年集会を行なっていた。
「おはようございます」
学年主任の薊が子供たちに元気よく挨拶すると、子供たちは元気な声で「おはようございます」と挨拶をする。中には、ゆっくり言ったり、わざと甲高い声を出し、周りを笑わせる者もいた。
「1年生の皆さん。今日は、先生達の自己紹介をしたいと思います。皆から先生達への質問コーナー。そして、その後軽く他のクラスの子達とも仲良くなれるようにちょっとしたレクリエーションを企画しています」
生徒達は、嬉しそうに「わー」「楽しそう」などと声をあげて体育館は活気に満ちた。喜ぶ生徒も多いが、人と関わるのが苦手で嫌そうな顔を浮かべている生徒もいる。ざわめきが少し落ち着くと、薊は笑顔で言葉を紡ぐ。
「じゃあ、まずは校長先生から自己紹介で」
薊が隅に行くと、校長は真ん中へ出てくる。
「皆さん、おはようございます」
校長も挨拶をすると、生徒達も元気に挨拶を返す。校長は、ニコニコしながら続ける。
「とっても元気のいい子達ですね。昨日、入学式でも少し挨拶をしましたが、甘夏小学校の校長の鈴木です。6年間大変な事が待ち受けてるかもしれません。先生達は、いつでも君達のそばにいるから、悩み事とかあったら必ず相談してください」
校長が頭を下げると、自然に拍手が体育館を満たす。薊が前に出て、再び明るい声で次のプログラムへと進める。
「鈴木校長、ありがとうございます。では、まず1年1組担任の東雲先生から順番でお願いします」
体育館の前方に並んだ教師達が1人ずつ、マイクを手に自己紹介を始めた。東雲が少し前に出る。
「えー、1年1組担任の東雲結斗です。僕の好きな事は絵を描く事で...です、1年1組の生徒じゃない皆も僕、東雲先生のこと覚えてくれたら嬉しいな」
彼の軽やかな口調で、生徒の一部がクスクスと笑い声を上げた。彼の親しみやすい雰囲気が、生徒の緊張をほんの少しだけほぐしたようだ。東雲が、次の教員にマイクを渡す。
「はいはーい、1年2組担任の秋海棠詩織でーす。保護者にも沢山の詩織先生の事、話してもらえたら嬉しいなー。私はピアノ弾く事が好きです。皆、私のピアノ聴きたいかな」
そして彼女は、生徒達に向かってマイクを向ける。「ききたいー」と生徒達は元気に答えた。
「皆、ありがとうね。1年2組の担任だけど、本当のお姉ちゃんと思って相談してくれても良いよ。皆よろしくね」
詩織の明るい自己紹介により、すっかり生徒達の緊張が解け始めたようだ。体育館にて少しずつ話す声が大きくなる。マイクを次の教師に渡す。
「1年の君達、おはよう」
詩織からマイクを受け取ったのは、飛竜だった。飛竜の声の大きさに、驚く生徒もいれば「声でけえ」と叫び声をあげ笑い出す生徒もいる。
「俺は、1年3組担任の自称熱血教師の飛竜雄大だっ。俺が大好きな事は運動で、俺の友達はプロテインだっ」
飛竜の豪快な自己紹介で、体育館はいっきに笑いに包まれる。教員達も笑いを堪えれずに吹き出す。そして、入学式後に行われた1年の教員達の飲み会で話した通り、飛竜は、バレエを披露し始める。爆笑する生徒達も出始める。詩織は、飛竜の自信満々なバレエを見ながら、東雲の肩を何回も叩く。
「飛竜先生、面白すぎますよね、ね。東雲先生」
「ふっ、まさか本当にバレーをするとは思ってませんでした。熱血なのに割と動き綺麗ですよね」
東雲の肩に置かれた詩織の手に、手を重ねてしまう。彼女は東雲の行動に、目を見開く。そしてお互いは同時に手を離す。その行動を春斗がしっかり目に焼き付けてしまう。飛竜のバレエ披露が終わると、体育館は拍手に包まれる。飛竜は、頭を下げると持っていたマイクを薊に渡す。薊は、拍手や笑い声が少し落ち着いてきたタイミングで、自己紹介を始める。
「じゃあ最後は、私の自己紹介ね。私は、1年生の学年主任の福寿草薊です。担任の東雲先生、詩織先生、飛竜先生よりは皆さんと離す時間が少ないかもしれませんが、一緒に成長していきましょう」
