舞い降りる桜⑥
いちごside
「ただいま帰りました〜!」
「おかえりなさい」
「いちごちゃん、おかえりなさい。入学式良かったわよ〜!」
「!ありがとうございますっ」
帰宅すると、おばあちゃんとおじいちゃんが出迎えて下さいました。
洗面台へ行き手洗いとうがいをして、居間へ行きます。
そして座布団の上に正座をし、一息置いてお二人に声をかけました。
「あ、あの、お二人とも!お話が、あるのですが……聞いて頂けますでしょうか?」
こうして面と向かってものを言うのは初めてなもので、少し……いえ、だいぶ肩に力が入ってしまいます。
しかしお二人は、そんな私に優しく、
「いちごちゃん、どうしたの?」
「ちょっと待ってね、手を洗ってそっちに行くから」
と仰って下さいました。
すると自然と勇気が出てきて、ギュッと手に力を入れ、心の準備が出来ました。
「帰ってきて早々、おじいちゃんとおばあちゃんのお時間を取ってしまってすみません」
「何言ってるの、いちごちゃん?時間を取られただなんて、思っていないわ」
「ああ、そうだよ」
「っ……私今日入学式のあと、部活体験に行ってきたんです。平和部という、春咲町の方々のお手伝いをする部活動で。今日は榎本美智子さんという方のお家で、お庭の草むしりをしたんです。それは私にとってとても良い経験になって、素敵な出会いもあって……こんな私でも役に立てて、人を笑顔に出来るんだって思えたんです」
里香さんの笑顔は、きっとずっと、忘れません。
お二人は、私の話をとても真剣に聞いてくださっています。
そんなおばあちゃんとおじいちゃんが私は大好きで、だからこそアルバイトをして負担をかけないように、と思っていました。
けれど。
「だから私、もっと平和部の活動を通して、自分を成長させたいんですっ。今までのように学校から帰ってきて畑のお手伝いをすることは難しいかもしれません。アルバイトだって、出来ても学校がお休みの日だけ。でも、それでも!この春咲町の方々の役に立ちたいんです!自分のした事で喜んでもらえることの嬉しさを、今日、知ってしまったから……っ」
ありがとうや笑顔のひとつで、涙が出るほどお別れが寂しく思えるのは、きっと特別なこと。
その特別を、大切にしていきたいと思ってしまいました。
数秒の静寂がとても長く感じられる間、お二人はどう思うのか、それだけを気にしていました。
恩知らずな子だと、言われてしまうでしょうか。
お二人は絶対にそんなこと仰らないと心の底では理解していても、人一人育てることの大変さを僅かながらに知っていることと、自己肯定感が無いこと故に、いい返事をもらえるなど、とても思えません。
そして聞こえてきたのは、おばあちゃんの声でした。
「ちょっといちごちゃん、何言ってるの?」
「っ……」
やはり、こんなのわがままですよね。
そう思い、平和部のことはキッパリ諦めようとした時。
「入部していいに決まってるじゃない!」
「!?ど、どうして……」
「どうしてって、ダメな理由がないわ。まさか私たちがいちごちゃんにアルバイトをさせて、お金を稼がせようと思っているとでも?」
「い、いえそんな……っ」
分かっていました。
そんなことが有り得ないのは。
やっぱりその通り、おばあちゃんはいつだって私のことを思って下さっています。
「でしょう?それにいちごちゃん、中学校の時は部活動に入らずに、ずっと私たちのお手伝いをしてくれていたから、ちゃんとしたいことが出来ているのか心配だったの。そして今日、いちごちゃんの口からやりたいことが聞けて、とっても嬉しいわ!」
「お、おばあちゃん……っ」
「いちごちゃん。何か勘違いをしていないかい?」
次はおじいちゃんが、相変わらずの優しい口調で。
「おじいちゃん達は、いちごちゃんに部活動をしたいという思いがあることが、とても嬉しいんだ。それに、部活動がしたいと思ったなら、おじいちゃん達に許可を貰う必要はない。自分の好きなようにしなさい。いちごちゃんが好きなことをして、楽しめているという事実が大切なんだ。分かったね?」
「っおじいちゃん……はいっ、ありがとうございます!」
「よしっ、決まりね!じゃあ今日は、いちごちゃんの入部を祝って、お赤飯といちごちゃんが大好きな天ぷらにしましょう!」
「わあっ、嬉しいです!やったですっ」
平和部に入ったら、また里香さんと会えるのでしょうか?
