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舞い降りる桜④

いちごside




「私、は……」




人助けをして笑顔にするというこの部活動は、とても素敵だと思います。

でも……




「ごめんなさい」

「……理由を聞いてもいいか?」

「私、出来ることならこの部活動に入らせて頂きたいです……でも、私には両親がおりませんので、ずっと祖父母にお世話になっているんです」

「いちご……」

「だから高校生になったらアルバイトをして、少しでも学費を自分で払おうって決めていたんです」




おばあちゃんもおじいちゃんも、とても良くして下さいます。

アルバイトのお話をした時も、しなくていいと、私が心配だと。

でも、いつまでも迷惑をかけている訳には行きません。

だから中学生の時も部活動には入らず、家に帰るとすぐ畑のお手伝いをしていました。

考えたくないほど悲しいことですが、恩返し出来る時間も限られていますし……

だから、アルバイトをしようって。




「それに私はひ、人見知りですから、あまりお役に立てないと思いますし……っ」

「……まぁ良いとこだけ言うと、この部活に入れるなら入りたいってことだよな?」

「それは、はい……」

「じゃ、まだその時期には少し早いけど行くぞ」

「え?行くとはどちらへ……」




九十九先輩はパイプ椅子からガタッと立ち上がり、部室の出入口まで歩いていかれました。

そしてドアに手をかけて、




「まだだろ?部活体験」




と仰いました。




「で、でも私……」




部活動は、アルバイトがありますので……




先程の私の言葉の意味を理解されていなかったのかと思いきや、そうでは無いようで。

九十九先輩は、初めて笑みを浮かべられました。




「いーから。結局入部しなくても、見てってくれよ。悪いもんじゃないから」

「!」




悪いもんじゃ、ない……




その言葉に心を動かされた上に、この町に引っ越してきたばかりの私は気になってしまったのです。

春咲高校平和部を通して見ることの出来る、春咲町の姿を。








私は部室から近かった更衣室で、九十九先輩に言われるがまま保健室で借りた体操服に着替えました。

その後こーくんと共に九十九先輩に連れられて、春咲高校の西門へやって来ました。

九十九先輩とこーくんも、体操服に着替えておられます。

一体、何故ここに来たのか。

それは、どんなご依頼があるかを確認するためらしいのですが、辺りには何も……

って、あれ?

門のすぐ横に、教室で生徒が使うような机一つと、その上には、よくお煎餅などが入っている四角いブリキ缶とメモ帳、ボールペンが置いてありました。

そのブリキ缶が雨に濡れないように机は傘で覆われていて、ブリキ缶の蓋には、「ご依頼 春咲高校平和部へ」とマジックペンで書かれているコピー用紙が、ガムテープで貼られていました。




「ここにご依頼が集まるんですね」

「ああ、そういうことだ」




どうやら、何か頼みごとのある地域の方が、この場へ直接赴き、メモ帳の紙に内容を書いてブリキ缶の中に入れるというシステムのようです。

九十九先輩は早速ブリキ缶の蓋を開け、5枚ほどある紙の中から1枚を取り出し、私に説明をして下さいました。




「紙にはその人の氏名と年齢、家の住所と電話番号、依頼内容にその依頼を完了して欲しい日時を書いてもらうようになっている。まぁ最後のについては、はっきり日時が決まってなかったら、何月の何日までに、っていう風に書かれることもある。今日のは……ほら」




九十九先輩はグイッと依頼内容が書かれている紙を、私の顔の前に持って来られました。




あはは……少し、近いような……?




私は2歩ほど下がり、内容に目を通しました。




榎本美智子(えのもとみちこ)

58歳

──、──市、春咲町、──丁目、──。

───、───、───。



春咲高校平和部さんへ。

いつもお世話になっています。

度々で申し訳ありませんが、庭の草むしりを手伝って頂きたいです。

4月12日に来客があるので、それまでにお願い致します。




私は思わず、その内容に目を輝かせてしまいました。

だって……




草むしり!

ここ最近は出来ていませんでしたが、こんな形で機会が訪れるとは思いませんでした!

体力が要りますが、終わった時の爽快感が……

って。




私はハッとし、こーくんと九十九先輩の顔色を窺いました。




「「……?」」




こーくんはポカーンとなさっていて、九十九先輩には軽蔑の目を向けられてしまいました。




草むしりで喜ぶのはやはりおかしいですよね……




反省しながら、私は沈黙を破ろうと慌てて口を開きます。

この空気をなんとかしなければ!




「あ、あの、えーと、草むしりがご依頼なのですね!4月12日はあっという間に来てしまいますから、急いで参りましょう!榎本さんのお宅へ!」

「うん、そうしよっか!」

「お、おう……」




……と言ってしまいましたが、榎本さんのお宅は、一体どちらなのでしょう!?

