ギルド長と居酒屋
市庁舎を出ると、ベアちゃんは私を早めのディナーに誘った。
「え?ベアちゃん、仕事に戻らなくていいの?」
「あーいいの、いいの。私はね、ギルドにいない方が仕事がスムーズに回るから」
「え?」
思わず聞き返してしまったけれど、ベアちゃんが説明してくれた。
ベアちゃんの仕事は、基本的にギルドと中央省庁とのやりとりが主な仕事。
ギルドの人っていうのは、現場上がりの人が多く、お役所仕事が苦手な人が多い。数字に強い人も少ないし、報告書を作るのが苦手な人もたくさんいる。
なんなら、そもそも冒険者の多くは字が書けなかったり、読むのも苦手な人が結構いる。
私はお母さんにみっちり教えられたけど、字が読めない、書けないのはヤバいっていう、なんか強迫観念みたいなのがあったから、まあ、一生懸命覚えたよね。
でも、普通の冒険者というのは、そうじゃない。
まともに努力出来て、計画的な人たちは冒険者にならない。
ファンタジーの世界だなって、最近、思うこともあるけど、この世界の冒険者って・・・。
いや、どの世界の冒険者だって同じだと思うけど、素材回収や害獣駆除を請け負って、しかも保険制度さえ無いなんて、3Kどころの騒ぎじゃないじゃん?
底辺職って、差別用語だと思うけど、この世界の冒険者は間違いなくそれだよ。
なのでギルドの人は、お役所に行きたがらない。
根本的に違う人種だと思ってるらしい。
ベアちゃんは、騎士団出身だし、それはつまりお役所側の人ってこと。
そりゃあベアちゃんがギルドのためにいろいろ手を尽くしていることを多少理解してくれているギルド員もいるけど、気を使われるだけで仲良くしてくれるわけでもないんだって。
なので、ギルド本部には、必要以上にいないようにしている、そうだ。
「なんか大変だね」
「うん。大変なんだよ・・・」
私はついつい笑い出してしまった。
何よ?とベアちゃんが睨む。
「ベアちゃんは、割とキャラクターがブレる人だよね」
「え?仕方ないじゃん。だって、ギルド長だよ?偉い人なんだよ?頑張ってキャラ作って当然でしょ?」
「そりゃあ、まあそうか」
私も、なんだかベアちゃんが相手だとサーラっていうより、前世の記憶にひきずられ気味になっているような気がする。
ベアちゃんおすすめの店に入った。
オステリア・ベアトリーチェ、と看板にある。
「え?ベアちゃんの店?」
「違う、違うよ。芸能人じゃあるまいし?何で店持ってたりするのよ?」
「じゃあ、なんでベアトリーチェなの?」
「オーナーの名前よ。同じ名前ってだけ!」
カラン、とドアを開ければ、店の中はお客さんも一組だけ。
「いらっしゃい、好きな席へどうぞ?」
カウンターの向こうから、素敵なナイスミドルがハスキーボイスで言った。
黒いドレスで胸の谷間を強調しているんだけど。
「いつものセット、二つで、ビーチェ」
素敵な美魔女が微笑んだ。日焼けして健康的な感じ?
「はいよ、ベア。今日は早いね?」
「うん、朝が早かったからね」
「そうかい、お疲れさん」
皿の準備をしながら美魔女のビーチェさんが良く通る声で答えた。すっげえ、熟女の魅力が半端ない。黒いシンプルなドレスは日焼けした肌と素敵な調和を生み出している。大きく胸元が開いていて谷間が見える。素敵な笑顔はエキゾチック。大きめの目は優しく微笑んでいる。
これは文字通り美魔女だ。
ベアトリーチェの愛称はビーチェだ。
ベアちゃんがビーチェと呼ばれるのを嫌がる理由の一つは、この店なのかな?
すぐに冷えたラガーと、何かの小皿を持ってビーチェさんがやってきた。
「はいよ。エダマメとビール」
え?エダマメとビール?
