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あふれる想いを君に  作者: はゆ
第0章 プロローグ
4/5

 #04.Y キミは私に従う

 ヨクデキマシタ帝国の周縁部に位置するナニモナイ辺境伯領。最北端の村トーホーは隣国に面しており、国防の要となっている。


 重責(じゅうせき)を担うナニモナイ辺境伯には、最大限に能力を発揮できるよう、独立性と大きな権力が与えられている。にもかかわらず、施策(しさく)はたった一つ。

 トーホーにおける一切の軍需(ぐんじゅ)産業を禁じ、居るのは民間人のみ、あるのは民間施設のみとする。

 それを実施して以来、侵攻されていない。


 ナニモナイ辺境伯は、国際法を平和のために利用した。国際法には、武力衝突時の攻撃対象を軍事力や軍事施設に限定し、民間人や民間施設は攻撃してはならないと定められている。

 他国は、この軍民分離の原則を遵守する限り、トーホーの人や領土を攻撃することはできない。


 侵攻されていないのは、ナニモナイ辺境伯の功績ということになっているけれど、発案者はエリザヴェータ。

 とはいえ二者間に接点はなく、進言してきたわけでもない。『そうすれば、みんなニコニコできるのに』と、呟いていたエリザヴェータの独り言が耳に入り、そのまま使ったというのが顛末(てんまつ)


 * * *( )


 ナニモナイ辺境伯嫡男(ちゃくなん)が失踪してから十数年。未だ発見されていない事実を隠すため、妹やみちが男装し成りすましている。


 お家断絶を免れるため、不正に手を染めた。

 爵位を継承し、家を守るにはいくつかの要件を満たす必要がある。


 *(要件はじめ)( )


 一、継承できるのは嫡出(ちゃくしゅつ)の子孫のみ。本妻(ほんさい)以外から生まれた庶子(しょし)へは継承できない。


 二、男性継承のみが認められる。嫡出子(ちゃくしゅつし)であっても、女性へは継承できない。


 三、嫡男(ちゃくなん)が生存していることを示さなければならない。生死不明になってから七年間が満了すると、法律上死亡したとみなされる。


 *(要件おわり)( )


 全ての要件を満たすための偽装(ぎそう)。あくまで一時しのぎ――不正(ふせい)加担(かたん)した誰もが、やみちが嫡男(ちゃくなん)を演じるのは、男性の嫡出子(ちゃくしゅつし)が生まれるまで。もしくは妹の誰かが嫡男(ちゃくなん)を生むまでの一時的なことと高を括っていた。そのため、本来の妹としてのやみちの籍は据え置かれ、放置されていた。


 長期間に渡り騙し続けようとは、誰一人として考えていなかった。けれど結局、十年以上経過した今も、継承権を持つ子は生まれず、やみちは嫡男(ちゃくなん)を演じ続けている。

 とはいえ、これまで問題は起きていない。何事もない状態が続くと、危機意識は低下していく。いずれ気にすることさえなくなる。


 やみちが男装していることを誰も気にしなくなった十六歳を迎える年。問題に直面する。

 貴族の子女は、十六歳になると舞踏会に参加し、社交界デビューする。女性は主役のデビュタントを、男性は脇役のエスコートを務める。


 十年以上もの間、やみちは男性として振舞い、男性として扱われてきた。

 それが突然、デビュタント用に女性の所作を躾られるようになった。当日は化粧を施され、華やかなドレスに身を包む。そして令嬢として振る舞うよう指示された。


 問題は、幼馴染にエスコートされること。絶対にバレてはいけないと念を押された。その理由を十分に理解している。けれど見慣れた顔を至近距離で見て、違和感を感じないとは思えない。


 エスコートされてすぐ、心配すること自体が無駄だったと思い知る。友人は、デビュタント以前から、やみちが女性であることを知っていた。

 何故知っているかを包み隠さず話す友人。

「胸は膨らんでいるし、付いているべきものがない。女性的で魅力的な体つきをしているのに、気付かないわけがないだろう」

 まさか、よくふざけ合ってしている金〇モミモミの際、やみちの股間の触感だけが違っていたとは思いもよらなかった。


 今までは何故か黙っていてくれた。とはいえ、今後も黙っている保証はない。バレてはいけないと念を押されている以上、口止めしなければならない。どのように交渉すべきか――考えれば考えるほど焦りばかりが募る。


 今日だけは女性らしく振る舞わなければならないという状況が、焦燥感(しょうそうかん)拍車(はくしゃ)をかける。


「誰にも言わないで……」

 散々考えたあげく、出た言葉は稚拙(ちせつ)

 どうすれば良いか結論が出ず、頬を赤らめモジモジするだけ。まるで、ただの女の子。


 やみちがとった言動への自己評価は最低。にもかかわらず友人の要求は、やみちがたまに女装をすることのみ。たったそれだけで、今まで通り接すること、口外しないことを約束してくれた。


 * * *( )


 舞踏会を終えたやみちは、いつも通り男装。

 やみちの性別を知っている友人も、男装中のやみちを女性としては扱わない。


 『最果ての地』へと続く深い森。


 やみちは探索中、純白で異質な存在感を放つ、巨大な宝箱を発見する。すごい宝物が入っているに違いないと心を躍らせる。


 初めて見る様式の宝箱。蓋の下部には覗けと言わんばかりの、十センチ程の隙間が開いている。あまりにわざとらしいため、絶対に覗いていけないと本能が警鐘を鳴らす。隙間を警戒しながら、開ける方法を模索していたため時間がかかったけれど、蓋を上げるだけで開けられるシンプルな構造だった。


