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新生春咲高校平和部、始動!③

詩side




私の耳が聞こえなくなったのは、中学一年生の時だった。

幼なじみでお隣さんで私の好きな人、染谷陽斗と一緒に、近所の公園で遊んだ帰り道。

軽自動車が、勢いを落とさないままこちらに突っ込んできたのだ。

その時私は靴紐を結んでいて、陽斗はその様子を三メートルほど先から振り返って眺めていた。

だから、こちらへ向かってくる軽自動車が陽斗からは見えず、逃げることが出来なかったのだ。

私は陽斗を守るために靴紐を結びかけのまま立ち上がり、遥斗に覆い被さるような体制で地面に倒れ込んだ。

何が何だか分かっていない陽斗は、




「おい詩?どうしたんだよ?てか腰イテ」




なんて陽気な声で言っていて、対して私は心臓の音がこれでもかというくらい響いていた。




いつ、いつ来るの?

さっきあそこまで来てたから、もう来るよね?

待って陽斗、頭危ない。

え、まだ?

まだなの?

私死ぬかな?

でも陽斗は死んじゃダメ、絶対ダメ。

私が守る。

お母さんお父さ……()っ………




体に走ったこれまでに感じたことのない痛み。

意識は一瞬で遠のいて、でもそれと同時に痛みも感じなくなった。




気がついた時、私は色々な線に繋がれていた。




何これ……気持ち悪い……

けど取ったらいけないよね……

ていうか私、死ななかったんだ。

陽斗、陽斗は?

大丈夫なのかな?

もう会えないとか……ないよね?




陽斗がどこにいるのか、すぐに探しに行きたかった。

でも体が動かなくて、人が来るのをひたすら待った。




そういえばなんか……静かじゃない?




嫌な予感がしたけど、深くは考えずにいた。




目だけ動かして見た時計によると、お母さんが来るまで一時間しか経っていなかったけど、それは私にとってとても長く感じられた時間だった。




お母さんは目を覚ました私を見るなり涙を流して、何か色々言ってた。

そしてすぐ医者と看護師がやって来て、その20分後くらいにお父さんがやってきた。

そして確信する。




私、耳、聞こえなくなったんだ………




何も話さない、言葉に反応しない私を見て、医者たちの顔色がガラッと変わって。

医者が苦しそうな顔で紙とボールペンを持ってきた自由帳には、『お母さんたちの声が聞こえますか?』と書かれていた。

私は骨折していて使えない利き手の反対、左手をなんとか使ってその質問に答えた。

『聞こえません』と。




そこから色々検査をさせられて、とても慌ただしい一日だった。

目覚めたお昼時から六時間ほど。

色々な場所に連れ回されて検査していた私は、病室に帰ってきていた。

そんな時、病室の扉が開く音が聞こえないまま、一人の男の子が顔を覗かせた。

陽斗だった。




陽斗は元気そうで、顔や腕のかすり傷程度で済んだらしい。




良かった、良かったっ。

陽斗が生きてる、無事だ……っ




自分の耳が聞こえなくなったことを確信した六時間前ですら涙は流れなかったのに、この時は本当にボロボロ涙を流して泣いた。

そして思う。




私、陽斗のこと好きすぎでしょ。




何を思ったのか、陽斗は号泣する私を見た途端、病室から逃げるように出ていってしまった。




え、なんで……

もしかして大泣きしてるのに引かれた?

