現代に生きる火魔法使い
私の祖先は偉大なる魔法使いだったと聞いたことがある。
何でも火を用いて多くの敵を焼き払い、その力を持って王国を照らした……だとか。
しかしながら、時代と共に魔法使いは忌むべき者と見做されるようになり、最後には仕えていた国に裏切られて滅びたと言う。
そんな滅びた一族の末裔である私がなんで現代に生きているかなんて言うまでもない。
上手い具合に逃げ延びて血を繋いだ者がいたからだ。
一族が持っていた火の魔力はそのままに。
国さえも照らした圧倒的な魔法を継承したまま。
「あーあ、めんどくさ……」
期末試験が近づき重くなった鞄を持ちながら私は愚痴を漏らす。
どれだけ強い魔力を持とうとも現代においては一つも役に立たない。
火が欲しければライター一つあれば事足りるし、そもそもそれ以上の火力なんて過剰だ。
使いどころ一つない。
その気になれば学校どころか街一つさえも焦土に変えられるほどの力を持ちながら、私は今日も退屈な学校生活を過ごす。
家に帰って試験勉強をしないと……そんな憂鬱な気持ちのままに歩いている最中。
「お?」
中年の男が前から歩いている。
その左手に凶器を持って。
私はそれを見てニヤリと笑う。
「ラッキー」
私はこっそりと歩いて来る男の方へ寄る。
このまま行けば私はほんの少しだけ男にぶつかる。
本当に指先だけ。
よし。
これでいい。
位置を調整した私はしめしめと笑いながら男を待ち、そして。
「熱っ!」
大袈裟に叫んで痛みを訴える。
すると歩いていた男はびくりとして振り返った。
「熱い! え!? 何!?」
私はそう言いながら自分の手の甲に魔力を放って小さな火傷をつくる。
火魔法使いであるが故にこの程度の傷はすぐに治るが、当然ながら普通の人にはそんなこと分かるはずもない。
「え!? あ?! えっ!?」
男はどうようしながら私を見る。
手には火がともっている凶器、タバコを持ちながら。
「痛っ……」
「どうしたの?」
「え!? 大丈夫?」
「あっ、はい……なんか急に手が熱くなって……」
騒ぐ私の下に通行人達が集まって来る。
彼らは程なくして犯人を見つけることだろう。
火の元なんて一つしかないんだから。
火の恐ろしさを知らない愚か者を睨んで私はぽつりと言葉を漏らした。
「あっ、タバコ……」
「え!? あっ、その……」
人々の目が男に集まる。
現代において、火よりも遥かに強い視線の力。
「歩きたばこなんてしてるの!?」
「危ないだろ!」
「なんで周りのことを考えないんだ!」
次々に降り注ぐ批難の声に俯く男を見ながら私は心の中でほくそ笑む。
かつて人に滅ぼされたはずの悲劇の魔法使いの一族。
しかし、実際には生きていて血を繋ぎ、今日も陰ながら世界の平和を守っている……なんて。
そんなストーリーを自分の中で作り上げながら、私は細やかなストレス解消を今日も続けている。