他にはどんなご依頼がやって来るのでしょうか?
でもおばあちゃんとおじいちゃんの負担になってはいけませんね。
ちゃんと生活にメリハリをつけませんと……
何はともあれ、勇気を出して言って良かったですっ。
色々な思いを胸に食べた好物の天ぷらは、今までで一番、美味しく感じられました。
翌日。
私は学校に着いて早々、平和部の部室へ向かっていました。
その訳は。
部活体験が終わった帰り道。
「じゃあほら、入部届け。もし入れるようなら、記入して明日部室まで持ってこい」
魁星先輩から頂いたのは、入部届けでした。
魁星先輩、今どこからそれを……?
不思議に思っている私を横目に、こーくんが魁星先輩にイジワルをされて、
「魁星先輩〜?用意周到じゃないですか〜、やっぱりいちごに入ってほし……あでっ」
「うるせぇ」
ぐ〜っと手で顔を押されてしまっていました。
「わっ、こーくん……っ」
「先輩酷いじゃないですか!暴力反対!暴力反対〜!」
「暴力じゃないし。ほら、帰るぞ〜」
「ちょっと先輩!?置いてかないでくださいよ〜!」
こーくんは可哀想でしたが、魁星先輩は私の手を引いてこーくんを置いていこうとなさって、それを追いかけて来られるこーくんという絵面は、なんとも微笑ましくて。
こーくん以外の方と遊んだことがない私にとって、三人以上で戯れるというのは初めてで、その嬉しさは入部したいという思いをより強くしました。
その時私は、おばあちゃんとおじいちゃんに入部したい思いを伝えることを決めたのです。
早く、早く──!
部活動をしたくてたまりません。
その気持ちは、私の足を動かす原動力となって。
気づけば私は、廊下を走ってしまっていました。
自分が運動音痴であることを忘れて。
「か、魁星先輩っ、失礼しま、す!?」
挨拶をし終わるより前に聞こえてきたのは、ドテーン!という重みのある音。
その後暫く沈黙が続き、私はスクッと何事も無かったかのように立ち上がりました。
………
穴があったら、入りたいです……
「……大丈夫か?」
「あっ、は、はい!すみません……っ」
魁星先輩にドジっ子な所を見られてしまいました……
自分が惨めで恥ずかしいです……
って、ハッ!
立ち尽くしている場合ではありません!
朝休憩の時間は限られています。
早く入部届けを出してしまいましょう!
今さっき転んでしまったことを忘れ、魁星先輩の元へ駆け寄りました。
「あの、入部届けですっ、これからよろしくお願いします!」
「え、マジ?じーちゃんばーちゃんと暮らしてんだっけ、良かったな。それと、ありがとな。無理強いしてるつもりはなかったけど、先輩に言われちゃどうしても圧がかかるよな、昨日は悪かった。でも入部を決めてくれて、安心した」
その時の魁星先輩の表情は、心の底から安堵されているようでした。
平和部の廃部から少し遠いたからなのでしょう。
あんな表情が出来るほど、魁星先輩の平和部と春咲町への思いは強いのだと思います。
「いえっ、圧なんて私は感じていませんでしたよ。ただ心から、平和部に入部して、地域の方々と仲良くなれたら、と」
「そうか。じゃ、入部ってことで決まりだな。次は二週間後に来てくれ」
「……え?二週間後とは、何故ですか?」
「は?いやだって、一年は部活体験が終わるまで正式に入部出来ないだろ?」
「ええええ!?」