だとしたら最悪……っ




でもその時は陽斗を助けられたことへの安堵が大きくて、その日はそのまま眠りについた。




後日、私の聴力が戻ることは難しいと伝えられ、お母さんとお父さん、陽斗の両親もみんな泣いていた。

当人は泣いていないのに。

耳が聞こえなくなったのは確かにとても不便だし、悲しかった。

でもその代わり、陽斗は死ななかった。

好きな人を守れたから、それでいいんだっ。




その時の私は、そうポジティブに考えていた。

でも後々、耳が聞こえないことによって苦しめられることになる。




一ヶ月と少しして、私は退院した。

退院祝いの時、私の家ではパーティが開かれた。

私が大好きなお寿司を沢山食べて、誕生日みたい!って少しラッキー……なんて。

音は聞こえなかったけどお寿司は美味しかったし、ケーキも美味しかった。

みんな笑顔で……だから、陽斗が来てくれなかったけど、大丈夫。

紙に書いて陽斗の母親(おばさん)に尋ねると、陽斗は家で留守番をしているらしい。

せっかくお隣さんという便利な場所に家があるのだから、最初は呼びに行こうと思った。

けれど最後に顔を合わせたのが私が泣いている時というのもあって、中々足が動かなくて。

結局呼ばないまま、パーティが終わってしまった。

でもやっぱり大丈夫。

陽斗は私と同じ世界に生きているから。




その一週間後。

私はほとんど通えていない中学校への通学を再開した。

みんなからの視線が痛くて、友達もいなくて、初めて耳が聞こえなくなったことが嫌だと思った。

クラスメイトが明らかに私の悪口を言っていても、何も聞こえない。

言い返せもしない。

かと言って先生や親に相談しても、簡単に解決するものでは無い。

だって、悪口を言っているように見えているだけの可能性だってあるのだ。

確実な証拠が無いし……って、中学生の嫌がらせなんてこんなに深く考えることじゃないよね。




そして、外出するのも一人では出来なくなった。

目が見えるのだから信号は確認できる。

何度もそう伝えたのに、事故のことがあってか過保護になってしまったお母さんとお父さんに、絶対ダメだと言われてしまった。

一人で散歩して、買い物に行って服を選んでアクセサリーを選んでコスメを選んで。

そうしたかったのに。

耳が聞こえない、話すことが出来ない。

それはいざ生活してみると、とても大きな障害となった。




学校から帰ってきたら、手話を勉強する毎日。

その時はお母さんやお父さんも一緒に学んで、それなりに楽しい時間を過ごせていた。

自分の自己紹介をしてみたり、自作の抜き打ちテストで点数を競ったり。

たまに陽斗の両親も交えて遊んだ。

そんな日々が続いて一ヶ月。

私は薄々気づき始めていた。

今まで、こんなに陽斗の両親と遊ぶことはなかった。

それも、陽斗を除いて(・・・・・・)遊ぶことが。

そして垣間見える、妙なお母さんとお父さんの視線。




あ、もしかして。

私が陽斗を庇って怪我したから、陽斗もおばさんもおじさんも、責任感じてるんじゃない?




事故のことがあって、橋本家と染谷家の間にヒビが入ったのは、明らかだった。




耳が聞こえない、話すことが出来ない。

それは音楽の授業では歌えないし、日直も工夫してしか出来ないし、テレビの音が聞こえないし、去年のクリスマスプレゼントに買ってもらったヘッドフォンも、無駄になってしまったということ。

他にもデメリットはいくらでもある。

それで辛い思いや悲しい思い、苛立ちを覚えたけど、陽斗のせいだとはたったの一度も思わなかった。

悪いのは、あの軽自動車だ。

どうやら飲酒運転だったらしく、私と陽斗の両親は大激怒だったらしい。

その大激怒したということは、誰かから聞いた訳ではない。

けれど分かる。

見れば分かる。

医者ではなく警察の人と話している時、お母さんとお父さんの瞳は、曇っていたから。

運転していたのは、免許を取ったばかりの十八歳。

しかも、飲酒運転だけでなくスマホを見ながらの運転だったのだとか。

そりゃ事故りもする。

十八歳のその人より私の方が若いけど、そんなの関係ない。

ほんと最低。

地獄に落ちろ。




そんなことを思う私にも、一年ほど経った時には上手い人への接し方というものが身についていた。

少なくとも陰口は減ったのだろうし、あからさまに悪口を言われることはなくなった。

それに自分で少しだけだけど手話を覚えて、会話を試みてくれる子もいた。

友達が二人、増えた。

二人とも女の子だ。




でも、でも。

この一年、陽斗とはたったの一度も話していない。

目が合っても、すぐに逸らされて。

ばったり出くわしても、陽斗は来た道を帰っていく。

そんなに私に会うのが嫌だ?

話すのが嫌だ?

それとも話せないのがいやなの?