よく見ると確かに枝豆だった。緑の、あの、枝豆そっくりの・・・なんかの豆だ。
「じゃあ、サーラ、とりあえずお疲れ様」
そういってベアちゃんがグラスを持ち上げた。そう、ラガービールはガラスのジョッキで提供されてきたのだ。
「驚いた?サーラ。この店に通い始めたのは4年前かな。たまたま同じ名前だったから入ったんだけど、ビーチェと仲良くなってね。去年、私もビール解禁になったからさ。サーラと違って、オルビア貴族としては18歳になるまでアルコールは自重するようにって言われてたからね」
「あ、そうなんだ・・・私、飲んだらまずいのかなあ・・・?」
「いや、いいよ。冒険者は14歳くらいから飲酒OKだから。そういう慣習?冒険者って年が若くても命掛かってるからね。酒くらい飲んだって誰も文句言わないよ」
乾杯して冷えたビールを一口。
「え、うまい!これ、スーパー〇ライ?」
「でしょ?やっぱ味近いんだよね?いやあ、わかってもらえるっていいわー。わざわざ頼んで置いてもらってるんだ、この銘柄。いいでしょ、このビール」
「うん、これは日本のビールだよ。居酒屋の味」
「うん、うん。憧れだったんだよね、大学での飲み会。居酒屋でサークルのみんなで集まって」
「いいよね、大学の飲み会かー懐かしい気がするー。全然思い出せないけど、スーパード〇イの味だけで懐かしー」
「サーラが喜んでくれて嬉しい。ていうか、やっぱりサーラは前世では年上だったんだね。飲み会とかたくさんしたんでしょ?」
「うん、たぶんね。ほんと思い出せないんだけど、こうやって居酒屋みたいな雰囲気のところにいると、すっごく落ち着くんだ」
「やばいねー居酒屋常連とかー」
「だよねー。っていうか、ベアちゃんこそ、前世は17歳まででしょ?なんでスーパード〇イの味知っているのよ?」
「一度だけ、飲んだことあるの。夏のお祭りで。みんなでちょっと羽目を外しちゃって。あの時飲んだビールの味、すっごく覚えてて」
「なんでまた?高校生が初めて飲んだビールなんて、苦いだけでしょ?」
「うん、そうなんだけど、私は大学で飲み会するのに憧れてたから。絶対飲み会に行くんだって」
「ひどい進学希望理由だね」
「あはは、だよね?」
二人で大笑いした。
前世の記憶はぼんやりしている。ベアちゃんは鮮明に覚えていると言っているけど、そうは言っても19年。ベアちゃんだって生まれ変わって19年も経っているんだ。
前世は笑い話にしてしまうほどの遠い記憶だ。
ベアちゃんはガラス製のジョッキを特注してビーチェさんの店に納入したんだそうだ。
自費で。
その上、枝豆含めていくつかのメニューを頼み込んで開発し、ビーチェさんに再現してもらっている。
その経費は全てベアちゃんが負担しているんだって。
半端ないね、ベアちゃん。
てか、前世の心残り、そこなの?大丈夫、それで?
ビールを2杯ずつ。それと「からあげ」と「コロッケ」を食べた。
どれもおいしく出来ていて、再現度も高かった。
オステリア・ベアトリーチェ、オルビアにいる間に、また来たい。
日は落ちて、あたりは暗くなっていた。
オルビアの夜は明るい。
お店だけじゃなく、街路に魔導具の照明があり、歩くのに困るようなことはまったくない。
「さてと、サーラの今夜の泊りは、その先のホテルだよ。予約もしてあるから」
「え?いつの間に?」
「いやあ、ギルドから予約したー」
ベアちゃんが親指を立てた。
「私は、これで帰るから。また明日ね?」
うん、と言いかけて私は首を振った。
「いやいや、ベアちゃんはこれからダンテさんに話を聞きに行くんだよね?」
「まあ、そうだね。でも指定場所がなんていうか、ちょっと胡散臭いから。お子様のサーラを連れてはいけないっていうか」
「えー?胡散臭いって何処?」
「カジノ、だね。裏通りの」
「それ・・・違法カジノだったりする?」
「たぶんね。どっちにしてもサーラの見た目では絶対に入れてもらえないっていうか」
なんかピーンと来た。
「でも、絶対罠だよ、それって」
「だろうねー。こういうカジノって武装して入れないし、魔導具の腕輪で魔法も使えなくなるんだよね」
「いやいや、絶対だめだよ」
「心配いらないって。腕輪なんて素手で外せるし、魔法も武器無しだったとしても、あんな中年に負けたりしないから」
「そりゃそうかもしれないけど・・・」
ベアちゃんと押し問答をして、店の場所と名前を聞き出した。
そして、1時間後にホテルのロビーに戻ってくることを約束してもらう。
「1時間以内に戻ってこなかったから、その店破壊してでも入るから」
「うん、わかったよ」
ベアちゃんと別れてホテルのロビーへ。
冒険者向けのホテルには違いないけれど、1階にはロビーもあり、そこそこ綺麗だった。
私は部屋には入らずにロビーで待った。
時計の針が進むのを眺めながら、やっぱりあの時計も魔導具なんだろうか?と考えていた。
1時間が経った。
経ってしまった。
やっぱりベアちゃんを行かせるべきではなかった。
私は不安と後悔の念で息が出来なくなりそうだった。
いつも読んでくださりありがとうございます。
このエピソードにて書き溜め分が売り切れとなりました。
ごめんなさい。
この夏は退職したり、夏休みしたりして時間がありました。
10月から、新しい仕事をしますので、更新スピードが落ちてしまうかと思います。
以後の更新は1週間に1回くらいになると思います。
ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。
また、もしよろしければブックマーク、評価などいただけますと幸いです。