田舎者なもので、住所を見てもどこへ行けば良いのやらさっぱりで……




結局、九十九先輩について行く形になってしまいました。




榎本さんのお宅へ向かう途中、商店街を通っていると。




「あら!魁星くん!」




50代ほどに見える女性が、九十九先輩の姿を見つけるなり声をかけてこられました。




「菅のおばちゃん。こんちは」

「昨日入れた依頼、もう来てくれたの?」

「悪い、今日はここじゃないんだ」

「あら残念。なら首を長くして待っておくわ。魁星くんの好きなココアクッキーも用意しておくから」

「ああ、ありがとう」




随分と親しげに……

平和部の部活動を行っているから、こうして地域の方と仲良くなれるのでしょうか?




そう思っていると、九十九先輩が私とこーくんに目で訴えてこられて。




「あっ、え、あの……は、春咲高校一年の、片倉いちごです……っ」

「同じく一年の住岡航太です!こんにちは!」




っ……こーくんの挨拶を聞くと、やっぱり私はダメダメです……

不快にさせてしまったかも……




「まあ!そういえば入学式今日よね?2人ともおめでとう、そしてこんにちは」




……あれ?

笑顔で、優しい……




菅さん?のその反応にとりあえずは一安心。

出来たのもつかの間。




「ありがとうございます!」




咄嗟にお礼を言うこーくんに対して、出遅れてしまう私。

焦って声が出なくなっていると。




「それで今日は、魁星くんについてきているということは、平和部に入部するの?だとしたら嬉し……」

「悪い、菅のおばちゃん。航太は入ってくれるけど、片倉の方はまだ分からないんだ」

「あら、そうなの」




っ……




「す、すみません……っ」

「どうして謝るの?人にはそれぞれ事情があるし、自分のやりたいことをやるのが一番よ。でももし他の部活動と悩んでいるならぜひ平和部に入って欲しいわ〜……なんて、わがままよね」

「いっ……え……」




そんなことありませんと、言えない自分。

こんなに優しい方だから、つい心が揺れて……




何も言えなくなった私に、九十九先輩は気を使って下さったのでしょうか。

話題を変えて下さいました。




「あ、野菜いい感じに育ってるな」

「そうなのよ〜。前魁星くんが手伝ってくれたおかげね」

「だとしても腰、気ぃ付けろよ。畑耕すの大変だし、前も痛めたんだから」

「そうねぇ、また依頼してもいいかしら?」

「ああ、もちろん」




その後菅さんは私たちにチョコレートを下さり、お礼を言った後にお別れの挨拶をして、私たちはその場を去りました。

優しく話しかけて下さるのは、菅さんだけではありませんでした。




偶然お仕事がお休みで、ベランダで一人缶ビールを片手に至福のひとときを過ごされていた2児のパパ、堀内さん。

お菓子作りが趣味でつい先程出来たスイートポテトを下った竹中さん。

にゃ〜んと可愛らしい声で鳴く、のんびり屋さんで人懐っこい野良猫、クロさん。




形はどうであれ、他にもたくさんの方々からの頂き物で私たちの両手はいつの間にか塞がれてしまっていました。




九十九先輩や、以前平和部に所属されていたという九十九先輩の先輩方が、どれほどこの町を愛しているのかが一目瞭然ですね。




そうして目的地に向かい始めて30分。




「九十九先輩、榎本さんのお宅は……」

「その呼び方、やめてくれ」




え……




突然、私の前を行かれる九十九先輩の足が、ピタッと止まってしまわれて。

お顔は見えませんが、私が今、九十九先輩を傷つけてしまったのは確実で。




「ご、ごめんなさいっ……私なんかが、馴れ馴れしく……っ」

「いや、そうじゃ……名字が、嫌いなんだ」




名字が……嫌い?




「だから航太と同じく魁星でいい。言い方良くなかっただろ、悪かった。言ってなかった俺が原因だし」

「い、いえそんなっ……」

「……行くか」

「っ……」




つく……魁星先輩に謝らせてしまった上に、そのような沈んだ声を出してしまって……

こんなに胸が痛くなるのは、いつぶりでしょう……?




行くか、という魁星先輩の言葉に、はい、と言えないまま私は、情けない気持ちでその場から動けなくて。

そんな時。




「いちご」

「……こーくん」

「立ち止まってたら、置いてかれちゃうよ?魁星先輩、歩くの早いでしょ?」

「っ……そう、ですね」

「うん、行こう」




そう仰ったこーくんは、笑っているけれどどこか悲しそうで。




こーくんは、何かをご存知です。

でなければ、あんな、あんな……




苦しいって、言っているような瞳になるはずがありません。




そこから私たちはゆっくりのような一瞬のような時間をかけて、依頼主の榎本さんのお宅へ向かいました。



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