なんなの、もう。

答えてよ。




そうは言うものの、私も自分から行こうとしたことは無い。

いや、それは違うな。

行こうとしたことはあるけど、いつも一歩手前で引き返してしまう。

自分の思っている以上に、私が目を離した時に陽斗が逃げるように出ていったのは衝撃だったようで。

手話で話しかけたら、どんな反応をされるのか。

嫌な顔をされるのか。

笑ってくれるのか。

そればっかり気にして、テストの点も少し下がった。

陽斗と話したい。

だって好きなんだもん。

なんとかしてよ、神様。







まず何故陽斗のことが好きなのか。

陽斗と出会ったのは幼稚園の入学式。

その時の記憶はないけれど、その時から既に、私たちは仲が良かったらしい。

そしていつも私は女の子と、陽斗は男の子の遊べばいいのに、いつも二人で遊んでいたと。

小山崩しが好きだったと。

そして陽斗を異性として見始めた、小学校中学年くらいの時。

あの時は可愛かったなぁ……

私の誕生日の日に、陽斗が四葉のクローバーをくれて。

話によると、十日間ずっと公園で四葉のクローバーを探していたらしく、いつも服を汚して帰ってきていたらしい。

それにおばさんは頭を抱えていただろうけど、私はそれがとても嬉しくて、その四葉のクローバーをすぐ栞にした。

そして陽斗の誕生日には何を返そうかな。

陽斗の好きなもの、食べ物?

チョコレートが好きだったな。

お小遣いでどれだけ買えるかな。

それだけずっと考えて、私の誕生日から陽斗の誕生日が来るまでの三ヶ月間、頭の中でプランを考えていた。




他にも、私が体調不良になった時はとてもやさしく接してくれた。

他の男子じゃ有り得ないような優しい大丈夫?という言葉。

そうして声をかけられている私の姿を羨んでいた女子は少なくない。

当の本人は気がついていないのも、ポイントが高い。




彼氏やら彼女やら気にし出す、小学校高学年。

まだ私たちには絶対そんなこと早いのに、陽斗というかっこいい男の子が近くにいたら、考えたくもなるものだ。

そんな時に、気になって陽斗に聞いてみた。




「陽斗ってさ、好きな子とかいないの?」




平静を装っているつもりだったけど、もしかしたらバレバレだったかも。

陽斗はその質問に、少しの間を開けてから答えた。




「いる」




と。




「そ、そっか……だ、誰なの?教えてよっ」

「……嫌だよ」

「……そうだよね、ごめん」




そのまま終わった、短い恋バナ。

少女漫画などでは、幼なじみとの恋はよくあるけど。

実際、幼なじみとは恋に発展しないことが多いと、ネットのどこかで見た。

だからもしかしたら、私は陽斗の恋愛対象にすら入っていないのかもしれない。

それに気がついたのが小学校高学年だなんて、遅くないか、私。

でも陽斗のこと一番知ってるのは私だし、一番多く遊んでるのも私だし、諦めちゃダメ!




そんな日々を過ごしていた矢先に起こった事故。

それで陽斗との距離がここまで空いてしまうなんて。

一年だよ?

一年って……長いよ。

恋をしている私にとって、好きな人とそれほど話せていないなんて、せっかくお隣さんなのに、意味が無いも同然。

でも陽斗を庇ったあの時の判断は絶対に間違っていなかった。

もし立場が逆で、陽斗が耳が聞こえないようになったら、私みたいに陰口を言われて不便な生活になって。

それで辛い思いなんて絶対にさせなくなかった。




だから良かったの。

陽斗が苦しむくらいなら、私が。




そして事故から早五年。

私と陽斗は別々の高校に入学し、三年生になった。

未だに陽斗とは、あの事故の時から話せていない。

でも陽斗のことはずっと好き。

でも好きだからこそ、距離があるのが余計に辛い。

好きな人なら、近くに、隣にいたいから。

そして私はこのままウジウジしていてもダメだと思って、高校を卒業するまでに告白出来なかったら、陽斗のことは諦めようと決めた。

でも五年も話せていないし、耳が聞こえなくて上手く話せない私一人だと中々勇気が出ない。

それに振られた時のことばかり考えてしまう。

かと言ってお母さんとお父さんに相談するのも気まずいし、陽斗もうちの両親とは気まずいだろう。

どうしたものか。

そんな時に思い出したのが、不良に見えるけど平和部という何とも良心的な部活の部長をしている同学年の男子生徒がいるのを思い出して。




『平和部の皆さんならと思い、依頼させて頂きました』




私の初恋が、長年の片思いが実ることを、

あの時のような明るい関係に戻ることを望んで。




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