 宝箱の内側は、全体が青白い光を放っている。やみちが発光する宝箱を目にするのは初めて。そのような特殊な宝箱は、御伽話(おとぎばなし)にも出てこない。


 深さはなく、下部が発光する台座(だいざ)になっている。その上に人間の少女かなぴが仰向(あおむ)けで眠っている。箱の内側をくまなく見たけれど、他には何も入ってない様子。


 冒険譚(ぼうけんだん)には、生物が宝箱に擬態(ぎたい)しているミミックというモンスターが登場する。しかし、宝箱の中身が人間だったという話は聞いたことがない。


 ふと頭に浮かぶ、有名な童話のワンシーン。

 王子のキスで姫が目覚める。


 王子とは男性を指す言葉。男装をしているとはいえ、やみちは女性。躊躇いながら、唇を重ねようと顔を近付ける。

 あと数センチ――というところで、かなぴが目をガッと見開き、やみちの横っ面を張り倒す。

「何をしてるのかな? ていうか誰かな? 店員(てんいん)ではないかな」

 まくしたてるかなぴ。


 この箱は、かなぴが通っている日焼けサロンにあるタンニングマシン、通称日焼けマシンと同じもの。現状を、客として利用している先で、寝起きに面識のない男性からキスされそうになっていると認識すれば、怒るのは当然。


 そんな事情を知る(よし)もないやみち。まず質問に答えようとするが〝テンイン〟という響きの言葉を知らない。そのため、最後の質問には答えられない。まずは即答(そくとう)可能な二つ目の問いに(こた)える。

「お前の所有者になったやみちだ。よろしく」

 やみちは右手を差し出す。利き手を相手に預ける行為には、敵意がないこと、そして武器を持っていないこと示す意味がある。


 かなぴは差し出された右手を振り払う。

「いやいや。初対面でお前呼び? 何様なのかな? 所有者になった? 超意味不(いみふ)かな」

 眉間(みけん)にシワを寄せ、(すご)むかなぴ。セクハラをしてきた得体の知れない男性が、滅茶苦茶なことを言い、同意を求めて握手しようとしている。かなぴが不快感を示すのは当然。


「発見者に所有権(しょゆうけん)があると(さだ)められているのだが……」

 やみちは語尾(ごび)(にご)す。

 その理由、この決まりは宝箱の内容物(ないようぶつ)が生物であることを想定(そうてい)したものではないから。宝物自身から不服(ふふく)を申し立てられた場合については(さだ)められていない。だからやみちは、強く主張(しゅちょう)することができない。


 かなぴは腕を組み、首を(かし)げる。眉間(みけん)に寄せられていたシワは消失している。

法律(ほうりつ)で、そう(さだ)められてるのかな?」

 先程(さきほど)までのふてぶてしい態度(たいど)とは打って変わり、話を聞く気はある様子。


 かなぴが、どれくらいの期間眠っていたのかは不明。もしも長期間、宝箱の中に居たのであれば、外のことを知らないのも無理はない。かなぴを(あわ)れんだやみちは、歴史的(れきしてき)経緯(けいい)を説明する。

「……宝物の所有権を巡る(いさか)いが激化(げきか)し、死者が出るようになってしまった。そのような犠牲を抑制するため、協定が結ばれ取り決められたんだ」


「なるほど。私を(めぐ)って争われるのはアガる展開(てんかい)かな! だけど死なれるのは後味(あとあじ)が悪いかな……わかった。キミの彼女になってあげてもいいかな」

 かなぴはあくまで対等な、御伽話(おとぎばなし)に登場するヒロイン的なものを想像している様子。しかし、やみちの性別が女性である以上、かなぴが想像する恋人関係になることは不可能。今誤解(ごかい)()かないと、後々(のちのち)面倒(めんどう)なことになると、危機感(ききかん)を抱く。やみちがすべきことは、誤解(ごかい)を連鎖させないこと。

(むす)ぶのは主従(しゅじゅう)関係だ。恋人にはなれない」


 口をあんぐり開けるかなぴ。

「ドン()きかな! ヤバイ(やつ)認定(にんてい)かな!」

「そういうルールなんだ。所有物との関係が対等(たいとう)なはずがないだろう」

「そんなルールがあるわけないかな! 流石(さすが)に私でも、おかしいことはわかるかな」


 このまま主張し合っても平行線。解決は困難。

「であれば……(うえ)の者に言われれば納得するか?」

 怒りを(あら)わにするかなぴ。

「知らない人に言われて、納得するわけないかな!」


 かなぴは周囲を見回し、地面に落ちている一本の枝を指差す。

「あの棒を拾ってきて」

 どう見てもただの枝。やみちは何に使うか疑問に思いながらも、言われた通り枝を拾い、かなぴに手渡す。

 かなぴはすぐさまその枝でやみちのお尻をペチッと叩く。

(ひざまず)いて」

「何故?」

「キミは、(むす)ぶのは主従(しゅじゅう)関係と言った。私がキミを発見した。だからキミは私に従う。そういうルール。女王様の命令に逆らうのかな? (ひざまず)いて」

 何の感情も読み取れない、無表情を体現するかなぴ。抑揚がなく冷たい声で話す。


 やみちに記憶にある皇女、エリザヴェータを彷彿とさせる。ただならぬ様相から、命令が冗談ではないと悟る。

 やみちに刷り込まれた情報は、かなぴがどこかの国の女王ということ。隣国に面している立地。他国の女王である可能性を否定できない。

 要求を無碍(むげ)にすることにより生じる影響がわからない以上、やみちは従わざるを()ない状況に置かれている。


 要求に従い、(ひざまず)くやみち。

 かなぴは、棒で頭頂部を押さえつける。

「頭は下げる! わかったかな?」

「はい」

「違うかな! 返事は〝ワン〟。やり直しかな」

「……ワン」

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