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新生春咲高校平和部、始動!②

いちごside




体操服に着替えた後、私たち平和部の四人はご依頼箱の元へ集まりました。




「部活体験の時みたいに……あ、梅宮は分かんねぇよな。まぁいいだろ、急に入部するとか言ってきたお前が悪いんだから」

「はあ!?てめ」

「説明戻るぞ。あの時はしなかったが、本来は依頼内容を全て確認してからその日にどの依頼を受けるか決めるんだ。依頼には期限があるからな。それに依頼内容によって行く人数も変わる。人手がいるような内容だったら全員で、一人でも事足りるなら一人。大変かもしれないが慣れてくれ。でないと上手く回らない」




部活体験の時とは違うことが多いようです。

頑張って慣れないとですね!




そう意気込んで、机の上にご依頼が書かれている紙を開いて並べます。

すると、期限が一週間先までのものや明日までのもの、長くて一ヶ月先までのもの計11個のご依頼がありました。

たくさんありますが、その中で気になるものが二つ。




「依頼内容、『好きな人に気持ちを伝えたい』……?それも二つあります」

「ああ、たまにあるな、ほんと極稀に。うちの生徒だろ……ほら、三年だ。期限は、っと……『卒業するまでには必ず思いを伝えたいです。でもなるべく早くお願いします。』?まぁ特につっかえてないし、行きたいやつは行っても……」

「あのっ、私に行かせて頂けませんか?」




私を動かしたのは、二つあるうちの一つのご依頼に書かれていた、『私は耳が聞こえません。』という一文。

その方のお名前は、橋本詩さんというそうです。

絶対にこのご依頼は、私が。




そう強い意志を持って、私は口を開きました。




「そうか?なら頼む。二つあるが、どっちに行く?」

「どちらもです。行かせてください」

「……何を思ってるのか知らないが、何か思うところがあるんだな?」

「はいっ」

「正式に平和部に入って初めての依頼だ。大切にな」

「っ、一生懸命、頑張ります!」




初めての依頼……

そうですね、より一層、頑張りましょう!




「んじゃスマホ持ってるだろ?電話かけて……」

「いえ、直接会いに行きます」




電話ではいけません。

もしかしたら気がつくことが出来ないかもしれませんから。

ご本人もそれを分かっていて、紙の端に『来ていただける場合は、三階の学習室で毎日16時30分までお待ちしております。』とお書きになったのでしょう。

体操服に着替えたのが無駄になってしまいましたが、そんなことどうだっていいと思えるほど、私はこのご依頼を……




「では、行ってきます!」

「は、もう行くのか!?」




魁星先輩の声を背に、私は階段を駆け上がって行きました。

携帯電話の画面を見ると、現在時刻は16時29分。

時間がありません。

途中何度も転けそうになりながらも、早く早くと、橋本先輩の元へと急ぎました。

そして三階にたどり着いた時、私がいる校舎の一番端の階段から、三つ先の教室の扉がガラガラ、と開いて。

体の正面にスクールバッグを両手で持ち、瞳に日光に照らされる廊下を映しながら出てこられた、女性。

橋本先輩らしきその人を見るだけで、私は泣きそうになってしまいました。

何故か、という問いに答えるのは、私にとって息をするよりも簡単なことで。

何故か?




音のない世界に生きている彼女の何もかもが、優しい(・・・)から。

きっとあの人(・・・)のように、耳が聞こえないことでたくさん苦労をしてきたはずなのに、そんな風に見せないあの穏やかな表情。

人差し指に止まった蝶を眺めるかのように優しい眼差し。

あの優しい人の胸に飛び込んでしまいたい。

そう思わずには、いられない。




私は涙が溢れないように必死に堪えて、その方の元へ一歩一歩と歩いていきました。

早いうちにその方は私に気が付かれて、会釈をされました。

私も慌てて会釈を返し、携帯電話をポケットの中に収めて、空いた両手を胸元まで上げました。

そして、




『初めまして』




と手話をしました。




(ここから、『』を使ったセリフは、手話でやり取りしているものとします)




私が手話を覚えたのは、小学四年生10歳の時です。

ご近所さんのおばあさん、向井初惠(はつえ)さんは、生まれながらに耳が聞こえない、聴覚障害のある方でした。

だから皆さんとの会話はいつも身振り手振りと筆談。

ご本人は手話をご存知ですが、その地域に手話を使える方は向井さん以外にいませんでした。

だからいつも笑顔だけれど、いつもどこか寂しそうな表情で、空を眺めておられました。

それが悲しいことなのは、当時の私にも理解が出来て。

すると私はいてもたってもいられず、当時はまだ携帯電話を持っていなかったので、図書館まで手話の本を借りに行き、暇さえあれば手話を覚えようと努力しました。

その結果私は向井さんと手話でスムーズに会話が出来るようになり、向井さんも以前より表情が明るくなったように思いました。

しかし向井さんは、つい最近……一ヶ月ほど前に亡くなられてしまって。

悲しくて悲しくて、そんな中引越しをしなければならなくなって。

向井さんのお家は今もまだあそこにあって、向井さんご本人もいつだって玄関からいらっしゃい、と声をかけて下さりそうなのに、向井さんにはもう会えないのです。

そのことがあって、同じく耳が聞こえない橋本先輩のご依頼は、私が受けたいと思ったのです。

手話を使える私なら、きっと力になれる。

そして手話を使うことで、向井さんは確かに私の人生にいらした方だと、確かめたかったのです。




手話を用いて挨拶をした私に、橋本先輩はとても驚かれているようです。

しかし驚いた声は聞こえてきません。

聴覚障害の方は、声を発することも難しいからです。




『橋本詩先輩。私は、平和部一年の片倉いちごです。好きな人に、思いを、伝えましょう』

『あなたが、平和部の人?ありがとうございます。とても、嬉しいです。そして驚いています。手話を使える人は中々いないので』




ありがとうの五文字が、今の私にとってどれだけ大きなものか、橋本先輩はご存知ないでしょう。




『過去に学ぶ機会があったので。お力になれると思い、私は今日ここにきました』

『そうだったんですね。いつもは目で見える景色しか楽しみがないので、まさか一年生と手話で話せるとは思いませんでした』




いつか、向井さんは「耳が聞こえない私たちは、目で見て楽しむんだよ」と仰っていました。

まるで、橋本先輩のように。




ああ本当に、橋本先輩にお会い出来て良かったです……っ

あっ、いけませんね、また涙がぶり返してしまいます。

ご依頼の詳細をお聞きしましょう。




『では、お話を聞かせて頂いてもよろしいですか?』

『はい。ではそこの教室に入って話しましょう』




そして私たちは学習室に入り、隣同士の席に座って、黒板は使わずに会話を始めました。



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