最後に相応しい自己紹介で、体育館はまた拍手に包まれる。響き渡る拍手が徐々に収まり始めると笑顔で次のプログラムへ続ける。
「次は、先生達の質問コーナーね。どんな質問でも先生達は答えるよ。質問ある人」
体育館は次第に話し声が大きくなる。薊の言葉が終わった途端、勢いよく手を上げる生徒が数人いた。薊は、目を細め名札に書かれている名前を確認する。
「じゃあ、3組の...中山くんね。どうぞ」
中山は座ったまま大きな声で聞いた。
「しののめせんせいとしおりせんせいは、付き合ってるんですかっ」
体育館は一瞬静まるが、生徒達の驚きの声や笑い声が響く。校長は、この風景を笑って眺めている。またすぐにざわざわし始める。詩織は、顔を赤くし結斗は、春斗に視線を向ける。結斗としては、今の質問された事が小春に届かないように願うばかりだった。春斗は、楽しそうに隣に座っている別クラスの男の子と話している。
「いやー、豪快な質問だなっはっは。で、どうなんですかっ、東雲先生、詩織先生」
飛竜の声で、生徒達の視線は2人に引き寄せられる。先ほどのやり取りを見てしまったのは春斗だけではなかった。話をふられてしまい、東雲と詩織は、気まずそうに顔を見合わせる。そして、また生徒達に顔を向ける。
「私達の事、付き合ってるって見えてくれたの嬉しいよ、私はね。でも残念、私達は付き合ってないの、ね、東雲先生」
彼女は明るく言っているつもりだったが、どこか寂しさも混ざっている。東雲に視線を向けると、東雲は、唾を飲む。詩織の視線も、生徒達の視線も痛いほど突き刺さる。恐る恐るマイクを口の前に持っていく。
「...その通りです。詩織先生が言っている通り、僕たちは付き合っていませんでした」
結斗は、笑顔を貼り付けながらそう言う。体育館には遠くに行ってしまったようなざわめきがまた戻ってくる。東雲は、深呼吸をする。薊は、気にせず司会の役目を果たすべく、次の質問に移る。
「じゃあ、次は、七香ちゃんね」
「ひりゅーせんせっ、どうしてバレエを始めたんですか」
伊藤の明るい声が体育館に響く。飛竜は、照れたように頭を掻く。
「うひゃ、その質問きちまったか...。まあ、今日はなんでも答えるって主任が言っちまったから教師としてその役目を果たさないとな。幼稚園の頃に、無料体験でバレエのレッスン受けてたんだ。そして、無料だから始めたんだな。無料体験終わってからすぐ辞めちまってな、でも基礎は叩き込まれてたんだぞ、皆も楽しくバレエやろうな」
飛竜や照れくさそうな説明に、生徒達は興味散々で耳を傾ける。体育館には笑い声や「へー」という驚きの声や、「私もやりたい」と言う声が響く。薊も笑いながら、次の生徒を当てる。
「じゃあ次はそこの千秋ちゃん」
「はーい、あざみせんせーは、好きな人いますか」
今度は薊への質問だ。浅見は、ニコニコしたまま答える。
「良い質問ね、私の好きな人は旦那よ。後、生徒のみんな大好きよ」
薊は、教師として満点な回答をする。東雲と詩織と飛竜は、流石と感心して、軽く拍手をしていた。「私もあざみせんせいすき」や「うれしい」という言葉が飛び交っていた。中には、薊の夫について興味津々な子もいる。
「薊先生、流石だな」
「ねっ、流石主任な事だけあるわ」
東雲と詩織は、楽しそうに話していた。東雲が少し生徒達に視線を向けると、春斗と目が合う。
「(春斗...どうか家に帰って小春には何も言わないでくれ頼む)」
「じゃあ、そろそろ時間なので今からレクリエーションを始めます。ルールは簡単。今からバラバラで配る紙に書いてある動物と同じ動物の書いてある紙のお友達とグループを作って、自己紹介をしましょう」
薊の言葉で体育館は再び活気づく。生徒たちはワクワクした表情で紙を、それぞれの担任から受け取り始めた。春斗は手に渡された紙に書かれたキリンをチラリと見て、どんな友達とグループになるのか、胸を躍らせながら周りを見渡した。新しい出会いと笑顔が、これからの学校生活を彩っていく予感に満ちていた。